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東京教組(東京都公立学校教職員組合)

教職員のセーフティーネット“東京教組”

清志郎の手紙

2014年08月27日 | インポート

Photo  ロック歌手の忌野清志郎さんが、音楽評論家であり作詞家、翻訳家の湯川れい子さんにあてた手紙を湯川さんがツィッターで公開した。
これが、今の日本と私たちの気持ちをとらえていてなかなかいい。

地震の後には戦争がやってくる。
軍隊を持ちたい政治家が、
TVででかい事を言い始めてる。

国民をバカにして戦争にかり立てる。
自分は安全なところで偉そうにしてるだけ。

阪神大震災から5年。
俺は大阪の水浸しになった部屋で目が覚めた。
TVをつけると、5カ所ほどから火の手がのぼっていた。

「これはすぐに消えるだろう」と思ってまた眠った。

6時間後に目が覚めると、神戸の街は火の海と化していた。

この国は何をやってるんだ。
復興資金は大手ゼネコンに流れ、神戸の土建屋は自己破産を申請する。

これが日本だ。
私の国だ。

とっくの昔に死んだ有名だった映画スターの兄ですと言って、返り咲いた政治家。

弟はドラムを叩くシーンで、僕はロックン・ロールじゃありません、と自白している。

政治家は反米主義に拍車がかかり、もう後もどりできゃしない。

そのうち、リズム&ブルースもロックも禁止されるだろう。
政治家はみんな防衛庁が大好きらしい。

人を助けるとか、世界を平和にするとか言って、実は軍隊を動かして世界を征服したい。

俺はまるで共産党員みたいだな。
普通にロックをやってきただけなんだけど。

そうだよ、売れない音楽をずっとやってきたんだ。
何を学ぼうと思ったわけじゃない。
好きな音楽をやっているだけだ。

それを、何かに利用しようなんて思わない。
せこい奴らとはちがう。

民衆をだまして、民衆を利用して、いったい何になりたいんだ。

予算はどーなってるんだ。
予算をどう使うかっていうのは、いったい誰が決めてるんだ。
10万円のために人を殺す奴もいれば、10兆円とか100兆円とかを動かしてる奴もいるんだ。

一体この国は何なんだ。

俺が生まれて育ったこの国のことだ。
君が生まれて育ったこの国のことだよ。
どーだろう……、

この国の憲法第九条は、まるでジョン・レノンの考え方みたいじゃないか?

戦争を放棄して、世界の平和のためにがんばるって言ってるんだぜ。
俺達はジョン・レノンみたいじゃないか。

戦争はやめよう。
平和に生きよう。
そして、みんな平等に暮らそう。
きっと幸せになれるよ。

シラン


文科省 学力テストの結果を公表

2014年08月26日 | インポート
文科省は、昨日、2014年度「全国学力・学習状況調査」(4月22日実施)に関する調査結果および分析データを公表しました。文科省によれば、平均正答率が低い3都道府県の平均と全国平均との差が縮小傾向にあることを示し、「学力の底上げが進展」しているとしています。また、教科に関する調査結果においては、「課題の所在がより明確になったものがある」としています。しかし、悉皆で実施しなければならない理由はどこを見ても見当たりません。
 文科省は今年度から、区市町村別、学校別成績を一定の条件付きで都道府県教委によって公表が可能としましたが、公表に前向きなのは大分県など一部にとどまりそうです。

Dsc_02121「全国学力・学習状況調査」は、「『ゆとり教育』の影響で子どもたちの学力が下がった」事などを理由として、2007年に43年ぶりに全員調査を復活させたものです。先日、「ゆとり教育」をすすめた元文科相大臣官房審議官の寺脇研さんのお話を聞く機会がありました。2012年に実施したPISAの結果が、過去最高だった時に、下村博文文部科学相などが学習指導要領の改訂など「脱ゆとり」の施策が好成績の要因として、「いわゆる『ゆとり教育』から脱却し、確かな学力を育成する取り組みが功を奏した」と喜んでいたことに対して、「2012年に15歳と言えば、まさに『ゆとり教育』で育った子ども達ではないか」と力説していました。「ゆとり教育」のスタートを2002年度から施行された学習指導要領による教育とするならば、小学校入学と同時に「ゆとり教育」の中で育ったわけですから、まさにその通りです。「脱ゆとりが奏功」と、もてはやしたマスコミはいったい何だったのでしょうか?

