私、ゑんちゅ小僧は、マジムン(魔物)になる前はネズミであった。ネズミであったので、本質的には夜行性である。夜行性ではあるが、マジムンとなってからは昼間も動き回るようになった。島の瓦版には島の行事や、島人の情報も載せている。その取材のためには昼間の行動も必要となり、今では珍しい昼行性マジムンとなってしまっている。
私以外のマジムンたちは概ね夜行性である。昼間の明るいうちにモク魔王やハルに会ったことは無い。ガジ丸とも滅多に無い。ケダマンはいつもユクレー屋でゴロゴロしているので、昼間もよく目にする。シバイサー博士は、彼には時間はあって無いようなもので、昼とか夜とかの概念もあって無いようなものなので、自分がそうしたいと思う時が、もっともそれに適した時間のようなので、昼でも夜でも動いている。会える機会は多い。
そんなシバイサー博士は昼間、のんびりと釣りをしていることがよくある。釣りしながら寝ていることもあるが、たいていは釣りをしながら酒を飲んでいる。釣った魚をそのまま酒の肴にしたりしている。生きた魚を頭からガジガジ齧って、ご満悦している。
秋の、良く晴れた、風の涼しい日に、博士の研究所を訪ねた。何ヶ月か前の『良雲悪雲』の失敗以来、博士はずっとスランプが続いているようだが、もうそろそろ立ち直って、新しい発明をしているんではないかと思ってのことであった。
研究所に博士は不在であった。不在の場合はたいてい海岸で酒飲んでいるか、寝ているかであるが、今日のような気候の場合は釣りをしている可能性が高い。風が涼しく。陽射しが柔らかく、波が穏やかな日は、釣り日和というわけである。
研究所の前には浜辺が広がっているが、そこから左手の方は釣りに適した岩場になっている。そこへ向かう。私の予想はピッタリ的中。ただ、博士の隣にもう一人釣りをしている者がいた。近寄るまでも無く、そのシルエットで判る。ガジ丸だ。ガジ丸が釣りをすることはたまにあるってことは聞いている。博士と一緒のこともあったわけだ。
「やあ、いい天気ですね。二人でのんびりと釣りですか。」
「おう」と博士。
「おう、釣りっていうか、糸を垂らしているだけだ。今日はさっぱりだ。」とガジ丸。
「気候がいいからな。魚も昼寝してるんだろうよ。」と博士。
「いいですねえ。時間がいっぱいあるって感じですね。こうやって、二人で釣りすることもよくあるんですか?」
「うん、たまーにあるよ。こうやってのんびり釣り糸を垂らしながら、ガジ丸の苦労話を聞くのは私の好物なんだな。だから、たまに誘っているんだよ。」
ガジ丸は正義の味方では無いが、人類の味方ではある。人類の平均が正義であるなどとはちっとも思っていないので、絶対そうだというわけでは無く、「どちらかというと」ということである。モク魔王は人類の滅亡を望む立場にいるが、それもまた人類の絶滅を望んでいるわけでは無い。できれば、平和な地球になって欲しいと願っているのだが、そのためには「ノアの箱舟」みたいなことが必要だと考えているだけである。
というわけで、ガジ丸とモク魔王は相対立する間柄にあり、仲が悪い。仲は悪いが同じ島に住んでいる。で、たまには顔を合わすこともある。であるが、二人が直接引掻き合うなんてことは無い。モク魔王は人類滅亡のための画策をし、ガジ丸がそれを阻止するという戦いが、見えないところで日夜繰り広げられているのである。
のんびりと釣り糸を垂らしながら、ガジ丸がそれとなく話す戦いの近況を、シバイサー博士がなにげに聞くということがたまにはあるらしのである。ガジ丸とモク魔王の戦いについては、私はあまり把握していない。ちょっと次元の違う話なのである。後日、博士に訊いたところ、最近は、ガジ丸にとってはどんどん不利な状況になっているとのこと。
語り:ゑんちゅ小僧 2006.9.19