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はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

ロッキー4~炎の友情~

2007-04-30 09:25:03 | 映画
タオルを投げこもうとした手が止まった。汗を飛び散らせ、血を滴らせながら戦う親友の表情に、ロッキーの瞳は吸いつけられた。
怒号が炸裂する。悲鳴がこだまする。激しく叩きつけられるゴングの音は、もうひとつの終わりを告げていた。

「ロッキー4~炎の友情~」監督:シルヴェスター・スタローン

「ロッキー・ファイナル」の公開を間近に控えてテレビ放送されたこの4作目。映画の存在を意識してか、1~3のダイジェストも流されていて興味深かった。マフィアの借金取立人や食肉工場のバイトで生計を立てていたイタリア移民の子ロッキー(シルヴェスター・スタローン)が、無敵の王者アポロ・クリード(カール・ウェザース)を倒してスターダムを駆け上がっていく様をひさしぶりに見ることができて懐かしかった。
ストーリーは単純明快だ。チャンピオンとして君臨し、最愛の妻エイドリアン(タリア・シャイア)と息子(ロッキー・クラコフ)、憎めない義兄ポーリー(バート・ヤング)と介護ロボットに囲まれて何不自由なく暮らしていたロッキー。そこへソ連のアマチュアボクシングチャンプ、イヴァン・ドラゴ(ドルフ・ラングレン)から挑戦状が届く。ソ連の国家をあげた科学トレーニングにより徹底的に鍛え上げられたドラゴの前に立ちはだかったのは、しかしかつての絶対王者アポロ・クリードだった。
ドラゴがどれだけ強いといってもしょせんはアマチュア。経験豊富なアポロの敵ではないとタカをくくっていた会場を黙らせたのは、ドラゴの圧倒的な戦闘能力。そして冷徹な破壊衝動。並みのボクサーの実に2倍にも及ぶ破壊力を誇るドラゴの拳が、すでに一線級を退いているアポロを絶命させた。
セコンドについていながら、なぜあの時タオルを投げこめなかったのか。ロッキーはその答えを知っていた。裸一貫からボクシングで成り上がり、財産と名声を築き上げた自分。斜陽を迎えつつあるボクサー人生が、必死にリングにしがみつこうともがくアポロの姿とだぶった。自分だったら止めてほしいか。こんな大一番でソ連のアマチュアボクサーに無様に倒されて納得できるか。そんな情けない現実を受け入れるくらいならば、甘んじて死を選ぶ。アポロ・クリードとはそういう男だということを知っていたから。
葬式後、ロッキーは打倒ドラゴのために練習を始めた。マスコミもファンも、親族や最愛の妻にさえとめられた。だがロッキーの決意は揺るがない。はるばる敵地ソ連にまで乗り込み、グローブをはめた。マウスピースを噛んだ。照明の中に一歩を踏み出した。亡き友のためにできること。人生を競いあった盟友のためにできること。それはただ、戦うこと……。
難の多い作品だ。ペレスロイカを背景にした特異な設定。語るべきところをミュージッククリップのようにしてごまかした強引なストーリー展開。1の時に感じたような感動は、もはやない。だけど、それでもブラウン管から目が離せないのは、なんといってもロッキーだからだ。大根役者スタローンをスターに押し上げたリアル・サクセスストーリー。その戦う姿に、立ち上がる姿勢に、かつて多くの子供たちが憧れた。彼らは大人になっても忘れなかった。憧憬の思い。戦意をかき立てるあのテーマ曲。
「人は変革することができる」
拍手と賞賛。星条旗をまといながら、ロッキーは叫んだ。

