田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

『ピンポン』

2020-08-31 07:10:58 | 映画いろいろ

『ピンポン』(02)(2004.11.18.)

 松本大洋の人気コミックを、宮藤官九郎の脚本で映画化した青春スポーツ映画。才能にあふれ、卓球をこよなく愛する高校生のペコ(窪塚洋介)と、クールなスマイル(井浦新)。対照的な性格の2人の友情を軸に、ライバルとの壮絶な試合を、CGを使った映像で描く。

 最初は、最近の若者は冷めてるなあ、なんておじさんらしい印象で見ていたのだが、実は昔ながらのスポ根ものだった。というより、上辺は変わったように見えても、基本的に男は単純で、冷めているようで実はすぐに熱くなるし、負けず嫌いだという点では老いも若きも同じということか。

 CGは、『少林サッカー』(02)や、この映画での卓球みたいなマンガチックなものには効果的だと改めて感じさせられた。それにしても窪塚洋介はすれすれな奴だな。ライバル役の中村獅童の歌舞伎の見栄っぽい動きがかえって面白かった。結構楽んで見た。

 

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『火刑都市 改訂完全版』(島田荘司)

2020-08-30 07:44:13 | ブックレビュー

 昭和57(1982)年、四ツ谷の雑居ビルが放火され、地下にいた若い警備員が焼死する。これは事故か殺人か。前半は、主人公の中村刑事が、事件の鍵を握ると思われる、失踪した警備員の婚約者を捜索する様子が描かれる。足を使った地道な捜査、珍しい地名などは、松本清張の影響がうかがえる。
 
 その間、赤坂のホテル(モデルはニュージャパン)、虎ノ門のビルと連続放火事件が発生。現場には“東亰”と書かれた紙片が残されていた。果たして連続放火犯の意図は? “東亰”の意味は? という謎の奥に、水の都から陸の都へと変貌した東京論を展開させる、という社会派ミステリー。

 以前、川本三郎氏の『ミステリと東京』で紹介されていた時に読んだのだが、今回「改訂完全版」と銘打たれて復刊されたので、久しぶりに読み返してみた。中盤に回りくどいところがあって、いささかもたれるが、都市論を踏まえた出色のミステリーという印象は変わらなかった。そういえば、ヒロインは自分と同い年だった。

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チャドウィック・ボーズマン ジャッキー・ロビンソンとジェームス・ブラウンを演じた男

2020-08-29 17:00:13 | 映画いろいろ

 俳優のチャドウィック・ボーズマンが43歳の若さで亡くなったという。

 ボーズマンといえば、マーベルヒーロー『ブラックパンサー』シリーズで主人公を演じたことで有名だが、自分にとっては、『42~世界を変えた男~』(13)で黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンを、『ジェームス・ブラウン~最高の魂(ソウル)を持つ男~』(14)で大歌手のJBことジェームズ・ブラウンを演じたことの方が印象深い。ロビンソンとJBを完璧に演じ分けるなど、よほどの演技力と存在感がなければできはしないのだから。今後のさらなる活躍が期待されていただけに、本当に残念だ。

 くしくも、亡くなったのはコロナ禍で延期になっていた「ジャッキー・ロビンソン・デー」が行われた日だったという。

【映画コラム】『42~世界を変えた男~』ほか、伝記映画が目白押し
https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/57923/2

【映画コラム】伝説の男がいまよみがえる 『ジェームス・ブラウン~最高の魂(ソウル)を持つ男~』
https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/week-movie-c/1000322

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ビデオ通話で西部劇談議『帰らざる河』

2020-08-29 07:40:52 | 駅馬車の会 西部劇Zoomミーティング

 ビデオ通話の準備で、マリリン・モンロー主演の『帰らざる河』(54)を再見。改めて「River of No Return」(作詞ケン・ダービー、作曲ライオネル・ニューマン)はいい曲だと感じた。

 昔『MOVIE』という映画雑誌のマリリンの特集号で「マリリン・モンローと音楽」について書いたことがある。例えば、『王様と私』(56)のデボラ・カー、『ウエスト・サイド物語』(61)のナタリー・ウッド、『マイ・フェア・レディ』(64)のオードリー・ヘプバーンの歌は、皆「ハリウッドのゴースト・シンガー」と呼ばれたマーニ・ニクソンが吹き替えている。ところがマリリンは、この映画も含めて歌の吹き替えを一切されていない。これは、マリリンの歌は、彼女以外の声では考えられなかったということなのか。

