日々、土器実測(仮)

発掘された遺物の図化作業メインのお仕事ブログのはずが、日々の徒然・スピ話ばっかりになっちゃってる日記。

あれから

2009年08月15日 | Weblog
今日は若干体調も戻ったような、何とか目まいも最小限に収まっています。
毎年お盆は辛いのですが、今年ほど苛々と疲労が酷かった事は、ここ数年ではありません。
親が死んだら、私はここから速攻いなくなり、もう親戚縁者とは一切音信不通になるつもり。
もう充分、あなた方には尽くしたと思うので勘弁して貰います。

あの不思議な1日の後、今迄頑なに心から離れなかった色々な事が、気にならなくなって来ました。
勿論忘れた訳ではないし、傷つき怒りと哀しみが消えた訳でもありません。
でも、新たに負の感情が湧かなくなり、その出来事や人に対して、何の感慨もなくなってしまった。
何度目にしても新たな怒りがわいたような文章も、多分今読んでも、ふ~~んとしか思わないでしょう。
何と云うか、こう云うものに対する反骨精神みたいなものが、一切湧いて来ないんです。
納得したからでも賛同したからでもなく、相容れないものにイラついたって仕方ないと云う感じ、好きな事を
好きなだけ語っていれば?としか思わないと云うか……。
本人たちは啓蒙しているつもりなのですから、物凄くためになる事を云っているのかもしれません。
でも必ずしもそれが伝えたい相手に伝わるか、或いは必要な事かは分かりません。
1つの事をやるのに、方法なんて何通りもあるのです。
人それぞれ、合う・合わないもあるし、良かれと思った事が真逆の結果を生む、そう云う事だって多々ある訳で。
薬だって、直ぐ効く人と時間のかかる人がいますからねえ。
とは云っても、日々の暮らしの中では、相変わらず苛々したり理不尽に思える事は多く、それらをスルー出来る
ほどには全くなれませんが。
まあ日常的な苛々までスルー出来たら、こりゃもう仙人でしょうけどね。
仙人の境地になったら、多少は生きる事が楽になるのだろうか。
自分で身体から魂を抜いて、この世とオサラバ出来るぐらいになれたら、本当にいいだろうけど、私には百万年
早い世界です。
とりあえず、多少過去の事に囚われなくなった、これだけでも相当楽になりました。