田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

『孫文の義士団』

2020-05-18 20:42:24 | 映画いろいろ

『孫文の義士団』(09)(2011.4.30.ヒューマントラストシネマ有楽町)

 この映画は、辛亥革命の孫文対清朝末期の権力者・西太后という図式を描いた歴史劇にあらず。歴史的事実を巧みに利用した大娯楽作だ。監督はテディ・チャン。

 とは言え、辛亥革命のあらましを知っていればさらに面白く見られるだろう。前半は歴史的背景や登場人物たちの点描が静かに語られていくが、後半は、さまざまな事情から孫文を“守ることになってしまった”者たちが、暗殺団との間ですさまじいアクションを繰り広げる。この静と動の転換がなかなかいい。

 加えて、『イップ・マン 葉問』(10)のドニー・イェンを筆頭に、名もなき者たちが各々の“義”に殉じて死んでいく姿に胸を打たれる。それはまさに“弁慶の立ち往生”のオンパレード。前半のストーリーには『七人の侍』(54)、後半のアクションには西部劇を感じさせるところもある。 

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『リオ・ロボ』

2020-05-18 13:22:34 | 映画いろいろ

『リオ・ロボ』(70)(1985.1.19./2014.1.30.フィルムセンター)

 南北戦争末期、北軍の輸送列車から金塊が強奪される。マクナリー大佐(ジョン・ウェイン)は、内部に裏切り者がいるとにらむ。戦後、元南軍の若者と親しくなったマクナリーは、裏切り者がテキサスのリオ・ロボを支配していることを知る。

 ハワード・ホークス監督+ジョン・ウェイン主演作。ウェインを中心とした一種のグループ西部劇として、『リオ・ブラボー』(59)『エル・ドラド』(66)と併せて“三部作”と呼ばれる。ホークスの遺作でもある。アクション監督はヤキマ・カヌット。

 ジェニファー・オニールから「あなたなら安全=COMFOETABLE」と言われてくさるウェインが面白い。この三部作、総じて女性が強いのは脚本のリー・ブラケットの色か。

 渡辺武信や山田宏一が「ホークスとマキノ雅弘には通じるところがある」と語っているが、確かに、平気でセルフリメークを作ってしまうところ、グループ劇の中のゆったりとしたユーモアなどは似ていると言えなくもない。

『エル・ドラド』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/3a0bcd37e1e7f4111f1dfecefab1aa36

『ハタリ』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/6e2d6663edd1f07b6dd2f79778ed0186

『リオ・ブラボー』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/b2d7f4fb40be1153428209d995349436

『赤い河』ホークスとデューク
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/11c723ee218e6abefb5ddb9371396b25

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『シックス・センス』

2020-05-18 06:46:09 | 映画いろいろ

『シックス・センス』(99)


 
 死者=霊が見えてしまう「第六感(霊感)」で悩む9歳の少年コール(ハーレイ・ジョエル・オスメント)。小児精神科医のマルコム(ブルース・ウィリス)は、コールを救うため、何とか心を開かせようとするが、やがてある事実が明らかになる。

 M・ナイト・シャマラン監督が、どんでん返しの脚本、斬新な演出で注目されたホラーサスペンス。現在と過去、現実と幻、生と死を交錯させ、回想を使って種明かしをするという、映画ならではの表現が生かされている。

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『飢餓海峡』

2020-05-18 06:10:56 | 映画いろいろ

『飢餓海峡』(64)(1994.11.28.)

 

 昭和22年、青函連絡船が台風で転覆し、多くの犠牲者が出た。その同じ日、北海道岩内町の質屋一家が殺害された後、家は放火され、全町を焼きつくす大火事となる。

 函館警察の刑事・弓坂(伴淳三郎)は、連絡船事故の遺体が乗客名簿より多く、身元不明の2遺体が岩内の殺人犯3人組のうちの2人だと確信。残る1人の犬飼太吉(三國連太郎)を追跡するが…。

 同日に起きた青函連絡船の洞爺丸の沈没と岩内町の大火という実話から着想を得た水上勉の小説を内田吐夢監督が映画化した名作を、およそ20年ぶりに再見。

 今回は、内田監督があえて撮影に使用した16ミリフィルムのざらつき感が、ドキュメンタリータッチを助長していることが確認できた。完成までにはいろいろと逸話があるようだが、この映画には内田吐夢の執念を感じる。

 また、原作者の水上が「これは(松本)清張さんに影響されて書いた」と語っている映像を最近見たが、水上作品独特の仏教くささが漂う点は異なるが、清張の『砂の器』にも似た、一人二役、悲しい過去の清算故に犯される犯罪、あるいは犯人や刑事の旅の物語としては、確かに通じるところがあると感じた。

 その原作を見事にシナリオ化した鈴木尚之の功績も大きい。この時期の彼は、同じく内田吐夢の『宮本武蔵五部作』(61~65)、今井正の『武士道残酷物語』(63)、田坂具隆の『ちいさこべ』(62)『五番町夕霧楼』(63)『冷飯とおさんとちゃん』(65)、加藤泰の『沓掛時次郎 遊侠一匹』(66)などを連作しているのだからすごい。

 つまり、内田吐夢の執念と鈴木尚之の見事なシナリオが、この映画を第一級の異色社会派推理劇に仕立て上げたのだ。

 それにしても、より複雑で猟奇的な事件を描く昨今の映画に比べると、この映画が描いた、貧しさが遠因となる悲しい犯罪、その裏に潜む純愛といったテーマは同情に値する。この話は犯人も被害者も刑事もみんなどこか悲しいのだ。これは時代の変化によるものなのだろうか。

『私説 内田吐夢伝』(鈴木尚之)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/ef6a4c4061089a78d06ed8624bfa0709

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