先日、毎日新聞に学力テストに関連して「総合学習:成績向上…推進校、学力テスト好結果」という面白い記事がありました。「小中学校などで週に2時間程度実施されている「総合的な学習の時間」と学力の関係が注目されている。積極的に総合学習で探究活動に取り組む学校ほど全国学力テストの結果が良く、学習意欲も高かった。「課題を見つけ、解決する資質・能力」を身につける教科横断型学習として2002年度から本格導入された総合学習は「ゆとり教育が学力低下を招いた」との見方による主要教科の授業時間増に伴い、11年度から授業時数が削減された経緯がある。専門家は「学力、意欲向上のためにも時間を増やすべきだ」と指摘している。」というものです。「ゆとり教育」の象徴でもある「総合的な学習の時間」は現行学習指導要領のもとでは時間が削減されました。


世界一ビジネスしやすいに日本の中小企業イジメ

2014年08月13日 | インポート
Photo
 今、外国の投資家は、たんまり儲けさせてくれるアベノミクスに拍手喝采で日本株を買いあさり、その7割も保有する事態になっている。なぜって、外国人が投資する日本の大企業を優遇するアベノミクスで、内部留保は増え続け、配当金も増える一方という訳だ。
 国家戦略特区で「世界で一番ビジネスしやすい環境」をめざすというが、日本株を買いあさる外国企業を優遇する株価対策に他ならない。
 日本の庶民が働きやすい日本にこそしてほしいが、ここにきてもっと惨いことが始まろうとしている。
 それが、全労働者の7割以上が働く中小企業から税金を吸い上げ、その財源で大企業の法人税を減税する案だ。具体的には、外形標準課税を資本金1億円以下の中小企業にも徴収する。法人所得800万円以下の税の軽減を中止する。というもので、円安で原材料費が高騰し、消費税の増税、に加えて中小企業増税のトリプル・パンチ。これではやっていけない中小企業が続出し、成長戦略どころではないだろう。
 安倍政権は、大企業の国際競争力強化(グローバリズム)で中小企業・庶民にも金が回る(トリクルダウン)を夢想しているようだが、この経済政策は、すでに小泉・竹中政権で失敗し、貧困と格差社会を招いた政策に他ならない。
 株はギャンブルのようなものだが、年金などで集めた金をリスクのある株投資にまで使おうとしている状況の中、米軍のイラク空爆開始などにより株価も低迷している。カジノもつくる安倍ギャンブル政権に退陣を!
 (街頭のてんとう虫)



事実を風評にすることなかれ

2014年08月07日 | インポート

Photo  放射線被ばく被害を受けて苦しんでいても、それを言ったら「風評被害」のそしりを受ける恐ろしい社会である。「事実」を「風評」にして、食べるものからの内部被ばくで子どもたちを犠牲にしようとする動きにママたちが立ち上がった。「子どもたちの安心・安全を考えるいわきママの会」から、学校給食について次のような訴えが届いている。

 福島原発事故の影響を受け、被ばくのリスクを抱えながら育つ福島県の子どもたちの学校給食で、経済復興のため、風評被害払しょくのために補助金制度を設けて、地元産のお米を急いで使うように促す福島県の動きに対し、子どもたちの内部被ばくを心配する私たちは、これまで通り遠方のものを使って下さいというお願いをしています。いわき市では、これまで北海道産のお米を給食に使用していたため、その継続を求めています。
 私たちは、これ以上の被ばくをさせないために、この問題を引き起こした全ての大人たちが、全力で子どもたちの未来を守ることを望んでいます。しかしながらその望みはなかなか通らず、原発事故により消費が落ち込んでしまった農産物を全国に流通させるために、子どもたちに食べさせることで安全性を証明しようとする動きが進んでいることは、受け入れがたい悲しい現実です。
 福島県の子どもたちの学校給食で地元産のお米などが使用されれば、安全性が証明されたとして、今後全国へもどんどん広まっていくことと思います。それは給食に限ったことではなく、あらゆる流通が安全ありきで進んでいくことは容易に想像できることです。
 原発事故は現実に起こり、その収束のめどは立たないままに大量の放射性物質が今も大気中に放出され続けています。その現実に蓋をするように、様々なことが「もう大丈夫だ」と言われながら、その安全性についての危機感を奪われていくことを、私たちはとても危惧しています。
私たちは1年がかりでこの動きに対して反対の声を挙げ、署名活動も行いながらなんとか阻止してきましたが、今年の新米からの使用を視野に入れて検討しているといういわき市の姿勢に、更なる声を集めてその動きを改めてもらえるように、要望をしたいと思っています。
 署名活動の第二弾として、全国のみなさんにご協力を求めています。これは福島県の給食の問題だけでなく、原発事故後のあり方を問う問題です。これから育つ子どもたちに、背負いきれないほどの負の遺産を残してしまったことに対しての謝罪の心があるならば、このような動きなどあるはずもないことです。悔いることなく更なる過ちを繰り返そうとする福島県の判断に対し、声を挙げることをお願いさせて頂きながら、子どもたちの未来を守るために立ち上がるみなさんと、歩みを共にしていけることを願っています。
 どうぞ、よろしくお願い致します。

