おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

息もできない

2017-11-04 10:33:25 | 映画
「あゝ、荒野」のヤン・イクチュン監督、主演作品。

「息もできない」 2008年 韓国


監督: ヤン・イクチュン
出演: ヤン・イクチュン キム・コッピ イ・ファン チョン・マンシク
    ユン・スンフン キム・ヒス パク・チョンスン チェ・ヨンミン

ストーリー
手加減のない仕事振りで恐れられている取立て屋のサンフンは、借金回収だけではなくストライキの妨害や屋台の強制撤去などでも容赦のない男だったが、甥のヒョンインをかわいがる一面も持っていた。
ある日、サンフンは偶然、女子高生のヨニと出会い、二人はお互いに通じるものを感じる。
彼らはそれぞれ、親との関係に問題を抱えていた。
幼い頃、暴力的な父に母と妹を殺された過去を持つサンフン。
刑務所から出所した父のもとを訪れると、一言もなく殴りつける。
一方のヨニは、精神を病み、働けない父を抱えていた。
父の代わりに働いていた母は、屋台の強制撤去に遭い、その最中に死亡。
弟のヨンジェは高校にも行かず、荒れた生活を送っていた。
粗野なサンフンと、それに臆することなく彼をからかうヨニ。
相反する2人を似た境遇が結び付ける。
しばらくして、ヨンジェがサンフンのもとで仕事をすることになる。
だが、ヨニの弟だと知らないサンフンは、おどおどしたヨンジェを “腰抜け”と罵倒する。
仕事振りはより激しくなり、ヨンジェへの態度も一層厳しくなる。
それにより、ヨンジェの家庭内暴力がエスカレートしていく。
一方、憎しみを募らせたサンフンだったが、自殺を図った父を発見、病院に担ぎ込む。

寸評
言って見れば家庭内暴力映画なのだが、持って行き様のないエネルギーを家族にまき散らすという、よく目にする家庭内暴力ではない。
肉体の底から噴き出してくるような怒りのはけ口として暴力をふるうヤン・イクチュンの存在感がすごい。
サンフンの父は妻と娘を死なせて服役し出所してきているが、サンフンはその父を許すことが出来ない。
そのはけ口を父がふるった暴力を駆使して借金の取り立てに求めている。
かつて自分が体験した光景を子供の目の前で繰り広げてもたじろぐことはない。
彼は取り立て屋の仲間とも打ち解けることがない言わば一匹狼だ。
わずかに通じ合っていると思わせるのは、幼なじみであり取り立て屋の社長のマンシクだと思わせるが、二人の会話は口汚くののしり合うようなやり取りで、サンフンの屈折した心をあぶりだしている。
ヤン・イクチュンはそんなサンフンを、まるでドキュメンタリーから抜け出てきたような本物性を感じさせながら演じていて、彼の存在なくしてこの映画はない。

サンフンが路上で知り合った女子高生のヨニも同じような体験を持ち、今も兄の横暴に手を焼いている。
その兄もヨニと共に味わった幼児体験から父親を憎んでいる。
ヨニの家族は家賃の支払いにも難儀している最下層の一家だ。
サンフンの家庭も貧しそうだったし、共通するのは貧困からくる家庭の崩壊を経験していることだろう。
ヨニは高校生だがちょっとした不良女子高生で、サンフンが彼女と心を通わせていく経緯に心が和む。
口実を設けてはヨニを呼び出すサンフンを見ることで、彼に抱いていた嫌悪感が和らいでいった。
この男も本当は打ち解けることが出来る相手が欲しかった淋しがり屋なのだと感じてくる。
サンフンは自分の輸血で父が一命を取り留めると、ヨニを呼び出し言葉もなく一緒に涙を流すし、甥である幼いヒョンインの言葉で、父親を殴る自分の姿が自分が嫌った父と同じであることに気付くのだが、時すでに遅しという展開が悲しいしドラマチックだ。

二つの家族が微妙に絡み合いながらも、救いようのない家族として父が振るった暴力を、その暴力を憎むあまり逆にその息子たちがその嫌っていたはずの暴力を引き継いでいく負の連鎖の悲しさが力強く描かれている。
主演のサンフンも演じるヤン・イクチュンの初長編らしいが、この徹底した描きぶりを演出できる感性は恐ろしくもあり、韓国映画のエネルギーが未だに巨大化していることを感じさせた。
重いなあ~、暗いなあ~と感じながら見ていたが、取立て屋のマンシクが堅気に戻り、サンフンの姉さんといい関係になりそうな雰囲気があり、そんな彼らと新たな交流を持ったヨニも明るくなって、救われたような気持ちになっていたのだけれど、それだけに結末は一層悲劇的となった。
ヨニはつかの間の平和を味わうが、それは登場人物の全てが有していなかった家庭の温か味だ。
しかし、最後になってヨニは母親が出会った暴力と死を再び目の当たりにすることになり呆然と立ち尽くす。
意気地なしだったヨニの弟ヨンジェが凶暴性を目覚めさせてしまい、暴力の連鎖が起きたことを我々も知る。
その痛々しい救いようのない世界がことさらこの映画を重くしていたが、ここまで徹底的に描き切られると、救いようのない世界もあるのだと言われているようで、その主張が妙に説得力を持っていたように感じた。
何度見ても気分が重くなる映画なのだが、なぜか引き込まれてしまう。


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