joy - a day of my life -

日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

オーストラリア0-2ブラジル 予選2巡目

2006年06月19日 | スポーツ

テレビの画面を見ていると、オーストラリアの守備陣がいかに統率されてブラジルの選手に効果的にチェックに行っていったかがわかります。黒いユニフォームはまるでラグビーを思い出せますが、まさにそれらしく激しいチェックでことごとくブラジルの攻撃の芽を摘んでいたのが印象的でした。

この日の豪州は日本戦よりもよかったんじゃないでしょうか。イングランドと引き分けようと引いて守ったパラグアイやトリニタード・トバコと違い、たとえ自陣で相手にボールを持たせるとしても、選手全員が各人の役割をきっちり守ってブラジル選手を押さえ込み、チャンスのときには果敢に攻めます。ボール支配率はブラジルが上だったんでしょうが、自らのプランをきっちりこなしていた点ではオーストラリアの方が上でした。互角の勝負だったと言うのは言いすぎでしょうか。ともかくオーストラリアは意図を持ってゲームに挑みそれを実行するという点でクレヴァーなチームです。

次のオーストラリアとクロアチアの勝負は実力が拮抗する見応えのあるものになるでしょう。

涼風

日本0-0クロアチア

2006年06月19日 | スポーツ

中田ヒデも終了後に語っていましたが、やはりカウンターの文化というものを東欧あるいはサッカー伝統国はもっているなぁと思わされました。日本はただ単調に足下にボールを同じペースで回して崩そうとするだけなのですが、相手は引いて守る時間・アタックをしかける時間をチーム全体が把握してプレーにメリハリをつけています。

NHKラジオの解説の小島さん(元代表GK)が言っていましたが、相手は意図的に攻撃する時間帯と守る時間帯を決めて、守る時間帯でもカウンターのチャンスを窺っています。つまり守備もつねに攻撃を前提とした守備なのです。たとえ自陣に多く引いていたとしても、それによって相手を誘い出してスペースを作って攻撃する準備のための守備です。当たり前のようですが、そうしたことを意図的にできないのが日本のサッカーの段階なのでしょうか。

高校サッカーではとりあえず前線に放り込んで才能のあるアタッカーに点を入れさせるだけの強豪高が見られますが、それは伝統国では“カウンター”とは呼ばないのでしょう。ロングボールを使うサッカーとカウンターサッカーとはきっと違うのです。

相手に意図的にボールを持たせ、それもその時間帯を長く作り出すという、見た目には消極的でも知的にはゲーム全体をコントロールするサッカーというものが日本には足りないのかもしれません。

まぁ、日本代表に選ばれる選手たちは誰よりもサッカーのことがわかっている人たちだろうから、そんなことは言われなくてもわかることで、それが簡単にはできないから苦労するのだろうけど。

次はブラジルですが、まずブラジルにはオーストラリアに大量点で勝利して欲しいところです。その上で予選突破の途が開けてきますが、いくら予選でも、またブラジルが予選突破を決めていても“勝利”はおろか引き分けをプレゼントしてくれることも、当たり前だけど、ないでしょう。

ヨーロッパのリーグでは意図的にお互いが“手打ち”をして引き分けて勝ち点1を取ろうとする慣習があるそうですが、南米にはそんな“政治外交的”な文化はサッカーにはなく、ブラジルから来た選手が、引き分けで終わらそうと両チームの選手が“画策”しているのに、空気を読まずに点を入れてしまった“事件”もあったそうです。

いくら予選でもブラジルはサッカーでの“敗北”は受け入れないでしょうし、ましてジャポネーゼに負けるわけにはいかないでしょう。日本は“奇跡”をおこす必要があります。次の試合は夜の、というより朝の4時からですががんばって応援したいところです。

涼風