署名用紙は、こちらから。http://kaupili.info/iwaki-mirai/docs/kyusyoku_syomei.pdf
「子どもたちの安心・安全を考えるいわきママの会」のホームページは、http://ansinmama.jugem.jp/?eid=8

 内部被ばくについては、空間線量の高い地域の子どもが、線量の低いところに保養に行ったところ、高い地域の子どもの方が内部被ばくが少なかったということもあった。なぜなら、線量の高い地域の方が、常に食物に気を遣い被曝を回避していたためのようだ。風評被害キャンペーンで「安心」を押し付けられ、子どもたちに内部被ばくをさせてはならない。
ブライダルベール


3.11後の岩手から考えること 考えなければいけないこと

2014年08月05日 | インポート

Img_3777  あの3.11から3年半が過ぎていこうとしていますが、その年月とともに私たちの中から記憶が薄れてきているのではないでしょうか。だからこそ、もう一度事実を知り、その中から現在の日本を見つめなおしていけるのでは、その思いから現地の取材を続けていらっしゃる安田菜津紀さんをお呼びし7月23日、学習会を行いました。
 安田さんは震災当時、その後の岩手県陸前高田市について自分が撮った写真をスクリーンに映し出していきながらお話をすすめていきました。震災当時フィリピンにいた安田さんは、情報も良く分からないまま義理の両親が住む陸前高田市に向かいました。そこで分かったのは、お母さんが津波にのまれて亡くなったということでした。安田さんはただ一本だけ残った一本松を希望の象徴として写真にとり、それが新聞に掲載されました。その写真に対してのお父さんの怒り、悲しみ。安田さんにとって希望の象徴としてみえたこの写真が、被災者にとっては波の威力を思い出させるだけのものだった。ともかくすべてのお話が心に突き刺さるようでした。
 この当時日本では「がんばれ、がんばれ」という言葉が氾濫していたが、これは被災した人々を追い詰める言葉でもあったこと。人々は沈黙していたが、その裏には声を上げられない沈黙でもあったとの一言は、私自身につきつけられたようでした。
 そして現在、高さ12,5m、幅50mの防潮堤が建設されようとしているが、観光、安全(陸から海の状態が見えない)産業(堤の杭が伏流水を止めかきの養殖に影響を与える)の点から問題なのではと話されました。しかし、これは復興事業なので「環境アセスメント」はいらないとのことで、まさに「憲法」が存在しない現実を知りました。
 明るい話もありました。現地では「桜ライン3.11」というプロジェクトがたちあがり、津波の到達点に桜を植えていくという運動が進められているようです。私たちは、今、何を考え行動していかなければならないか、大きな示唆をもらった学習会でした。


