礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

家永三郎博士と「SM趣味」

2015-06-07 07:53:30 | コラムと名言

◎家永三郎博士と「SM趣味」

 東京教育大学名誉教授であった家永三郎博士には、SM趣味があり、SM作家・団鬼六の評論集に寄稿していたとか、少なくない量のSM関連資料を遺したという話がある。こんな話は、もちろん、「一般の」本には載っていない。私は、宮崎学+大谷昭宏『殺人率』(太田出版、二〇〇四)を読み、宮崎学氏の発言(一一ページ)によって、それを知ったのである。
 家永三郎博士に、SM趣味があったか否かを判断することはできないが、生前の博士がSM文学に「理解を示していた」ことは、まぎれもない事実である。
 雑誌『みすず』の一九八三年一月号(通巻二六九号)は、「一九八二年読書アンケート」特集で、ほぼ全ページがそれにあてられている。
 このアンケートの趣旨は、次の通り。

 ――一九八二年中にお読みになった書物のうち、とくに興味を感じられたものを、五点以内で挙げていただけますよう、おねがいいたしました。(到着順)  編集部

 その冒頭にあるのは、家永三郎博士の回答である。ということは、家永博士の回答が、最初に到着したということであろう。

 家永三郎(日本史)
『団鬼六 暗黒文学の世界』平岡正明・岡庭昇編 三一書房発行
 おそらく「良識」ある人々から「俗悪醜怪」と目されているにちがいない対象に、一定の歴史的位置づけと意味づけを与えることに成功した? のは、たいしたことである。知的遊戯の要素が多分に含まれているようだけれど、はじめから遊びのつもりならば、それはそれでよいではないか。私のように、明治憲法下のきびしい出版検閲下で「健全」な書物しか読めずに半生を送ってきた人間にとっては、こういう本を公然と読めるだけでも、今日まで生きながらえた甲斐があったとの思いを禁じえない。

 家永三郎博士は、「一九八二年中にお読みになった書物のうち、とくに興味を感じられたもの」として、この一冊のみを挙げている。しかも、おそらく、アンケートを依頼された直後に、これを返送している。自分の回答が、特集号の冒頭に来ることを、当然、計算に入れていたと思う。
 この回答を読んだのは、つい最近のことだが、博士の「意外な一面」を確認したと同時に、「こういう本を公然と読めるだけでも、今日まで生きながらえた甲斐があった」という気どらない言いまわしに、ひそかに好感をいだいたのであった。

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1 コメント

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35年ぶりに解りました (山村耕作)
2015-06-11 11:05:09
日本政治学会会長、中央大学学長、司法試験委員のH先生は有名なMで(特攻隊で戦死した弟の嫁と無理矢理結婚させられたのが理由)六本木マリーの奴隷でした。筑波大学を追放され行き場のない家永先生を自分の大学に誘い何時も親しくしていた理由が35年ぶりにわかりました。
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