
水曜日に送迎を担当するオバーちゃんの家に、真っ黒なレトリバーがいる。
「吾輩は猫である」でも無いけれど、名前は無い。じゃなかった分からない(笑)。
オバーちゃんに訪ねたけれど、「おら、長くて覚えらんねー」ですって。
それで、私は何時も「クロ」と密かに呼んでいる。

犬も猫も大好きなスベルべは最初に迎えに伺ったときから「クロ」と仲良しになった。
私の運転する自動車の音を敏感に聞き分け、姿が見えた瞬間には「ウォンウォン」と大歓迎。
「良し良しっ、どれ大事なものを持ってきて」と言うと小屋に入り、
大切な縫いぐるみの「お猿さん」を咥えて持ってきます。

私に玩具を自慢し、それで遊んでほしいのです。
でも、「どれ、こっちに頂戴!」と声をかけても、口から離すことは有りません。

オバーちゃんを自動車にお乗せし「それじゃまたな」と声をかけると、
「エッ、もう行っちゃうの?」と途端にがっかりした様子を見せます。

咥えた大切な玩具も手放して、「ウォンウォンもっと遊んでー」と吠えて後追い。
不思議なように犬は、犬好きの人間を好きになるようですね。
他のお年寄りも乗っていらっしゃると、その様子を見て大喜びなさいます。
そして、「別の運転手さんだとがっかりするのよねー」とも話され大笑いするのです。
そんな「クロ」ちゃんとも、もう一ケ月ほどでお別れすることになります。
実は、私も足かけ五年に亘り、務めてきたパートの運転手の仕事を止めるのです。
我が家は、小さなJRの無人駅の駅前通り。駅とは100メートルほどのところに有ります。
今年の九月末に、管理する社員を見かけ「今年の除雪要員は決まりましたか?私で良かったら使って下さい」
と、声をかけていたのでした。
その後、中々返事が来ないのでもう決まったのかな。と思ってたら十月末になって電話連絡が有った。
「今までの人が一人止めますので、ぜひお願いします。前向きな返答をお待ちします」との事。
妻に相談すると一瞬「冬くらいゆっくりできるかと思ったのに」と一瞬不満の声を声を上げたけれど、
冬は除雪の仕事をして、夏場は畑仕事に専念したいとの私の気持ちを伝えると納得してくれた。
そんな訳で十二月の下旬からはJRの駅のホーム除雪のパート職員として働きます。
運転手の仕事も、友達に交代を頼みました。私の同級生でもある、気の良い男です。
お年寄り、特にオバーちゃんたちには告げるタイミングをぎりぎり最後までと思っていました。
でも、交代する友人が義務のインフルエンザ予防接種に行った際に、お年寄りのところに顔を出し、事が露見。
そして、次から次へと話が伝わり、お年寄り全員の知るところとなってしまいました。
「居なくなるなんて寂しい、もう会えないの?」と悲しそうに声をかけられます。
「大丈夫だよ、また遊びに来るから」とは言いますが、おそらく会えることは無いでしょう。
早くして亡くなってしまった同級生の母上も二人居られて、私のことを母のようなまなざしで見ておられました。
自動車の乗降の際に、手をお貸しするとしっかりと握って中々放さない事もままありました。
「あー、息子さんを思い出すのだな」と、しばらくは手をお任せしていたのです。
昨日は「安全講習会」の開催案内と会場になる駅までの切符が同封され送られてきました。
来週の二十四日にはその「安全講習会」に行きます。
実は昭和四十一年に当時の国鉄に就職し、この駅構内の保線詰め所で仕事の第一歩をスタートしています。
暑い日照りの中で線路を保守し、そして、冬はこの駅のホームも除雪していました。
実に、四十六年ぶりのホーム除雪仕事への復帰となるのです。
これからは、冬はお客さんのためのホーム除雪。夏場は畑仕事の百姓と言う生活がスタートします。
還暦をとうに過ぎた今の年齢から考えて、そう何年も働くことも出来ないとは思うけれど、
元気で働けるうちは、働き続け、冬はお客さんの安全を守り、夏は美味しい野菜をお客さんに届けるよう、
精一杯に頑張るぞ。と、自分に言い聞かせています。