一人じゃないよ

2014年08月01日 | インポート
Photo 沖縄県・伊平屋村立伊平屋中学校の伊礼美朱紀さんの人権作文「一人じゃないよ」(2006年)を子どもたちと読んだ。
 「すべての人は,生まれながらに人間らしく幸せに生きる権利があり,誰もその権利を侵すことはできないと,日本国憲法でも基本的人権の尊重が定められ,保障されている。それなのに私達の周りには,差別やいじめが後を絶たない。」ではじまる伊礼さんの作文は、いじめを見て見ぬふりをし、自分がいじめられる怖さからいじめに加担し、今度は自分がいじめられた自らの経験をクラスの話し合いで率直に語り、学校からいじめをなくすことをみんなで誓い合ったという内容だ。
 不登校の子どもが通級する私のクラスの子どもたちは、自分の経験も重ね合わせながら次のような感想を寄せた。
 「なんでいじめするんだろう・・・。楽しいのかな?って心では思ってました。でも見ているといじめはエスカレートしていき、いじめを受けていた子は『自殺したい』って言ってた。小学6年生の時やっといじめを受けていた子が先生に言っていじめはなくなった。私は中学生になってから後悔した。私もあの時助けてあげられたらって。」
 「いじめの標的になる人はよく『普通』じゃない人達になるそうだ。そこでいつも私は『普通』って何?と思う。自分も普通でないと思うし、誰も普通だとは思わない。人は一人一人個性を持っているし、それを憲法で定めるだけでなく、ちゃんと尊重し合っていかないといけないと思う。」
 「彼女がいじめられて一ヶ月位続いて、新しい子がいじめの標的になってしまいましたが、訳もなくいじめるのはやっぱり良くないと思いました。でも訳があるからいじめをしてもいいというものではありません。やったら自分に帰ってくるからです。だから自分は、いじめられても、やり返そうと思わない人間になろうと思います。」
 「私の意見は、遊び半分で他人をいじめてた人間が、いざいじめられると怖くてさびしいとか言いだすのは何かイラッとした。普通ならいじめられてつらいのは最初からわかっていると思う。それに最初のほうに標的になるのが怖いと書いてある。それならいじめられるほうの気持ちも半分くらいはわかっていてもいいんじゃないか。身をもって知る、ということでもあると思うが、どうしてこんな誰でもわかるようなことがわからないのか、私には理解できない。」
 どの子も、いじめとまっすぐ向き合い、自分の問題として考えている。いじめは、子どもの世界だけではない。むしろ大人の世界のほうが陰湿で根が深い。いじめ(ハラスメント)をなくす努力を子どもに負けずに私たち自身が身をもってしなくてはならないことを子どもたちの作文と感想は訴えているように思う。
ローズマリー



若者は戦争へ、高齢者は棄てる!

2014年07月30日 | インポート
Photo 医療・介護に関連する19の法律をまとめた「医療・介護関連一括法案」が十分な審議も保障せず6月18日に参議院(賛成135 反対106)で可決、成立した。
 とりわけ、介護保険は、退職者や高齢者だけの問題でなく、現役世代にとっても介護保険料が上がり、介護の質が低下するのだから大問題である。
 その主な内容は、
①要支援者(軽度の介護認定者)の介護予防を介護保険から切り離して市区町村に移管することにより、自治体の財政力によって格差が拡大する。 
②一定所得のある利用者の自己負担を1割から2割に引き上げる。 
③特養入居者は、要介護3以上にする。
などだ。
 「介護の社会化」をめざして2000年に導入された介護保険制度は15年目を迎える来年から大きく後退する。年金収入280万円以上の人は自己負担2割に引き上げ、特別養護老人ホームの待機者が、全国で52万人。東京でも4万3千人もいるなかで、東京都では75歳以上の高齢者が2025年には200万人近くになる。高齢者問題は、東京など都市部の方が深刻である。
 消費税の増税分は年金・医療・介護・子育てなど社会保障にあてる約束が、公共事業優先で社会保障は先送りする政策を進めているのが安倍政権だ。若者は戦争に、年寄りは棄てる政策にストップをかけたい。
マサキ



『ハンナ・アーレント』―凡庸の悪

2014年07月29日 | インポート
遅ればせながら映画『ハンナ・アーレント』を観てきました。昨年、岩波ホールに長蛇の行列が出来て、初日には入場できなかった人まであったと聞いていたので、是非観たいと思っていました。

ハンナ・アーレントは、ドイツにユダヤ系として生まれ、第二次世界大戦中にナチスの強制収容所を脱出してアメリカへ亡命した著名な女性哲学者です。代表的な著書には『全体主義の起源』があります。

Photoこの映画は、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンのイスラエルでの裁判を傍聴したアーレントが、『ニューヨーカー』に掲載した記事「イェルサレムのアイヒマン」を中心に、「悪の問題」を追及するストーリーとなっており、どちらかと言えば地味な、およそ映画館を満員御礼とするような映画ではありません。その『ハンナ・アーレント』がなぜ多くの人々に支持されたのか?

