毎日新聞の「村上春樹をめぐるメモらんだむ」という記事の、新刊『村上T 僕の愛したTシャツたち』を紹介する中で、興味深い逸話が語られていた。
それは、この本の中で最初に紹介された「TONY TAKITANI」という文字の入った黄色いTシャツについてのこと。これは、村上がマウイ島で1ドルで買った古着で、「いつかこの名をタイトルにした小説を書こうと思った」のだという。そして「~1ドルで買ったTシャツが基になって小説が出来、それが映画にまでなった。人生最良の投資」とまで書いている。
その小説と映画のタイトルは『トニー滝谷』(05)。監督は先年惜しくも亡くなった市川準で、公開前に『ビッグイシュー日本版 21号』(2005.2.1.)でインタビューをした。
掲載されたページでは書き切れなかったが、実は途中から、映画マニア同士の話みたいになってしまい、とても楽しいひと時を過ごしたことを覚えている。中でも、宮沢りえが演じた二役について、ヒッチコックの『めまい』(58)を引き合いに出したら、こんな会話になった。
-今回、原作を読んだ時に感じたんですけれども、(アルフレッド・)ヒッチコックの『めまい』をすごく思い出したんですよ。
(市川)そうですよ。ちょっと気にした映画です。キム・ノバクのね。
- あれも一人二役でしたから。
(市川)あれはもう、髪の毛を直したりしてね。
最後もこんな会話になった。
(市川)この『トニー滝谷』という映画は、何か、いなくてもよかったような人たちばかりが出てくるような気分。そういう小説だったし、映画だったような気がするんだけど、なくてもよかった人生なんて一度もないんだということが届いていたらいいなあと。いなくてもよかった人なんて一人もいないんだみたいなね。
-(フェデリコ・)フェリーニの『道』(54)の中に出てくるセリフみたいにですね。
(市川)フェリーニも大好きですよ、僕は(笑)。ジュリエッタ・マシーナがいいね。
-私も映画が好きでこういう仕事をしていますので…。この映画は、監督が影響を受けたとおっしゃる、小津安二郎監督とか成瀬巳喜男監督の映画に似ているなあ、というところも感じましたし、さっきのヒッチコックの『めまい』とかですね、そういう感じもちょっと…。
(市川)シナリオを書いている時に、そういえば、『めまい』が近いものがあるぞと。ビデオを見て彼女の髪型とかね、研究しましたよ。いきなり変わるからねあれは。あなたも映画マニアだね(笑)。