332話)親指シフト

 この黄土高原レポートもそうですし、そのほかの雑文やさまざまな報告書もこの7年間、1台のノートパソコンで書いてきました。大同の農村滞在中を含め、毎日数時間はそのキーボードにさわってきたのです。いわば、とても親しい友人。一昔前の人は「戦友」などと呼ぶのかもしれない。だいじにはつかってきましたけど、いたるところに、使用感がありあり。

 でも私は、情の薄い人間なのでしょうね。「ノートパソコンがほしい」という人が現れたのを機に、さっさとゆずることにしました。そして、ネットのオークションで、それに替わる中古機を入手したのです。発売当時は高嶺の花だった機種が、4年たって、ネットブック以下の値段で買えたのです。届いたのをみて、またびっくり。擦り傷ひとつなくて、まるで新品のよう。

 私がはじめてキーボードにふれたのは1984年で、もう四半世紀がたちます。富士通のワープロ専用機で、キーボードは親指シフトと呼ばれるもの。その後、パソコンになって、Macintosh、Windows、何台も何台もつかってきましたが、キーボードだけは、いろんなソフトの助けを借りて、親指シフトでとおしています。自分でつくった小さなシールを張っているのがそれ。
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コメント
 
 
 
94年から親指シフト (oyaoya)
2009-08-23 15:42:03
私は94年から親指シフトです。それまでいろいろな方式を試しましたが。

マイブログにも遊びにきてください。

 
 
 
いいものが勝つとはかぎりません。 (高見)
2009-08-24 17:28:38
私が親指シフトにふれるようになったのは、1984年なんですけど、そのころたしか朝日新聞社が『ワープロ印刷革命』というムックをだしました。要するに、ワープロで文字入力し、それを電算写植で出力して、印刷に回す、というものでした。私もミニコミにかかわっていましたので、これは便利だなと思いました。そして、ワープロによる文字入力となると、なんといっても親指シフトだったんですね。でも、いいものが勝ったり、普及したりするとはかぎりません。親指シフトがふたたび盛り返すことはないかもしれませんが、私としては、これまで親しんだやり方を捨てて、ほかに向かうことができそうにありません。あなたのブログもみせていただきましたよ。
 
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