
子供のころはよく、この信濃川の支流「魚野川」で遊んでいた。
釣りに、そして「伏せ針」と言う、一種のはえ縄を前日の夕方に仕掛け、
翌朝早く、眠い目をこすりながら朝霧の中。はえ縄「伏せ針」を上げに行ったものでした。
そして、「伏せ針」の狙い所がこの「モッコチンショー」後で知ったけれど、
これは木枠を組み、その木枠の中に大きな玉石を詰めた護岸工「木工沈床」だった。
ここは魚の宝庫で一種の漁礁の役割も果たしていたのです。

やがてこの「木工沈床」は川の流れが運ぶ、砂利や泥に埋もれその姿を隠していた。
でも、今年七月末の「新潟福島豪雨」による凄まじいばかりの濁流に洗いだされ再び姿を現したのでした。

マックスが歩く後方には川を斜めによぎる流れの変化が見られる。
これは昔の「簗場」の形跡だそうです。

今回の水害が「激甚災害」に指定されたのは良いけれど、中々復興には手がつかない。
この白い頭の木杭はようやく始まった測量の杭なのでしょう。
「激甚」に指定され、工事費の大半が国の負担になったのは良いけれども、作業はなかなかはかどらない。
地元、市当局などが予算をはじき出し、それを国交省、農水省などが査定し、
それから予算が出来上がり、国会審議を経てようやく実行の運びとなるらしい。
今回就任した総理大臣は今回の水害の復旧も「スピード感を持ってやる」ように指示したようだ。
でも、彼らが言うスピード感なんて所詮こんなもの。
工事が間に合わなくて、もう一度同じように床上浸水なんて事態になったら、
絶対に国を相手に負け戦とは分かっていても、戦いを仕掛ける。

川はあの猛烈な水害を忘れたかのように静かに流れています。
川岸の根こそぎ抜けて、倒れてしまった胡桃の木や、柳の木を見なければ、
本当に穏やかな、そして綺麗な流れです。
今回の豪雨は百年に一度の災害かと信じていましたが、
実は、雨の降り方だけを見たら三百年に一度の豪雨だったと言います。
何百年に一度かの大地震見舞われ、そして三百年に一度の豪雨を経験しました。
双方を経験するなんてなんと運の良い、いや、運の悪い男なのかなー。
もうどちらも経験することなく、安穏な暮らしが送れることを祈るのみです。