 この映画の監督は、オーストリア出身のオットー・プレミンジャー。フリッツ・ラング、ダグラス・サーク、そしてこのプレミンジャーと、ヨーロッパからの亡命監督たちがこぞって西部劇を撮っているのが面白い。

 で、実はこの映画は、ロバート・ミッチャムの息子役(トミー・レティッグ)の成長物語、という見方もできる。最後に決着をつけるのも彼なのだし。

『帰らざる河』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/8f7d9ed77245b0f40c65524b4beb389c

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『アパッチの怒り』

2020-08-28 09:05:54 | 映画いろいろ

 今日の「BSシネマ」は、未見のダグラス・サーク監督作『アパッチの怒り』(54)。知人から、モアブでオールロケされ、ソフト化されていない、という貴重な情報を得た。

 米軍と講和条約を結んだチリカワ・アパッチの族長コチーズの息子ターザ(ロック・ハドソン)は、白人との共存を望んだ父の遺志を受け継ぐが、白人を憎む弟や、好戦派のジェロニモ一味と対立していく…という物語らしい。ハドソンは『ウィンチェスター銃'73』(50)でもインディアンを演じていた。

 コチーズの名を聞いて思い出すのは、デルマー・デイビス監督、ジェームズ・スチュワート主演の『折れた矢』(50)で、ジェフ・チャンドラーが演じたもの。

 同作は、インディアンの視点から平和を求める彼らの姿を描いた、製作当時としては画期的な西部劇だった。するとこの映画は、その後日談的なものになるのか。『折れた矢』は20世紀フォックスの製作で、この映画はユニバーサルだから、直接的なつながりはないのかもしれないが…。(何とこの映画で、ほんの少し出るコチーズを演じていたのはチャンドラーだった!)

 ドイツからの亡命監督のサークは、どこぞの大学の先生が盛んに持ち上げて、今や彼らの一派によって巨匠扱いされているが、これってどうなんだろう、といつも違和感を覚える。

  リアルタイムでサークの映画を見てきた我が師匠・長谷川正が「あいつらは歴史を捻じ曲げて語っている。サークは決して巨匠じゃないよ」と嘆いていたことを思い出す。

『折れた矢』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/7acd6b7c0a34ff48fbfe1bc5777caa26

 

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『続・夕陽のガンマン』

2020-08-28 06:34:53 | 映画いろいろ

『続・夕陽のガンマン』(2005.11.2.)(1973.10.7.日曜洋画劇場)

「善玉、悪玉、卑劣漢」

 この映画を見るのは、大昔の中学生時代以来だから、細部は驚くほど忘れていたが、セルジオ・レオーネらしい、だらだらとした流れの中で、クリント・イーストウッドとイーライ・ウォラックが、まるでゲームをするかのように、金の在り処を探していくのは覚えていた。

 3時間の超大作だが、昔のテレビでは大幅にカットして放送していた記憶がある。ところが、そのカット版の方がテンポがよくて締まった感じがするのだから皮肉なものだ。エンニオ・モリコーネの、例の「アーアーアー」も久々に聞いた。

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『ミッドナイト・イン・パリ』

2020-08-25 06:58:01 | 映画いろいろ

『ミッドナイト・イン・パリ』(11)(2012.6.3.丸ノ内ピカデリー)
 
現実をしっかりと生きるべし 

夫:久しぶりにウディ・アレンの映画を映画館で見たなあ。皮肉屋の彼にしては、正攻法のロマンチック映画に仕上げていたので、随分丸くなったなあと感じたよ。

妻:とにかく画面がとてもきれいだったわ。

夫:まずオープニングのパリの点描が見事。こちらもパリを訪れたような気分にさせてくれる。ニューヨークを点描した『マンハッタン』(79)のオープニングを思い出した。あっちはモノクロだったけどね。

妻:特に、光と闇に浮き上がる昔の夜のパリの街が素晴らしい。マリオン・コティヤールが雰囲気があってよかったわ。

夫:オーウェン・ウィルソンの演じる脚本家が、1920年代にタイムスリップしてコール・ポーター、F・スコット・フィッツジェラルド、ジャン・コクトー、ジョセフィン・ベイカー パブロ・ピカソ、サルバドール・ダリ、ルイス・ブニュエル、マン・レイ、そしてアーネスト・ヘミングウェイらと交流する。これはアレン自身の願望を描いているんだろうね。

妻:彼が憧れる、才能にあふれたスノッブな人たちに会いたい、ってことかしらね。

夫:さすがに現代と20年代をつなげる話の転がし方がうまいし、さり気なくタイムスリップするところもいいね。アカデミー脚本賞の受賞も納得。

妻:あり得ないーと思うんだけど、妙に気持ちが入っちゃたわ。

夫:タイムスリップものではないけど、アレンが描いた非現実的な物語としては、映画の登場人物がスクリーンの外に出てくる『カイロの紫のバラ』(85)の味わいがこの映画に近いかな。

