後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

クリスマスだけでなく試しに教会へ行って見よう。

2012年12月25日 | 日記・エッセイ・コラム

今年はノロウイルスにやられ24日のクリスマス・イブのミサへは出席出来ませんでした。今朝から少し良くなったので25日午後2時からのクリスマスの日中のミサに行って来ました

例年24日の夜のミサに出席していましたので、日中のミサに出るのは初めてです。

明るい午後の陽射しが祭壇にだけ射しこんでいます。クリスマスの聖歌を唄っていると何とも幸せな気分になります。イエス様が生まれてくれたおかげです。この幸せ感は何処から来るのでしょうか?そんな事を考えながら皆様にも幸福を少しでも分けて上げられないものかと考えていました。

キリスト教信者になるためには仏教を捨てなければいけない。神道もいけない。先祖代々のお墓にお参りしてもいけない。お葬式も法事にも出てはいけない。

よくこういう事を言う人がいます。しかしその考えは極端すぎると思います。

私は他の日本人と全てを同じように行っています。日本文化を愛しているのですから当然です。

日本は古来から多神教文化圏です。そこでのキリスト教はヨーロッパのような一神教文化圏とで信仰の内容が異なるのが当然です。

私は仏教も神道も大切にします。

その上でイエス様に近づき。洗礼を受けました。毎週ミサに出ているだけでイエス様が私を愛してくれているよう気になります。神様が私を愛してくれています。

そうです。人間は誰かに愛されていると幸せに感じるのです。ですから信者でない人もクリスマスの折りにためしに教会へ行ってみると良いのです。

必ずや少し幸せな気分になります。平和な気分になります。この世の平和以上の神の与えてくれる平和です。

幸せな気分で聖歌を唄っていると誰に対してか分かりませんが感謝の気持ちで胸が一杯になります。感謝の気持ちがいっぱいになると何故か幸せになるのです。

そんな気分になると思いますので家族連れで一度教会へお出かけになって下さい。

教会へ行くのはクリスマスや復活祭のような特別の祭日でなくても良いのです。

いつでも日曜日の午前中に行けば良いと思います。

下に今日のミサの様子を示す写真をお送りします。

司祭様はベトナムからボート難民として日本へ来て神父に叙階されたヨゼフ・ディン主任司祭さまです。

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この世の理不尽さと神が与える不平等

2012年12月25日 | 日記・エッセイ・コラム

冬になると毎年、毎年、深く感じることがあります。それは日本列島の天候の理不尽さです。神が人間に与える不平等です。答えは出ませんが冬になるとつい深く考えてしまいます。

 本州の太平洋側は晴天で暖かい陽射しの日々が続きます。ところが島根、鳥取、福井、石川、富山、山形、秋田のような日本海側は低い暗い雪雲に覆われ、地吹雪の吹きまくる毎日なのです。

その上、この日本海側の山沿いは豪雪に悩まされるのです。その苦難の冬の生活は鈴木牧之の「北越雪譜」に忠実に描いてあります。

日本列島の中央に高い山脈が南北に走り、それに水分を含んだ西風が強く吹き付けるからです。

高齢の女性は何故か天気予報が好きで、家内もテレビで天気予報を欠かさず見ています。そうして気がついたことです。

一言に太平洋側と言っても冬の天気には随分と差があります。

山梨県は内陸盆地ですが南、北アルプスが日本海から吹き付ける西風を遮るので東京と同じ天気です。しかし琵琶湖盆地は西に高い山脈が無いので北陸の天気になりがちです。東海道新幹線が冬に関ヶ原近辺で遅れていました。最近は雪対策工事も完成してそんなニュースも聞かなくなりました。

南国の九州や四国は本州中央部のような高い山脈がないので冬の天候は厳しいのです。

一方、仙台平野は太平洋側天候です。冬でも晴天の日が多いのです。それが盛岡盆地や山形盆地になると曇った暗い日が続きます。津軽盆地も青森も日本海側のような厳しい天候です。

 さて北海道になると日高山脈を境にして西は日本海的な天気になります。道東は太平洋側の天気です。しかしこの言い方は雑過ぎます。

松前、函館、江差、色丹半島は北陸や越後のような日本海側天候ですが札幌から内陸は乾燥した天気で雪が少ないといいます。

内陸の帯広や道東の網走、ウトロ、斜里、川湯、釧路、別海町、野付湾、風連湖などは雪が少ないのですが厳寒地帯です。零下20度以下になるところがあちこちにあります。

大地は少しの雪に覆われ、来春まで溶けない凍土が広がります。白い大地です。

今年の9月にこの道東地方を旅した時の写真を下に示します。

今頃は色が一切ない白い大地が広がり零下20度の烈風が吹いているのでしょう。

神様は何故、人間へこのような試練を与えるのでしょうか?そして人間の住んでいる土地によってその試練は平等ではないのです。何故か深く考えさせられます。

それはそれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

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