1980年、イギリスの海辺の町にある老舗の映画館エンパイヤ劇場。マネージャーとして働く女性ヒラリーは、大学進学をあきらめ映画館で働く事を選択した若者スティーヴンと一緒に仕事をすることになる。スタッフたちは和やかに新人のスティーヴンを受け入れ、時々かたくなな様子が見られるヒラリーにも必要以上に踏み込まず、しかし穏やかな優しさを見せる。
心の闇がはじけないようにするヒラリーと、辛い現実にどのように立ち向かえばいいのか思い悩む青年スティーヴン。映画はエンパイヤ劇場を舞台に、ヒラリーとスティーヴンの心の動きを追いかけ、合わせて1980年代のイギリスの問題を追いかけようとする。
2人が立ち向かう問題にも目を向けなければならないのだが、私は舞台となるエンパイヤ劇場の佇まいの心奪われる。
劇場は落ち着いた赤を基調にしたオペラの劇場を思わせる重厚な内装。エントランスには映画鑑賞には欠かせないポップコーンやスナックを販売する円形の大きなカウンターがあり、ビロードが張られた椅子が並ぶ劇場内も落ち着いた雰囲気だ。
プレミア上映を行えば町の名士たちが集まる華やかな場所ではあるものの、最盛時には4つあったスクリーンはすでに2つが閉じられ、映画館の斜陽産業化が始まっている事は分かる。チケットは手売りされ、半券で売り上げを確認し、映画は映写室からフィルムに光をあてて映し出される。今はもう見る事が出来ないそのアナログな営業状況。
しかし、そのロケーションは最高だ。道路に面したガラス張りの入り口の向こうには海が広がっている。既に閉じられた2つのスクリーンは、2階にある為、映画を観終わって部屋を出れば、少し高い位置から海を見渡せた事が判る。
便利なシネコンにはない、映画の本編だけでなく、映画館そのものが思い出となるそのロケーションに憧れを禁じ得ない。炎のランナーを見終わり映画館を出たら、劇場の前は海辺に沿った一本道だった。自分もその海辺の道を走って家路についた・・・そんな想い出があったら、エンパイヤ劇場で映画を観た事は一生に想い出になることだろう。
私はそんな風に映画、そして映画館への愛に溢れた映画だと思って楽しむ。
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今時の流れるようなエンドロールでなく、画面が変わるエンドロールなのも時代を感じさせる。ピーター・セラーズのチャンスを観たくなった。