グエムル~漢江(ハンガン)の怪物~

2007-04-21 19:06:25 | 映画
「グエムル~漢江(ハンガン)の怪物~」監督:ポン・ジュノ

個人的にモンスター・パニック物は大好物の分野だ。誰が作ってもそれなりに楽しめるし、エイリアンからコタツまで、襲ってくる素材に事欠かないその都度ごとの目新しさもいい。本作は韓国映画界が自信をもって送りこんできた作品ということで期待が大きかった。しかるに……と憤慨するのはちと早い。この映画、A級として見るなら間違いのない駄作だが、B級C級として見るならなかなかのものなのだ。
ある晴れた日。ソウルの中心を南北に分断して流れる漢江(ハンガン)の河川敷は家族連れや恋人達で賑わっていた。パク一家はその片隅で軽食やお菓子、飲み物などを小売りしながら細々と暮らしていた。店番中に居眠りばかりしている長男カンドゥ(ソン・ガンホ)を父ヒボン(ピョン・ヒボン)が叱り、新しい携帯を買う甲斐性もないカンドゥに娘ヒョンソ(コ・アソン)が不平を言う。いつも通りの平和な暮らし。その静寂を破ったのは、漢江から現れた異形の怪物グエムルだった。突然のグエムルの登場そして大殺戮に逃げ惑う河川敷の人々。僅かな抵抗むなしく蹂躙されてしまう被害者の中にヒョンソもいた。
一人娘を失って悲しみに暮れるカンドゥ。次男のナミル(パク・ヘイル)、長女のナムジュ(ペ・ドゥナ)も集まり、一家は合同葬儀場で身も世もなくもだえ泣く。その悲哀を断ち切ったのはグエムルを宿主とするウイルスの存在だった。ウイルス感染の疑いをかけられ病院にぶち込まれたカンドゥは、怪物に飲み込まれたはずのヒョンソからの電話を受け、警察の目を逃れての大脱走を試みる。ソウルのどこかにある大きな下水溝の中で助けを求めるヒョンソの生存を信じて……。
なんともユニークな映画だ。在韓米軍の薬品垂れ流しによって生まれた怪物と戦う一家の家族愛という皮肉なテーマもさることながら、その一家が揃いも揃って曲者揃いというのも面白い。奮闘むなしく軍部に捕まり開頭されるノロマの長男。学生運動闘士の経験を生かして火炎瓶を振り回す次男。銃弾を失っても銅メダリストの実力で補うアーチェリーの名手の長女。それぞれがそれぞれの長所(?)を発揮してグエムルを追い詰めるラストはなかなかの見ものだ。
しかしなにより、この映画最大の魅力はヒョンソだ。グエムルの餌置き場に放り出された少女が、日々いなくなっていく保存食達の死を見つめながら心に傷を負っていく姿。もう一人の生存者である浮浪者の少年と手を取り合って生き延びながら、脱出の機会を窺う辛抱強さ。そして最大最後のチャンスに命がけでグエムルの背を踏み脱出を試みる勇気。少年を救いたいという優しさを秘めたダッシュ。その健気な姿が目に焼きついている。

パンチドランク・ラブ

2007-04-12 21:38:54 | 映画
「パンチドランク・ラブ」監督:ポール・トーマス・アンダーソン

七人のガミガミうるさい姉達にかまわれて育ったバリー・イーガン(アダム・サンドラー)は、まじめで優しくて騙されやすい好青年……つまりは愛すべき愚か者だ。突発的にキレて暴れ出すという奇癖のある問題物件なので、当然恋人はいない。仕事では失敗続き、有料のテレフォンセックス・サービスで寂しさをまぎらせていれば美人局にひっかかり、とツキにも見放されている。
そんな不運な青年に天使が舞い降りた。彼女の名はリナ(エミリー・ワトソン)。バリーに一目ぼれしたという彼女が、きらきらとした子犬のような濡れた瞳で見つめ、愛を囁いてくれるのだ。有頂天になったバリーは、この人生最高の恋のために奔走する。出張の多い彼女についていくためにマイレージキャンペーン中のプリンを12000個買い、それが期日に間に合わないとなれば自腹でハワイまで飛び、さらにはリナに危害を加えた美人局の一味を力ずくで撃退する。すべては愛のもたらした奇跡。勇気という名の力……。
名作「マグノリア」とほぼ同じ製作スタッフ。プラス主演がアダム・サンドラーということで期待して見たら肩透かしをくらった。ストーリーではなくノリとリズムで見せる監督だということは重々承知していたが、それにしても深みがなさすぎる。得意の群像劇風に撮っていれば目立たなかった弱点なのだろうが、変に主役を置いたため軽さが浮き彫りになってしまっている。それでも独特の構図と撮影手法。ポップな色彩感覚など見所はきっちりとある。2002年のカンヌ国際の最優秀監督賞を受賞したのもうなずける。

