鴨沂高校正門の南側、寺町通りに接して建てられている図書館です。
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建てられたのは、1938(昭和13)年。昭和8年から始まった一連の校舎改築の最後に出来上がった建物です。
鉄筋コンクリート造2階建モルタル仕上げで、落ち着いた色調のモダニズムデザインです。
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円く張り出した部分の内側は階段室です。
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閲覧室だった部屋。
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書庫の中の本も全て移転されてしまっています。
本館の東側に回ると和風の建物があります。
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女紅場時代の九条家の建物がそのまま残っている作法室と、
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お茶室です。
山本八重さんがここでお茶を淹れられたのですね。
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作法室の中にも炉が切られていて、高校生の茶道修行に使われてきた所です。
今年もよろしくお願いします。
ほんまにもう、壊しゃええちゅうもんと違いますよね。
まず保存策を考えて、どうしても無理なときはせめて一部でも残して何とかすべきでしょう。京都会館も高校も、全然使えると思いますが。そのうち、そこらじゅう建て替えるのやろなぁ。番組小学校がありすぎて、これ以上、保存する建物が増えたら維持費がかかってしょがないしか、土建屋を儲けさすためか。
そうか、そういう背景もあるのですね。壊して建てて儲ける、もうそういう進め方ではない社会にならないものか、せめて京都のような文化都市では、と思います。
特にここは御所のすぐ横ですから、この場所にしっくり合ったこの建物は他に代えがたい貴重なものだと思います。