途方もない数のユダヤ人をガス室に送り込んだアイヒマンを、当時の多くの人々は「悪魔」や「怪物」として思い描いていた(描きたかった)と思います。しかし、アーレントは、「凶悪とは違う。ガラスの中の風邪引きの幽霊」「不気味とは程遠い、平凡な人」と表現します。そして、「一般に悪は<悪魔的><サタンの化身>・・・そう見なされがちだ。しかしアイヒマンには悪魔的な深さがない。彼は思考不能だったのだ」「凡人」が「国家の忠実な下僕として罪の意識もなく命令に従っただけ」と評します。「彼は思考不能だった。これは愚鈍とは違う。彼が20世紀最悪の犯罪者になったのは、思考不能だったからだ」と。

当然、アーレントの分析は、多くのユダヤ系同胞の反感と敵意を生み、ナチス擁護と誤解され、イスラエル政府からは出版停止の脅迫を受け、大学からも辞職を要求されます。

映画のクライマックスは、大学での講義の中で行う8分間のスピーチです。「世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない。人間である事を拒絶した者なのです。そしてこの現象を、私は『悪の凡庸さ』と名付けました」「人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました、それは思考する能力です。その結果モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残酷行為に走るのです。過去に例がないほど大規模な悪事をね。」
「<思考の嵐>がもたらすものは、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むものは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう。ありがとう」

そうです、みんなこの8分間を観たかった。この閉塞した社会の中で、再び全体主義への足音が高くなりはじめている日本にあって、人間であり続けるための勇気が欲しかったのではないでしょうか。

多忙化に歯止めがかからない教育現場にあって、無表情、無批判に仕事をこなし、思考停止状態のまま子どもたちに対している教職員。私たちこそアーレントの「凡人ゆえの悪」の危険に日常的にさらされているのではないでしょうか。
アイヒマンは、裁判で「上に逆らったって状況は変わらない、抵抗したところで、どうせ成功しない・・・仕方がなかったんです、そういう時代でした、皆そんな世界観で教育されたんです、たたき込まれていたんです」と言い訳します。

考え続けましょう……人間であり続けるために。そして、破滅に至らぬように。


卒業生がやってきた

2014年07月28日 | インポート

Photo  昨年度十数年ぶりに6年生の担任をして、今年の4月に子どもたちは小学校を卒業していきました。新年度が始まってから卒業生たちが時々小学校にやってきています。そして、中学校の様子をあれこれ話したり、テストの点数を教えてくれたり、誰々が誰々に告ったなどと話をしていきます。期末テストの最中には「勉強しに来た。」などと言って、ぞろぞろ子どもたちが来ましたが、私の教室で教科書とかを広げてはいるもののやっていることは無駄話ばかり。いやはや何をしに来ているのやら。
 つい先日には女の子3人がやってきて「見せたいものがある。」というので教室に案内したら、家庭科クラブで自分たちが作った服を着てファッションショーを見せてくれました。中学校での生活はそれなりに厳しいようですが、子どもたちは一生懸命に今を生きているんだなと、しみじみ感じます。そんな子どもたちと関わりながら仕事をできることを幸せを感じます。
 しかし、日本の社会における出来事は「子どもたちの未来はどうなるのだろう」と心配になるようなことばかり。今を生きる大人として子どもたちの未来に責任を取れるような行動をしなくてはいけないなと思うのでした。
  (ロウヤガキ


My Favorite Words

2014年07月25日 | インポート

Photo中学3年生で、My Favorite Wordsのスピーチコンテストが行われた。
子どもたちが選んだ言葉で一番多かったのは「Never give up.」「You can do it.」。
受験を控えた3年生らしいですね。
ほかの言葉をいくつか紹介すると、
It is a painful thing to live.
中学生にして人生の痛みを痛感しているのでしょうか。
I don’t know where I’m going but I’m finding my way.
人生への不安と期待、そして希望をつなごうとする姿勢が感じられます。
That I live now is a miracle.
生まれてきたことの奇跡を大切にしようという気持ちでしょう。生きるていることが奇跡である世の中ではイヤですね。
One for all,all for one.
みんな立派に成長しています。
クスノキ