ソードフィッシュ

2007-03-19 22:40:06 | 映画
「ソードフィッシュ」監督:ドミニク・セナ

スタンリー・ジョブソン(ヒュー・ジャックマン)は、テキサスの片田舎にある寂れた工事現場で管理人として働いていた。あられもない格好でゴルフの練習をしたり、別れた女房に連れて行かれた娘ホリー(キャムリン・グライムス)のことを恋しがったり、かつての天才ハッカーの面影はどこへやら、の侘しい生活。そんなスタンリーのところへ、ジンジャー(ハル・ベリー)と名乗る女が現れる。知的で、性的魅力に溢れたジンジャーの導きで、スタンリーはガブリエル・シアー(ジョン・トラボルタ)という謎の男にひきあわされる。
ハッカーとしての実力を確かめたいというガブリエルの求めに半ば無理矢理応じさせられたスタンリーは、美女が股間に顔を埋めてくるという極限の状況の中、わずか1分で国防総省のシステムに侵入を果たしてみせる。その能力に満足したガブリエルは、あらためてスタンリーに仕事を依頼する。内容は、かつてソードフィッシュと呼ばれる作戦で、DEA(麻薬取締局)が不正に儲けた莫大な裏金95億ドルの奪取。敵はワールドバンクの512ビットのバーナム暗号。報酬は1000万ドルと、法的にホリーを取り戻すこと……。
「ザ・ハッカー」、「ウォー・ゲーム」、「サイバーネット」など、ハッキングもしくはクラッキング(簡単にいうと侵入して何もしないのがハッキング)をテーマにした作品というのは多くある。しかしいまいち成功例に心当たりがない。それは多分、ハッキングという行為自体がわかりにくいし、映像にすると見栄えがしないからだ。3Dにソースコードを並べてみたり、具象的なプログラム塊をモニタに浮かべてみたり、頑張って視聴者向けの映像を作りはするのだが、無理矢理感が拭えないために大抵不発に終わる。本作は、その中では白眉にあたる。リアルさ(ケビン・ミトニックのようにコンピュータ及びネットに接続できるあらゆる機器に触れることの許されない立場におかれているスタンリーのブランクの表現とか)と、ハッキング以外にも様々な要素を組み合わせた結果、上質なクライムアクションを作り上げることに成功した。
ジョン・トラボルタ演じるところのガブリエル・シアーは、目的のためなら手段を選ばない男だ。彼はいう。1人の罪のない人間のために他の多くの者が生き残れるのなら、何をしても構わない。その1人がたとえ10人でも100人でも1000人だったとしても知ったことではないのだと。内容と裏腹に、口調はあくまで気楽だ。友達同士でバカ話をしているように陽気に語る。反面、狂気を滲み出させ、暴力性をちらつかせ、スタンリーを威圧し服従させようとする狙いがある。部下の心酔は、おそらくそうやって勝ち得たものだろう。テロリストの論理が力を纏った時の怖さにはぞくりとさせられる。
この映画のポイントはそこだ。ガブリエルという男の持つ圧力が視聴者に考えさせるもの。何が正義なのか何が悪なのか。そういった答えの出ない曖昧な倫理の境界線と、現実世界におけるテロ対耐テロのせめぎ合いの構造も含めて初めて、この映画の本当の面白さが堪能できるのだ。

トム・ヤム・クン!

2007-03-17 20:00:18 | 映画
「トム・ヤム・クン!」監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ

タイの激辛料理の名を授かったこの作品は、「マッハ!」でムエタイ旋風を巻き起こした同監督によるアクション映画だ。「マッハ!」であげた莫大な興行収入と慣れ親しんだスタッフ達による世界進出第1弾は、さすがの出来栄えとなっている。
タイの王族の戦闘象を守るムエタイ戦士の村に生まれたカーム(トニー・ジャー)は、水かけ祭の日に二頭の象を連れ去られてしまう。犯人の国際密輸組織を追ってオーストラリアのシドニーに飛んだカームは、現地のタイ人であるマーク(ペットターイ・ウォンカムラオ)、プラー(ボンコット・コンマライ)らと共に組織のアジトを突き止めるのだが、そこにはマダム・ローズ(チン・シン)率いる怪しげな用心棒と無数の私兵達が待ち受けていて……。
というのが基本のストーリーだが、正直そんなものはどうでもよい。どことなく織田祐二に似た顔のトニー・ジャー。この男のアクションにただただ圧倒されるのが正しい見方。神速のミドルキックや伸びる飛び膝。翻転自在の肘。象の形を模したという絡みつくような関節技などの派手な側面に加え、膝を踏み砕く、鎖骨を折る、腱を切るなどの情け容赦ないリアルな面も見せる一連の殺陣には、ブルース・リーにもジェット・リーにもない凄みがある。
さらにはワイヤーもスタントも一切使わない、トニー・ジャーならではの尋常ではないアクションの数々も見ものだ。タイの川での高速ボートによるチェイス。闇の料理店での4分間長回しの連続バトル。組織のアジトでの数十人にも及ぶ私兵とのサブミッションバトル。飛行するヘリからぶら下がる敵への飛び膝に至っては、言葉も出ないど迫力。それらを成し遂げたトニー・ジャーの体力、集中力、そして勇気に対し、敬意を表したい。経済政策の失敗と政情不安定で揺れ動くタイの現状を打破する力になれば……なんていうのは大げさかもしれないけど、すくなくともタイ国民が世界に誇れるもののひとつには違いない。

