ニューヨークの下町、ギャングにでもならなければ成り上がれない貧富の差が生む悲劇を描いたこの映画から、『ウエスト・サイド物語』(60)や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)『グッドフェローズ』(90)などのルーツを見せられたような気がした。デッド・エンド・キッズと呼ばれた実際の不良少年たちの出演が、この映画にドキュメンタリー的な側面を持たせている。60年前ですらこうなのだから、様々な人種問題も絡む今の状況はさらに複雑で根深いものがあるのだろうと思わずにはいられない。
それにしても、この時期のワイラーのジャンルを問わない見事な映画作りと冷徹な視点にはほとほと感心させられるのだが、その同じ人が、ロマンチックな『ローマの休日』(53)や『おしゃれ泥棒』(66)も平気で撮ってしまうところが、たまらなく素敵なのだ。
さて、ワイラーの良さばかりを述べているが、『この3人』『孔雀夫人』とこの映画は、いずれもサミュエル・ゴールドウィンの製作で、彼の意向が強く反映されているという。してみると、これらはワイラーの映画というよりも、ゴールドウィンの映画と言った方が正しいのだろうか。
ジョエル・マックリー