妻:ミア・ファローの不思議ちゃんぶりが、現実逃避するヒロイン役にぴったりだったね。物悲しい結末なんだけど、彼女のキャラクターのおかげでしんみりしすぎないのよ。

夫:ところがこの映画では、ただのノスタルジーで終わらせないところにアレンの真骨頂が発揮される。たとえ、憧れの過去へ行っても、その時代の人間はさらなる過去に憧れているという皮肉を描き、いくら過去に憧れてもきりがないと説く。そして、さればこそ現実をしっかりと生きるべしという前向きな結論を引き出す。これは、主人公が悩みの果てにたどり着いた楽観を描いた『ハンナとその姉妹』(87)のラストシーンとも相通じるものがあるんだな。

旧ブログ「お気楽映画談議」より

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『山月記』(中島敦)『枯葉の中の青い炎』(辻原登)

2020-08-24 23:36:48 | ブックレビュー

 テレビで、人間が虎になるという変身譚、中島敦の『山月記』の朗読をやっていた。高校時代の現国の教師が変わり者で、この小説の漢文調のリズムを感じるためと称して、暗唱することを課題とした。確かに声に出して読むと、気持ちのいい文章だった。おかげで、今でも途中まではそらんずることができる。

 「隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった」

 さて、その中島敦が登場する面白い小説がある。辻原登の『枯葉の中の青い炎』だ。

 この小説は、かつて、プロ野球チーム、トンボ・ユニオンズに在籍したミクロネシア出身の相沢進のその後を伝える実際の新聞記事(2003年)を発端に、1955年のビクトル・スタルヒンが3百勝を懸けた試合、1941年のミクロネシアでの相沢と作家・中島敦との邂逅、相沢が使う南洋の秘術…と、話が時空を超えてどんどんと飛躍していく。そして、史実とほら話を融合させ、野球小説と南洋文学を合体させたような、不思議な味わいを持った小説になった。これはある意味、中島の 『山月記』にも通じるトールテールの一種だ。

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『激流』

2020-08-24 08:19:36 | 映画いろいろ

『激流』(94)(1995.3.20.UIP試写室)

 元リバー・ガイドのゲイル(メリル・ストリープ)は、息子(ジョセフ・マゼロ)の誕生祝に、夫(デビッド・ストラザーン)と息子と共に故郷で川下りをしていた。そんな中、逃亡中の強盗犯(ケビン・ベーコン、ジョン・C・ライリー)が現れ、息子を人質に取って、ゲイルにガイドを強要する。

 この映画、最近流行の家族の絆回復劇に、隠し味でスリルの辛味を効かせてみた、といった感じだが、父権の失墜、強い女性、という今日的な側面を除けば、過去の西部劇やロードムービーからの戴き的なところも目に付き、サスペンスとしては、ウィリアム・ワイラーの『必死の逃亡者』(55)のアウトドア版の趣きで、主役が父親から母親に代わった、といったところだ。

 ただ、こんなふうに何日もかけた川下りが可能なロケーションを持つ広大な国アメリカならではの映画と言うこともできるだろう。

 そして、初めて本格的なアクションに挑んだというストリープはさて置き、屈折した犯人像を、先に公開された『告発』(95)とは違った形のうまさで演じたベーコンが何とも光った。そろそろ彼に名優という称号を与えてもいいかもしれないが、この映画の場合は、そのために、彼が悪人に見えずに困ってしまう、という反作用を生んでいた。

 ところで、事件を解決するのは、またしても銃であった。そうなると、この家族の絆の回復をうたったはずの映画の弱点や、引いては、銃社会、自衛の国としてのアメリカの弱点が浮き彫りになってくるところがある。

 どうせなら、ストラザーン扮するダメな夫の知恵で片が付くようなエンディングにした方が、家族の絆の回復というテーマが明確になり、すっきりと見終われた気がするのだが、それでは甘いのだろうか。 

 そういえば、この映画は、95年のゴールデンウイーク映画の一本だった。

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『映画の森』「追悼企画」大林宣彦映画の私的ベスト5

2020-08-24 06:29:01 | 映画の森

 共同通信社が発行する週刊誌『Kyoudo Weekly』(共同ウイークリー)8月24日号、『映画の森』と題したコラムページで「大林宣彦映画の私的ベスト5」を紹介。

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