そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

9月25日(火)誤用、御用だ?

2018年09月27日 | 公開
  今夏の、コース学生合宿に参加して、軽井沢だったので、堀辰雄「風立ちぬ」の発表を聴いた。小説のタイトルは、ポール・ヴァレリーの詩句、「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」を堀が「風立ちぬ、いざ生きめやも」と訳したのにちなむが、この「めやも」は反語であり、誤訳であると指摘されている。

  発表は堀の意図を深読みし、理解しようとするものだったが、和歌研究者としては、これは万葉集に載る大海人皇子歌、「紫草のにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに我恋ひめやも」の下句を誤解したところに発するのではないかと、ふと思った。
 
  上句の仮定条件節と呼応して、歌末の反語と呼応している。高校教師をしていた頃、この歌は万葉集教材の定番なのだが、生徒にはなかなか理解してもらえなかった。一首は要するに、あなたに恋している!と言っているわけで、短絡的に「われ恋めやも」を、「あなたを恋しよう」と解する者が後を絶たなかった。

  堀もまたこの誤読から、古い言い回しを訳に用いたくて、「いざ生きめやも」としたものではないか。そう考えれば、脈絡がつく。事は単純なのだと思う。しかし、これをもって国語学者のように難ずる必要はあるまい。作家の意図を正しく理解して、評価すればよいだけの話だと、私は思う。