ボーン・スプレマシー

2007-03-12 20:09:34 | 映画
「ボーン・スプレマシー」監督:ポール・グリーングラス

あれから2年。CIAの秘密プログラム「トレッドストーン」によって養成された殺人機械ジェイソン・ボーン(マット・デイモン)は、いまだ記憶を取り戻せないでいた。時折訪れるノイズのような悪夢に苛まれながらも、恋人マリー・クルーツ(フランカ・ポテンテ)の献身的なサポートの甲斐もあって、平和な日々を送っていた。インドのゴアでのささやかな安息。彼の記憶の大部分を占める愛の日。それは決して長続きすることもなく……。
マリーが殺され、インドを出たボーンは、フランス、ドイツ、ロシアと旅する。自らの命を守るため、マリーの仇を討つための強行軍。銃器、格闘技、爆発物の知識に自動車の操縦、記憶の奥底に根付いた圧倒的な技を駆使して追手を蹴散らす。その先にあるものは何か。ボーンを罠にかけ、闇の中に息を潜める者の正体とは……。
「ボーン・アイデンティティー」から2年。監督が変わり、どうなることかと思ったシリーズ第2作だが、さすがはポール・グリーングラス、あっさりと前作を凌駕してみせた。いきなり開始20分でヒロイン殺して、そのあとは畳み掛けるようなアクションにつぐアクション。ラストの10分間にも及ぶカーチェイスに至るまで、息つく暇も与えないど迫力のシーンの連続。そこに「ユナイテッド93」でも感じられた、乾いた価値観や死生観のスパイスを加えて、素晴らしいハードボイルド作品に仕上げた。正直「よく出来たスパイアクション」程度のレベルでしかなかった本シリーズに、決定的な方向性を与えてくれた。
マット・デイモンは完全にボーンのキャラを掴んだようだ。アクションはもちろん、メロウな演技にも迷いが感じられない。戦いの合間に見せるふとした視線やたたずまいで、ボーンという男を完全に表現しきっている。
おそらく出るだろう続編。その完成が待ち遠しくてならない。

それでもボクはやってない

2007-03-07 15:38:17 | 映画
「どうしたらいいの? どうしたらいいの?」
Aの興奮は、映画館を出ても冷めなかった。上映中もずっと拳を握っていたし、帰りの車の中でもしきりに悔しがっていた。
「裁判なんてなくせばいいんだよ」
彼女はいう。
「だけど、それじゃ犯罪が裁けないよ」
釘を刺すと、彼女はうーんとうなりながらポップコーンを頬張った。
三月の夜の、山間を抜ける国道の、ティーダの車内。青色LEDに照らされたAの横顔から目を反らすと、俺は物思いに沈んだ。今もこの世のどこかで起こっているかもしれない冷たい現実。そのことを思った。

