049)手

とくに南方の、都会の人が農村にくると、よけいなことを口にするんですよ。「ここの人が貧乏なのは、働かないからですよ」。カッとなって、手がでそうになるのを、私は懸命にこらえます。生まれたところがちがうだけなのに、なんてことを言うんですか!
 老人たちの手をみてください。これが働かない怠けものの手ですか。働きに働き、土がしみ込んでまっ黒になった、グローブのように大きな手です。
 1人の老人が私に話しました。「夜寝る前に手をお湯につけて、じっくりほぐしておかないと、翌朝こわばって動かなくなる」
 農村で機械が畑に入っているのは近郊の野菜畑だけ。手押しの一輪車すらみかけません。黄土丘陵や山区にいくと、ウシやウマなど大家畜はいなくなります。元手がないし、飼料も足りないから。
 1ヘクタールを越える畑の耕作を人力だけでやります。条件が悪くて生産性の低い農村ほど一戸あたりの耕地は広くなります。肥料や作物の運搬も人が担ぐだけ。
 水汲みも一苦労です。谷底の井戸から急な坂道を天秤棒で担ぎ、往復に3時間もかける村があります。私が「水のためだけに3時間もかけて」というと、「生きるためにいちばん大事なことに時間をかけるのはあたりまえだ」と言われました。グウの音もでません。
 手は、一言も話しはしないけど、その人の人生を語っています。老人のなかに混じっているのが私はすきです。
  (2004年7月25日号)
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