先住民族アイヌの授業

2014年07月22日 | インポート

Photo_2  日本の先住民族アイヌについて授業でとりあげたことはありますか?
 教科書にもアイヌ民族のことが少し載ってるけど、知らない子たちが圧倒的に多いんじゃないかと思う。
 そこで、「学校教育におけるアイヌ文化に関する講習会 ~児童・生徒のアイヌ文化理解のために~」のご案内。
 8月1日(金)午後1時~4時
 アイヌ文化交流センター(東京駅八重洲口・アーバンスクエア3F)
 講演と事例発表、ムックリ演奏体験講座
 申し込みは、下記のアイヌ文化振興・研究機構のホームページからできます。http://www.frpac.or.jp/application/details/26-fk-ko-dogai.html
 講師の宇佐照代さんは、アイヌ民族の歌や踊りの伝承者にして、口琴楽器ムックリの名手。新大久保でアイヌ料理店「ハルコロ」をきりもりしている。
 事例発表するのは、神奈川学園中・高等学校の岩崎史子さんだ。実際に授業でアイヌ民族をどう取り上げているのか、子どもたちの反応はどうか聞けそうだ。
(ヒトツバ


生きがいあっても生かされない!

2014年07月18日 | インポート
Photo OECDの調査(TALIS調査)で日本の教員が最も働き過ぎであることが明らかになり、マスコミでも大きく取り上げられて職場でも話題になった。
 この調査、労働時間だけではなく職場環境や教職員の意識などもOECD各国を比較している。PISAによる学力問題は今までも大きく取り上げられ、ゆとり教育批判の根拠にもされたが、教育政策はこの調査のような教職員の労働条件や学校の学習環境も考えなければならない。さて、調査結果を見ると、
 教員の労働時間。授業時間は参加国とそれほど違いがないが、勤務時間は53. 9時間/週で参加国(平均38.3時間)の中でダントツだ。原因は、生活指導、進路指導、登下校指導、給食指導、課外活動など日本の教員の仕事の幅広さである。「課外活動」は参加国平均の3倍以上。とりわけ部活動は教育課程内の活動ではないにもかかわらず、東京のように本務同様の扱いを教員にしいている。このように部活動を教員が行っているのは、日本だけだろう。ワールドカップサッカーで優勝したドイツはすべて学校外のクラブで行っている。
 一方、自分の教育活動の効力感は低い。原因として考えられるのは、子どもを主体とする学びの重要性を教員が認識していても、一人ひとりの子どもへの支援や教材研究・授業準備に十分な時間がとれず、現実とのギャップの中で自分の教育活動への効力を感じることができない状況が考えられる。
 また、「全体としてみれば、この仕事に満足している」との回答は、日本85.1%(参加国平均91.2%)だが、「現在の学校での自分の仕事の成果に満足している」との回答は、日本50.5%(参加国平均92.6%)である。「もう一度仕事を選べるとしたら、また教員になりたい」との回答も日本58.1%(参加国平均77.6%)で相当低くなっている。教育活動に生きがいを感じているが、多忙化と管理的な教育行政の中で、理想とする教育活動と現実とのギャップにストレスを感じていることの反映ではないか。生きがいあっても生かされない!が現状だと言っていい。
 その事は管理職にも言える。「校長としての実力発揮にとっての障壁」への回答では、「不十分な学校予算や資源(84.2%)」「政府の規制や政策(64.8%)」などに多くの声があげられている。学習内容、教員免許の在り方、全国学力調査などの教育政策が、現場のニーズではなく、政治主導で文科省がトップダウンの政策を強めていることの反映ではないか。しかも、人的整備などが不十分なまますすめられ、教職員・子どもへの負担が大きくなっていることを管理職も感じていることが伺える。
(ミニトマト)



