「テレビ」と「平和」と「憲法」のblog

元ワイドショープロデューサー仲築間 卓蔵(なかつくま・たくぞう)のブログ

タイの洪水に思うこと・二題

2011-10-26 10:52:06 | Weblog
 記録的な大雨でタイは大変です。
 バンコク中心部も氾濫の恐れがあるといいます。
 ここで思い出したこと、気づいたことを書くことにしましょう。

◆かつてバンコクは「東洋のベニス」といわれていた
 大雨による被害は ”人災”

  思えば、34年前です。1977年9月25日から13日間。新聞、民放の労働者代表による「ベトナム友好訪問団」の一
 員としてベトナムを訪ねたときのことです。ハノイに入るためにはタイ(ドーンムアン空港)、ラオス(ビエンチャン)経
 由でした。往路、帰路ともバンコクに泊まりました。当時、タイは軍事政権下で、政情も不安定でしたね。
  帰国して、日本テレビ労働組合の組合ニュースに印象記『トンニャットベトナムを訪ねて』を連載しました。

  その第一回の一部を紹介しましょう。

  「・・・昨夜、ホテルのレストランの窓から見た光景が脳裡をよぎります。バンコックは戒厳令の街。1時から4時30分
 まで外出禁止。1時直前、一台のタクシーが、眼下の無人の道を泡を食ったように走り去ります。軍隊のトラックが不気味な
 ライトの光を残してゆっくり走り去ったあとは、もう静寂。犬が一匹、道路の真ん中に立ったままです。
  帰路のバンコックは雨。まるで台風のあとのように道路に水があふれています。
  空港から市内へ向かうバスの中で、案内人のTさんは”間違えないで下サイ。川ではありまセン、道デス”とみんなを笑わ
 せます。Tさんは笑いながら、”これは役人のワイロのためデス””バンコックは東洋のベニスといわれていた。大きな運河
 が縦横に走っていたが、道をつくるために埋めてしまった””雨が降れば、水はどこへ行っていいかわからない””先日、工
 事途中の建物がつぶれるという事件があった””ビルの柱に入れる鉄筋は、コンクリートでかくせばわからない。ワイロをと
 れば鉄筋の数は減る。だから壊れる”。
  わたしたちがベトナムの帰りだと知っているTさんが、そっと質問してきました。”タイは社会主義になったらいいと思う
 か”」。

  この連載は7回つづいていました。何かの機会にまた紹介することがあるでしょう。
  「東洋のベニス」といわれ、縦横に走っていた運河が埋められてしまい、ちょっとした雨でも道路が川になったのですから
 記録的な大雨で大洪水になるのは必然です。「政治の腐敗」を実感しましたね。”人災”(いや ”政治災害”といってい  い)という意味はそこにあるのです。

◆アユタヤの空から見えた「日本の産業空洞化」

  大洪水の報道はアユタヤの映像からはじまりました。
  空撮で、「屋根だけ見せて、たくさんの車が浮かんでいます!」と報じていました。
  「アユタヤには七つの工業団地があり、460の日本の企業が集まっている」と。
  『報道ステーション』(テレビ朝日系)で、鳥越俊太郎さんが、「こんなにもたくさん日本の企業が集まっていたとは・
 ・・・・」と、おどろきをあらたにしていました。次に何かコメントしそうな雰囲気でしたが、残念ながらありませんでし
 たね。
  自動車、精密機器などの会社が460も進出していたとは、ぼくも、不覚にもしりませんでしたよ。
  あの空撮を見せられて、瞬間 「日本の産業空洞化の実態」を 言葉でなく映像で思い知らされましたよ。
  「あの分だけ、日本の雇用が減らされている」「これはタイだけのこと、中国や東南アジアに進出している企業の実態を
 映像でまとめたら、日本人はあらためて”慄然”とするに違いない」と思いましたねえ。
  メディアの「目」は「洪水被害」だけです。そこから見えるものに言及しません。鳥越さんの「口ごもり」は、「それ以上
 は言えない」ことのあらわれですかね。
  いつだったか、中国の(日本の企業で働く)労働者が労働条件改善要求でストライキをやりましたね。タイの労働者とて
 同じだと思いますよ。
  安い労働力を求めて海外に出る大企業。その国の状況次第(今回は洪水被害ですが)で、次は 何処へ と行き場所を求め
 て彷徨(さまよ)うことになるのでしょうね。いみじくも、タイの洪水映像は、大企業の身勝手さ、「産業空洞化の実態」を
 見せてくれました。そんな目で見たのは ぼくだけなのでしょうか。

  折りしもTPP(環太平洋連携協定)です。議論は白熱しはじめています。野田政権はTPPについて「NOだ」といえないようで
 す。ここでも アメリカにもの申せないのですね。このままだと 日本「丸ごと空洞化」、アメリカの一州になりかねません
 よ。TPP問題、おろそかにできませんね。
  今回は 「タイから見えたあれこれ」でした。