『愛と憎しみの彼方へ』(51)(日本映画専門チャンネル)
北海道網走刑務所から、模範囚だったオホツク不動こと坂田五郎(三船敏郎)ら、6人が脱獄する。
看守長の久保(志村喬)は、生疵の助こと鎌田与助(小沢栄太郎)が、囚人仲間の伊達(木村功)を使って、坂田の妻まさ江(水戸光子)が医師の北原(池部良)と不倫関係にあるといううそを教えたため、坂田がそれを確かめたい一心で、脱獄の首謀者となったことを知り、坂田の後を追う。
寒川光太郎の原作を谷口千吉と黒澤明が共同で脚色し、谷口が監督した映画で、東宝争議のため、映画芸術協会製作となっているが、おかしなところがたくさんある映画だった。
脱獄した夫がやって来ると思われる山小屋を、子どもを連れて北原と一緒に訪れるまさ江。これでは不倫を疑われても仕方がない。それを見た坂田は2人の関係を確信し、猟銃を手に入れ、逃げる2人を殺そうと、山中を執拗に追い掛ける。
坂田に対して過度に思い入れる久保(これもちょっと異様)もその後を追う、という展開は、誤解が招いた悲劇ではあるのだが、そもそもは、まさ江が北原から贈られた高価な帯を着けて、仮釈放が近い夫に面会に行ったことが、坂田に疑念を抱かせるきっかけとなったのだ。何だかめちゃくちゃである。
例えば、この映画と同じように、谷口と黒澤が共同で脚本を書き、谷口が監督をした『銀嶺の果て』(47)や『ジャコ万と鉄』(49)同様、人物描写のまずさが目立つ。
特に、夫と北原との間で揺れるまさ江の煮え切らない態度(しかも子ども連れて)を見ながら、『カサブランカ』(42)のイルザ(イングリッド・バーグマン)のことを思い出してイライラさせられた。
ところが、北海道の大自然の中での逃避行の描写が尋常ではなく(玉井正夫の撮影がすごい! 特に氷混じりの池を、北原=池部が、まさ江=水戸と子どもを担いで歩くシーンは壮絶)、そのバックに伊福部昭独特のメロディが流れてくると、人物描写のまずさを忘れて、思わず見入ってしまった。これを谷口の力業と呼ぶべきか。
後に東宝映画が獲得する洗練さに欠け、良くも悪くもとても荒々しい印象を受けた。何だか、傑作と愚作の間にあるような、妙な映画を見せられた気分になった。
三船は片鱗をうかがわせるものの、まだ発展途上な感じがした。池部はセリフ回しは悪いが存在感はある。水戸は年増の魅力と思ったら、当時はまだ30歳ぐらいと知って驚いた。脇役では、小沢栄時代の小沢栄太郎、警務課長役三津田健、警察署長役の清水元、新聞記者役の佐野浅夫が目立っていた。