『長屋紳士録』(47)(1992.2.18.)
小津安二郎の戦後復帰第一作。従軍体験(記録映画製作など)を経た監督たちの中には、そのおかげで作風が変化したり、映画が撮れなくなってしまった人もいただろうに、小津の復帰作はお得意の長屋物だった。
しかも、例えば、小津と同じような体験を経て、戦後復帰第一作として『素晴らしき哉、人生!』(46)を撮りながら、その後は尻すぼみになってしまったフランク・キャプラとは違い、小津はこの後も、“家族物”を精力的に撮り続けていったのだから、その頑固さのパワーの源はどこにあったのだろう、などと思ってしまった。
ところで、この映画の魅力は、飯田蝶子をはじめとする配役の良さはもちろんだが、東京の下町の言葉や風景が極自然に流れてくるところだろう。
例えば、「ひ」と「し」が逆転した言葉の懐かしい響き、本願寺がそびえ立つ築地周辺の街並みなど、今は失われたものがかえって新鮮に聞こえたり、見えたりもする。
そして、この映画を見ていると、たとえ物質的には今より貧しくとも、当時の人々の方が心は豊かでたくましかったのではないか、と思えてしまう。戦地から帰った小津は、戦争に負けても、どっこい生きている、こうした庶民のしたたかさに心を打たれたのではないだろうかと思った。
八丁堀『長屋紳士録』
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