「公立校の改革」9月2日
『「当たり前やめた」をやめた中学校 千代田区立麹町中「私服可」「定期テスト廃止」一転』という見出しの記事が掲載されました。
記事によると、『麹町中は14~19年度、工藤勇一元校長の下で改革が進められ、定期テストや宿題、固定担任制を廃止、生徒の自主・自律を重んじて私服登校も許可した。こうした教育方針がメディアで大きく取り上げられ、区域外からの転入も相次いだ。生徒数は18年度の384人から21年度は570人に増えた。一方で一部の地域住民からは「伝統が失われた」など改革路線への反発もあったという。23年度に着任した堀越校長は、「麹町中の立て直し」を宣言。学校の配布資料や生徒らの話によると、23年度から定期テストが段階的に復活したほか、服装も24年度の新入生は「標準服」の着用を基本とし、上級生も行事での着用が求められている』という状況だそうです。
工藤勇一氏は有名な改革者で、学校改革についての著書も注目されています。それだけに、工藤氏の理念を否定するかのような現校長の取り組みへの反発が大きいのでしょう。記事は、改革の支持者、懐疑的な者両者の意見を併記し、改革の成果と行き過ぎによる弊害とを紹介しています。
さらに、学校経営学が専門の筑波大教授浜田博文氏にコメントを求め、『必ずといっていいほど「揺り戻し」が起こるものです』と今回のような「騒動」が他にも見られることを印象付けています。
私は、工藤氏が指導主事になったときに同じ研修センターに勤務していました。何回か言葉を交わしたこともありました。ですがここで工藤氏の見方をするつもりも批判するつもりもありません。ただ気になったことがあります。それは次の記述です。『生徒数は24年度、346人に急減』です。
21年度と24年度、僅か3年の間に生徒数が224人も減っているのです。公立学校は、基本的に児童生徒数が激変することを想定していません。精々5%程度の増減が一般的で、急に1割も増減したら、さまざまな支障が生じます。教員の配置数も変わりますし、教室が余ったり足りなくなったりします。中学校の場合、単に教員の全体数の問題ではなく、各教科ごとの比率も考慮しなければ教員異動はできませんから、生徒数の急変が年度末の時点で急に分かっても対応はできない場合も少なくありません。
麹町中の場合、4割減ですから、その影響は無視できません。ついでに言えば、4割の生徒は近隣の他の公立中学校に移ったことになりますから、そうした学校では逆に急増で、教室が足りない、多くの新規の生徒を抱え生徒理解に時間を要する、学級編成事務、教員の校務振り分けに苦労することになるでしょう。PTA活動も、部活も混乱状態に陥ってしまう可能性があります。
つまり、教委にも、校長にもそうした混乱を避ける責任があると言いたいのです。そのためには、「改革」の実行にあたっては、急激な変化による軋みを避けると同時に、尻すぼみや揺り戻しを防ぐための措置を事前に講じておくことが必要だと考えます。
公立校の校長は、4~5年ほどで変わりますし、教員も6年ほどで入れ替わります。教委で教育課程や教員異動を担当する指導室課長も3年程度で異動していきます。学務課、庶務課といった部署についても、一般行政系と同じように数年で課長級が異動してしまいます。つまり、元々、改革を継続させるには不利な仕組みになっているのです。
だからこそ、改革に着手する際には、10年計画を作成し、改革の趣旨を明文化して共通理解し、その10年間は、関係者は計画に沿った行政運営、学校経営を誓約するというような手続きを踏む必要があると考えるのです。
25年ほど前、公立学校に対して、画一的硬直化などの批判がなされ、学校の独自性を打ち出すことが校長の使命であるというような風潮が広がり、効果よりも奇抜さ、新奇さを競うアイデア展のような状況に陥ったことがありました。同じような取り組みが、○○タイム、○○の時間などと少しだけ名称を変えて「独自性」を競うと言った笑い話のようなことも起こりました。
そしてそれらは、校長が変わると消えてなくなり、次の「独自性」が麗々しく掲げられるという状況になってしまったのです。当時、都の研究所にいた私も、「何か新しいアイデアはありませんか」「他県でやっていて都では実施例がないというような事例知りませんか」などと聞かれたものでした。
公立学校に必要なのは、注目される改革ではなく、改革の趣旨の共有と持続なのです。もちろん、必要な見直しまで不要と言っているのではありません。
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