Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

失神

2010-04-16 22:05:49 | 日記


★ 産道を通って子宮から外に出てきた僕が感動のあまり「ほうな~♪」と唄うと僕を抱えていた看護婦と医者が失神して、僕はへその緒一本でベッドの端から宙吊りになった。それからしばらく母親も皆も失神したままで、僕は30分ほどそこでそうしてブラブラと揺れていたので、僕にとって最初の世界は上も下も右も左も何もなかった。そこにあったのは僕の歌声だけだった。

<舞城王太郎;『九十九十九』(講談社文庫2007)>





Stranger

2010-04-16 21:26:00 | 日記


★ 人間は小屋を建てる。しかし、そのなかにひき篭もってしまうわけではない。窓をうがち、扉をつくり、内部と外部をむすぶ通路をしつらえる。わたしたち人間は、統合をめざしながらも分割をおこなわざるをえず、分割をせずには統合もなしえない存在である。小屋を建てることで空間を分節化しつつ、その内と外を媒介する装置をつくりだす。この分割と統合をめぐる主題は、やはり人間に固有のものである。

★ そして、境界。あらゆる境界は、わたしたちの想像や夢の源泉であり、始原のイメージ群が湧きいづる場所である。世界という存在の奥底をのぞきこもうとする誘惑と、寡黙な存在をことごとく征服したいという欲望とが、そこに渦をまき、蓄積されている。

★ <異人>とは、共同体が外部にむけて開いた窓であり、扉である。世界の裂けめにおかれた門、である。内と外・此岸(こちら)と彼岸(あちら)にわたされた橋、といってもよい。媒介のための装置としての窓・扉・門・橋。そして、境界をつかさどる<聖>なる司祭=媒介者としての<異人>。知られざる外部を背に負う存在(もの)としての<異人>。内と外が交わるあわいに、<異人>たちの風景は茫々とひろがり、かぎりない物語群を分泌しつづける。

<赤坂憲雄;『異人論序説』(ちくま学芸文庫1992)>




寒い日のために

2010-04-16 20:47:58 | 日記


きみが北国の市場を巡るとき
そこでは風が激しく国境に吹きつけていて
その場所に住むあるひとを思い出す
彼女はかつてぼくの真実の恋人だった

きみが雪が舞う嵐のなかを行くとき
川が凍りつき夏が終わるとき
どうか彼女があたたかいコートを着ているか見てくれ
吠え狂う風から守られているかを

ぼくのために見てくれ彼女の髪が長いかどうか
巻き毛が彼女の胸を覆うほどか
ぼくのために見てくれ彼女の髪が長いかどうか
それが彼女を思い出す最良の方法だから

彼女がぼくを全然覚えていないか心配だ
ぼくは何度も祈った
夜の闇のなかで
昼の輝きのなかで

きみが北国の市場を巡るとき
そこでは風が激しく国境に吹きつけていて
その場所に住むあるひとを思い出す
彼女はかつてぼくの真実の恋人だった

<Bob Dylan;Girl of the north country>