平和の申し子たちへ! 泣きながら抵抗を始めよう

2014年07月16日 | インポート

10495026_674929512581489_6411178199  子どもたちからも『集団的自衛権』容認の閣議決定に対する批判が続出している。
 
  朝日新聞 「声」欄(7/6)には「僕らの未来 大人が決めるな」と題して中村 伊希さん(12歳)が投稿している。

 憲法の解釈を変えて集団的自衛権の行使を認める閣議決定がなされました。新聞やテレビのニュースを見るたびに、危機感を覚えます。学校では歴史の授業で「戦後」日本の不戦の歩みについて学んできました。でも、いま自分が生きているこの時代が、「戦前」のように思えてなりません。憲法9条の改正に向け、着々と準備が進められているように思えるからです。
 平和憲法が骨抜きにされれば、僕たちは大人になったとき戦争に行かなければなりません。僕は、戦争には行きたくないです。人を殺したくないです。紛争の解決には武力行使以外の方法があると思うし、そういう姿勢を世界に示せる日本であってほしいのです。
 「子どもたちに夢を」と口癖のように言う大人が、僕たちが戦争に行かなければならないような判断をするのは許せません。子どもを、孫を、戦争に行かせたいですか。政治家のみなさん。一度立ち止まって、未来を生きる僕たち若い世代のことを考えてください。

 首相官邸、国会前を埋め尽くす抗議の人々にも、戦争に行かされる若い人々がたくさんいた。作詞家のなかにし礼さんは、毎日新聞(7/10夕刊)に次のような詩を寄せた。

平和の申し子たちへ! 泣きながら抵抗を始めよう

二〇一四年七月一日火曜日
集団的自衛権が閣議決定された
この日 日本の誇るべき
たった一つの宝物
平和憲法は粉砕された
つまり君たち若者もまた
圧殺されたのである
こんな憲法違反にたいして
最高裁はなんの文句も言わない
かくして君たちの日本は
その長い歴史の中の
どんな時代よりも禍々(まがまが)しい
暗黒時代へともどっていく
そしてまたあの
醜悪と愚劣 残酷と恐怖の
戦争が始まるだろう
ああ、若き友たちよ!
巨大な歯車がひとたびぐらっと
回りはじめたら最後
君もその中に巻き込まれる
いやがおうでも巻き込まれる
しかし君に戦う理由などあるのか
国のため? 大義のため?
そんなもののために
君は銃で人を狙えるのか
君は銃剣で人を刺せるのか
君は人々の上に爆弾を落とせるのか
若き友たちよ!
君は戦場に行ってはならない
なぜなら君は戦争にむいてないからだ
世界史上類例のない
六十九年間も平和がつづいた
理想の国に生まれたんだもの
平和しか知らないんだ
平和の申し子なんだ
平和こそが君の故郷であり
生活であり存在理由なんだ
平和ぼけ? なんとでも言わしておけ
戦争なんか真っ平ごめんだ
人殺しどころか喧嘩(けんか)もしたくない
たとえ国家といえども
俺の人生にかまわないでくれ
俺は臆病なんだ
俺は弱虫なんだ
卑怯者(ひきょうもの)? そうかもしれない
しかし俺は平和が好きなんだ
それのどこが悪い?
弱くあることも
勇気のいることなんだぜ
そう言って胸をはれば
なにか清々(すがすが)しい風が吹くじゃないか
怖(おそ)れるものはなにもない
愛する平和の申し子たちよ
この世に生まれ出た時
君は命の歓喜の産声をあげた
君の命よりも大切なものはない
生き抜かなければならない
死んではならない
が 殺してもいけない
だから今こそ!
もっともか弱きものとして
産声をあげる赤児のように
泣きながら抵抗を始めよう
泣きながら抵抗をしつづけるのだ
泣くことを一生やめてはならない
平和のために!

 戦争ができる国にさせないたたかいは、これからが正念場。私たち教職員も子どもたちとともに、教え子を戦場に送らないために泣きながら抵抗し続けるのだ。


彼-人を問題にして終わらせないで!

