上越市教委は9日、上越市大和5丁目の釜蓋(かまぶた)遺跡で約1800年前(弥生時代後期末~古墳時代初頭)の竪穴建物の4本柱の最下部に、柱の沈下を防ぐ基礎工法が施されていたことが分かったと発表した。
釜蓋遺跡では、この時代の竪穴建物では県内最大規模の建物跡(東西9・92m、南北10・08m)が焼けた状態で出土した。 その後の調査で、建物の4本の柱(最長約90cm)の根元(直径約25cm)を鉄製斧でえぐり、柱穴(直径約80cm)の底に材木をキ字状や井桁状に置いて柱と噛ませ、柱のずれや沈み込みがないようにしてあることを確認した。 炭化した多量のコメも見つかったため、米の備蓄倉かもしれないとしている。
[参考:朝日新聞、2011.10.1 広報じょうえつ]
釜蓋遺跡では、この時代の竪穴建物では県内最大規模の建物跡(東西9・92m、南北10・08m)が焼けた状態で出土した。 その後の調査で、建物の4本の柱(最長約90cm)の根元(直径約25cm)を鉄製斧でえぐり、柱穴(直径約80cm)の底に材木をキ字状や井桁状に置いて柱と噛ませ、柱のずれや沈み込みがないようにしてあることを確認した。 炭化した多量のコメも見つかったため、米の備蓄倉かもしれないとしている。
[参考:朝日新聞、2011.10.1 広報じょうえつ]