1965年 放送中止になった日本テレビのドキュメンタリー番組『南ベトナム海兵大隊戦記』を観る会がありました。
場所は川崎市市民ミュージアム
3月28日13時から
主催はミュージアムと民放シニアの会
協力 メディア総合研究所 日本ジャーナリスト会議神奈川支部。
日本ベトナム友好協会川崎支部も協力してくれました。
ウイークデーの午後だったし 武蔵小杉からバスという条件でしたが 90人も参加してくれました。
このドキュメンタリーは 「ノンフィクション劇場」という枠で放送されたものです。
3部構成でしたが 1部が放送された途端 当時の内閣官房長官からの電話一本で 2部 3部が放送中止になったのです。
この日は 「総集編」としてまとめられたものの上映でしたが 肝心の 海兵大隊の兵士が「切り落した少年の首を放り投げる」場面は入っていません。どうやら日本テレビが出さなかったようです。
元日本テレビ報道局の河野慎二さんの報告で カメラマンは石川文洋さんだったことがわかりました。
元TBS報道局の諌山 修さんが 「ハノイからの証言」報道がきっかけで降板させられた田 英夫さんのことなど 当時の放送中止事件について報告しました。
ぼくも発言をもとめられました。予定外だったのですよ。民放シニアの会の会長なものだから きっと司会(ミュージアムの学芸員濱崎さん)が気を遣ったのですかね。そんな必要はないのにね。
テレビの「フレームアップ」(視聴者の目を反らせる)について話しました。サッチー ミッチー騒動(1999年)のとき 日の丸、君が代法がアッという間に国会を通過してしまったこと。タマちゃん 白装束集団報道のとき 有事法が特別委員会で強行採決されたこと(2003年)など いつも喋っていることです。
またかと思った人もいるでしょうね。
上映されたものは もちろん白黒ですが 戦争の残虐性の一端を伝えています。
プロデューサーは牛山純一さん(故人)です。「ぎゅうちゃん」と呼ばれていましたね。
この番組が放送されたとき 「これで 日本のドキュメンタリー番組は終わった」といった評論家がいました。
「生首を放り投げる」場面の残酷さが 「ドキュメンタリー番組の自滅を招いた」というのです。
日本人は 残酷なのが嫌いなのでしょうか。事実をありのままに伝えるのを嫌うのでしょうか。いまもそうなのでしょうか。
外国の報道を見ていますと 残酷と思われる映像がたくさんあります。
文化の違い などと一言で片付けられるものではないとおもうのです。
「残酷」は わたしたちの周りにゴマンとあります。憲法 基地 社会保障など いまや「日本残酷列島」です。
直視しなければなりません。目をそむけてはなりません。
『南ベトナム・・・』のときの評論家の言葉を思い出し いまの日本のメディアの状況に想いを巡らせながら 武蔵小杉の駅前で(夕方7時までは半額という)ビールを飲んだのです。ジョッキで三杯 ビールをこんなに飲んだのははじめてです。
場所は川崎市市民ミュージアム
3月28日13時から
主催はミュージアムと民放シニアの会
協力 メディア総合研究所 日本ジャーナリスト会議神奈川支部。
日本ベトナム友好協会川崎支部も協力してくれました。
ウイークデーの午後だったし 武蔵小杉からバスという条件でしたが 90人も参加してくれました。
このドキュメンタリーは 「ノンフィクション劇場」という枠で放送されたものです。
3部構成でしたが 1部が放送された途端 当時の内閣官房長官からの電話一本で 2部 3部が放送中止になったのです。
この日は 「総集編」としてまとめられたものの上映でしたが 肝心の 海兵大隊の兵士が「切り落した少年の首を放り投げる」場面は入っていません。どうやら日本テレビが出さなかったようです。
元日本テレビ報道局の河野慎二さんの報告で カメラマンは石川文洋さんだったことがわかりました。
元TBS報道局の諌山 修さんが 「ハノイからの証言」報道がきっかけで降板させられた田 英夫さんのことなど 当時の放送中止事件について報告しました。
ぼくも発言をもとめられました。予定外だったのですよ。民放シニアの会の会長なものだから きっと司会(ミュージアムの学芸員濱崎さん)が気を遣ったのですかね。そんな必要はないのにね。
テレビの「フレームアップ」(視聴者の目を反らせる)について話しました。サッチー ミッチー騒動(1999年)のとき 日の丸、君が代法がアッという間に国会を通過してしまったこと。タマちゃん 白装束集団報道のとき 有事法が特別委員会で強行採決されたこと(2003年)など いつも喋っていることです。
またかと思った人もいるでしょうね。
上映されたものは もちろん白黒ですが 戦争の残虐性の一端を伝えています。
プロデューサーは牛山純一さん(故人)です。「ぎゅうちゃん」と呼ばれていましたね。
この番組が放送されたとき 「これで 日本のドキュメンタリー番組は終わった」といった評論家がいました。
「生首を放り投げる」場面の残酷さが 「ドキュメンタリー番組の自滅を招いた」というのです。
日本人は 残酷なのが嫌いなのでしょうか。事実をありのままに伝えるのを嫌うのでしょうか。いまもそうなのでしょうか。
外国の報道を見ていますと 残酷と思われる映像がたくさんあります。
文化の違い などと一言で片付けられるものではないとおもうのです。
「残酷」は わたしたちの周りにゴマンとあります。憲法 基地 社会保障など いまや「日本残酷列島」です。
直視しなければなりません。目をそむけてはなりません。
『南ベトナム・・・』のときの評論家の言葉を思い出し いまの日本のメディアの状況に想いを巡らせながら 武蔵小杉の駅前で(夕方7時までは半額という)ビールを飲んだのです。ジョッキで三杯 ビールをこんなに飲んだのははじめてです。