
清水香織はリュックの持ち手を両手で握りしめながら、その不安な気持ちを持て余していた。
(鞄の持ち手を握るのは、不安を感じている時の彼女の癖だ)
胸はドクドクと大きく鳴り、嫌な汗が全身から噴き出してくる。
あたしってば、つい‥!うっかり渡すの忘れてたって言えばよかったのに‥何で‥?!

突然の出来事に動揺して、あのライオン人形は自分の物だと、香織は嘘を吐いてしまった。
しかし彼女はそれに対して後悔するのではなく、嘘を吐かなくてはいけなくなった原因の、雪に対して憤り始める。
‥これ以上みじめになりたくないのに‥無駄に絡んで来て‥!
ムカつくムカつくムカつくムカつく‥

香織の脳裏に、妄想の中の雪が嘲笑う顔が浮かぶ。

彼女は自分を嗤っている雪に対して、今や憎しみを抱いていた。
曖昧な現実と妄想の境界で、憤りばかりが強まっていく。
鼻息荒く早足で歩いていた香織だったが、不意に目の前に一人の男が現れた。
「どーも」 「キャッ!」

あんぐりと口を開けた香織の前で横山翔は、
「君となかなか話す機会が無くって」と言って、ニッコリと人懐こい笑みを浮かべた。

同じ科なのに今まで話をしたことが無かったよねと、横山は気安い態度で香織に接する。
それはあなたが綺麗な子にしか話しかけないから、と香織が返すと、
君が最近綺麗になったから話しかけたくなったのかな、と横山は肩を竦めて香織に笑いかける。

そして暫し二人は歓談した。
横山は人の懐に入る時の術を活かし、香織の心を解きほぐしていく。

別れ際、香織は笑顔を浮かべて横山に手を振った。
横山も微笑みながら手を振り返す。



偶然知ることになった香織が抱く雪への感情は、横山の興味を引いた。
しかしいくら面白くとも、横山が夏休みから水面下で進めてきた作戦の前にしたら、それは前菜のようなものだ。
メインはこの後だ‥

数々の布石はやがて意味を持ち、そしてその成果がもうすぐ出るだろう。
機は熟した。そう横山は思いながら、大学の構内を歩いて行った。

翌日、横山は直美と歩きながらスマホで掲示板に書き込みをしていた。
鼻歌を口ずさみ、着々と進む段取りに一人笑みを浮かべる。
今日、その金自慢ばっかの先輩野郎をやっつける。切り札出してやんよwww

横山は書き込みの後、一人ニヤリと嗤った。
見てろ、青田淳

内に秘めた復讐心が燃えていた。もうすぐこの悔しさも鬱憤も晴れる。
舞台は整ったと確信し、横山は虎視眈々とその時を待っていた。
「もー!何ずっとケータイばっか見てんのよぉ?」

そう言って小突いてくる直美に、横山は友達とメールしてたんだと言って謝った。
二人のカップルらしい雰囲気は、大分板についてきたようだ。

そんな直美と横山を目にした健太は、二人に話し掛けて来た。
横山も大分まともな人間らしくなったなと言う健太に、彼は元々まともだと直美が言い返し、健太は舌を出して肩を竦める。

同期達も話しかけて来た。
直美から、横山と一緒に行くと聞かされていたミュージカルの話を彼女らが促すと、
横山がチケットを取ってくれたんだと言って直美は頬を染めた。

そんな中、同期の一人がとある光景に目を留めた。
それはあまり目にすることのない、とても新鮮な光景だった。

赤山雪と青田先輩が、話をしているところだった。
二人が付き合っていると聞かされてから彼らが一緒に居るところを見ると、また違った印象で二人は彼女らの目に映った。
そして違っている印象は、そればかりでは無かった。

二人は何か話し合った末に、あまり気乗りしない様子の先輩を雪が引っ張って行ったのだ。
ズルズル、とまるで擬音が聞こえてきそうな先輩の重い足取り‥。思わず一同は呆然とした。

同期二人は顔を見合わせた後、単純に可笑しくて声を上げて笑った。
天下の青田先輩が、されるがままに引っ張られて行く光景が見れるとは、と。
「雪ちゃんって本当すご~い!でも考えてみれば、雪ちゃんにそういう面があるから
青田先輩のような人と付き合えるのかもね~。てか青田先輩、思ってたより可愛くない?」

先ほどまで横山×直美カップルを前に笑っていた同期の女の子達は、
今や雪と先輩の方を向いてキャアキャアと盛り上がっていた。
直美は彼女らの後ろ姿を眺めて沈黙し、横山は先ほど目にした光景が瞼の裏に焼き付いていた。

青田淳の手を握る、雪の手。
自分が触れるのは叶わなかった雪の手が、今青田淳の手を握っている‥。

横山の心にどす黒い雲がかかっていく。
それは燃える復讐心を更に掻き立て、横山の決心を更に固くさせていく‥。
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<虎視眈々>でした。
清水香織の雪に対する感情がどんどん暴走していきますね。
見ていて何だか怖くなります^^;
そしてついに、横山の復讐劇の始まりです!(え?あんまり興味無いって?^^;)
‥けれども、次回は雪と先輩の話<彼の甘え>です~。復讐劇は次々回始まります。
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