2014年07月14日 | インポート

Photo_2  都議会でのセクハラ野次については、本当に腹が立つ。言った彼に対しても「赦せない」という気持ちでいるが、それを受け止める議員達、議会の体質にも愕然とする。このような野次が平気でとばせる雰囲気が都議会にあったということ、それに対してその場で「ちょっと待って」という議員が議長を初め誰もいなかったということ、かなり離れたところにいた発言者に聞こえた言葉が、その発言者の周りにいた人たちにはわからなかったということ(嘘をつけ!と言いたくなるが、本当に聞いていないとしたら、心底、心のにぷい人たちだと思う。)そのくせその野次に続くように笑い声さえおきていること、本当にこの議員たちは日頃、弱い立場におかれている人のことなんか何も考えていないのだなと思う。こういう人たちが都政にかかわっているかと思うと、いかに都が人を大切にしていないかがわかって、悲しい。
 しかし、問題をここで終わらせてはいけないと思う。これは、謝ってすむ問題でもなく、議会で何か決議してすむ問題でもない。せっかくこういう問題が明らかになったのだから、議員たちもそうだが、私たちも含めて自分たちの中にある差別性をきちんと見直す機会としなけれぱと思う。
 結婚したくない人、結婚したくてもできない人はたくさんいる。悪気はなくても、当たり前のように「結婚されないんですか?」とか「お子さんは?」と声をかけることが、場合によってはその人を傷つけることになってしまうことがある。これは、当事者ではないとわかりにくい心の痛みだ。
 差別というのは、自分が全<気がつかないうちにしてしまっている場合がよくある。それを言ってはいけないではなく、それを言ったときに相手がどう感じるかを心鋭く思っていないと、あの議員と同じようなことを私たちもまたしてしまうことになる。
 今、障害児を普通学校へ・全国連絡会を中心に、付き添いをなくす全国キャンペーンが始められている。教委や学校は、「障書」児が学校に入ると、保護者に平然と付き添いを要求する。「障害」児には、保護者が付き添うべきということが当たり前だと思っている。それが当たり前だと思っている人にとっては、相手の心の痛みは理解できない。
 結婚するのは当たり前、子どもを産むのは当たり前。障害児の親が付き添うのは当たり前と思っているうちは、それが差別だと気づかない。議員の野次、暴言にはあれほど大騒ぎしているマスコミだが、こと教育に関して学校内で出される校長などの暴言、差別発言にはまるで無関心のように感じてしまう。
 世界に恥をさらしているのは議員の発言だけではない。弱い立場の人のことを考えずに、世間の「常識」でものを言ったとき、そこにつらい思いをしている人たちがいることを考え合う基盤がないと、議会でも学校でも私たちの間でも、悲しい差別が続くことになる。
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授業講座と教育文化研究所総会

2014年07月11日 | インポート
Dpp_0132 報告を2つ。6月22日、東京教組の授業講座が行われた。
 講師の深澤裕さんは、新宿教組、東京教組の役員としても活躍された方。石原都政から続く学校現場の多忙化を解決するために組合として活動し、学校では一人ひとりの子どもたちを丁寧に見ていくことの大切さを実践してきた。
 勤務していた小学校は新宿区内だが、豊かな自然環境があり、その学校施設を余すところなく活用し、チョウやトンボを教室内で羽化させたり、育てたダイコンでカクテキを作ったりして環境教育や食育をすすめ、また、近くのコリアタウンのフィールドワークによる国際理解教育、東京大空襲の体験談を聞く平和教育など、総合的な学習の実践例を数多く紹介してくれた。これからも、東京教組は若い教職員のための授業講座を開催する、乞うご期待!
 もう一つ、6月25日、東京教育文化研究所の総会が開かれた。今年度の活動計画は大きく5つ。①「子どもの権利条約」を根付かせる教育実践と学習活動。②3,11以降子どもの命を守るための教育実践と学習活動。③教科書採択に向けたとりくみ。④教科の教材・授業研究。⑤年報(ともにあゆむ)の発行。
 総会後、「道徳や小学校英語の教科化などの問題を考えるために」というテーマで所長の池田賢市さん(中央大学教授)の講演。
 池田さんは、最近の教育改革の流れについてていねいに説明し、道徳は価値意識を問うものであり、教科にはなりえない。小学校英語はグローバル化の中からでてきているが、それがグローバル化にはなりえないことをわかりやすく解説しました。その後、参加者との質疑応答がありましたが、大変活発な意見がとびかい、時間が足りないほどでした。「教育改革」は安部政権の大きな課題にもなっています。まだまだ学習を深める必要があると痛感した一日でした。
ダリアとミツバチ)