夜通しのセレナーデ
好きな女の部屋の窓辺で、愛を捧げる歌を唄ったことは無い。好きな女を目の前にしてということも無い。高校生の頃からギターが(さほど上手くはないが)弾けて、歌も唄えたのだが、そういった経験は一切無い。好きな女は、もう、両手両足の指の数以上にいたのだが、一人の女に本気で愛の唄を歌うなんて、そんな恥ずかしいこと南の島の純朴な男にはできようはずが無いのだ。能力の範囲外、または感性の範囲外にある。
でも、まあ、想像上の話としてはあってもいい。というか、そういう想像(妄想といった方がいいか)は何度も頭の中で経験している。というか、じつは、 本音は、ギターを覚えたのも、歌を練習したのも、そういうことがしたかったからに他ならない。南の島の純朴な男は、女の前で愛の唄を歌うなんて自分のような男には似合わないことだと勝手に思い込んでいたのだ。似合う似合わないの問題では無い、情熱の問題なのだ、と今は思うのだが、あいにくオジサンは、その情熱が心の辞書から消えてしまって久しい。
先日、畑仕事をしていたら、カエルを発見した。調べるとリュウキュウカジカガエルという種類だった。きれいな鳴き声をするとあった。その夜、その 鳴き声が聞えた。聞きなし(どう聞えるか)が文献には書かれていなかったので、正確な記述では無いかもしれないが、私には「キュルキュルキュルキュルルー」という風に聞えた。涼やかな鳴き声である。「ゲロゲロゲロゲロ、グヮッグヮッグヮッ」なんて声とは雲泥の差。うるさいなどとはちっとも感じない。調べていなければ、カエルの声とは思わなかったであろう。
中年という世代になってから、夜中目が覚めて小便に立つということが増えてしまった私は、その夜も2度ほど夜中に目が覚めた。その時もリュウキュウカジカガエルの涼やかな鳴き声は聞えていた。 朝、目が覚めた時も聞えていた。カエル君はどうやら一晩中鳴いていたようである。その夜通しのセレナーデ、その情熱、その愛情はきっと相手に伝わったことであろう。そして、彼の恋は成就したのであろう。その夜から二日後には、彼の鳴き声は聞えなくなった。もう、セレナーデ、唄う必要は無くなったということだね。
リュウキュウカジカガエル(琉球河鹿蛙)
アオガエル科。頭胴長25~40mmの小型のカエル。分布はトカラ列島、南西諸島、台湾。方言名:アタビー、アタビチ、アタビチャー。別名ニホンカジカガエル。
カエルが好き、というわけでは無いので、まじまじとカエルを見たのは、大人になってからはおそらく私はこれが初めて。で、以下は『沖縄大百科事典』から要約して引用。
「背面の色模様には個体差があるが、左右の目の間のV字型の斑紋はほとんどの固体で明瞭である。海岸近くから山頂まで生息し、夜間に風鈴のようなカワイイ声で鳴く。」
そうか、セレナーデは風鈴であったのか。確かに良い音色、納得。
人慣れしているのか、近付いてもすぐには逃げようとしない。
職場の庭にいるオタマジャクシ、黒っぽいのでリュウキュウカジカガエルと判断。
記:ガジ丸 2005.4.14 →沖縄の動物目次
参考文献
『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行