「それでもボクはやってない」監督:周防正行

十人の真犯人を逃がすとも、一人の無辜を罰するなかれ。
そんな格言から始まるのは、「シコふんじゃった」、「Shall We ダンス?」など、寡作だけど良質なヒット作を世に出し続けている周防正行監督の最新作だ。これまでの同氏の作風とはガラリと変わったドキュメント風の法廷サスペンスだ。といっても、ありがちな弁護士対検事モノではない。見ればわかるのだが、作中の法廷は絶対的断罪者である裁判官を中心に動いている。弁護士も検察も、虚虚実実の論証をもとに、裁判官の心証をよくしようと必死に働きかける。伊達に製作に6年もかけたわけではないな、と感じさせられるリアルさ。6年間。そこまで同氏を駆り立てたのは使命感だ。冤罪と、日本司法の問題点。見逃すことの出来ない身近な現実が、そこには描かれていた。撮らないわけにはいかないという強い思いが、作品に命を吹き込んだ。
26歳のフリーター、金子徹平(加瀬亮)は、就職活動の面接のために満員電車に乗っていた。ところが地元の駅からほどなくして、履歴書を持ってきていないことに気づいてしまう。近場のホームに降り、バッグの中を探したがやはり見当たらない。時間は着々と迫ってくる。遅刻するよりはマシ、と出たとこ勝負の臍を固めて電車に乗り込むと、なぜか後ろから引っ張られるような感覚がある。見ると、スーツの裾が電車のドアに挟まっていた。慌てて引っ張る金子。この行動が、その後の取り返しのつかない大事件の始まりとなるなんて、その時の彼には想像できるはずもなく……。
女子中学生(柳生みゆ)への痴漢容疑で捕まった金子は、警察官に引き渡され、取調べられることに。居丈高な刑事(大森南朋)は金子の意見を嘘だと決め付け、自白を強要してくる。自分はやっていないのだから、訳を話せばわかってくれるだろうとタカをくくっていた金子の表情が徐々に曇る。問答無用で留置場にぶち込まれ、拘留生活を余儀なくされる段階ですでに蒼白。自分の味方になってくれるだろうと思っていた当番弁護士の田中(浜田明)が99.9%の有罪率を持ち出し、被害者との示談を勧めてくるに至っては、天地もわからないような呆然とした顔つきになる。「僕はやってないんだ」悲痛な叫びが面接室に響き渡る。
一方、息子の冤罪を知った母、豊子(もたいまさこ)は、息子の友人である達雄(山本 耕史)と共に弁護士探しに奔走する。なんとかツテを伝って荒川(役所広司)、須藤(瀬戸朝香)の二人の弁護士を味方に付け、同じく痴漢冤罪で裁判を控えている佐田夫婦(光石研・清水美砂)、金子の元彼女の土居(鈴木蘭々)、達雄の先輩の小倉(野間口徹)らと共に裁判に挑む。しかしそこに立ちはだかるのは99.9%の有罪率……。
怖い映画だ。狭くて臭くてプライバシーもない留置場。専門用語と重箱の隅をつつくような嫌らしい問答ばかりが繰り返される法廷。出口の見えない暮らしの中で平衡を失っていく金子の心の変遷が、負い続けていく傷が、見る者の胸を打つ。バイオレンスも恋愛もないのに、とくに盛り上げどころがあるわけでもないのに、ぐいぐいとスクリーンに引き込まれていく。固定セットから目が離せない。唾を飲む。拳を握る。歯を食いしばる。だって、彼は無実なんだ!
劇場に明かりがついてからも、しばらく席から立てなかった。複数の人がため息をつくのがわかった。会場のすべての客が共有しているであろう脱力感。屈辱にも似た怒り……。皆が一体になっていたのだ。この作品の表現したいことが届いた証だ。今もこの世のどこかで起きているかもしれないリアル。その積み重ねの先にいるのが加瀬亮だ。彼のかわいそうな表情が、いたたまれない立ち姿が染みた。

隠し剣 鬼の爪

2007-03-02 22:11:58 | 映画
「隠し剣 鬼の爪」監督:山田洋次

藤沢周平の同名小説を原作とした本格派時代劇の映画化第2弾。
時は幕末。兵の洋式訓練が盛んに行われている東北の小藩に勤める侍である片桐宗蔵(永瀬正敏)は、母の吟(倍賞千恵子)と妹の志乃(田畑智子)、女中のきえ(松たか子)と、貧しいながらも笑いの絶えない幸せな日々を送っていた。やがて時は過ぎ、吟が死に、志乃ときえは嫁いで去り、火の消えたように静かになった家の中で、宗蔵は孤独を噛み締めながら暮らしていた。そんなある日、宗蔵は町の小間物屋できえとばったり再会し、そのやつれ方に愕然とする。裕福な商家に嫁いで幸せに暮らしているとばかり思っていたのに、ひさしぶりに会ったきえは今にも倒れそうな弱々しげな表情を浮かべていた。数ヶ月が経ち、商家の姑の過酷な扱いに耐えかねたきえが病に臥せり、ろくに医者にも見せてもらえぬ始末だと聞いた宗蔵は、いてもたってもいられず商家に乗り込み、無理矢理にきえを家に連れて帰った。東北の豊かな自然と、宗蔵の素朴な人柄がきえを癒し、その表情に笑顔が戻った頃に事件は起こった。
かつて藩の剣術指南役を勤めていた戸田寛斎(田中泯)のもとで同門だった狭間弥市郎(小澤征悦)が、謀反の疑いで郷入りの極刑を受け、なおかつ牢を破って逃走したのだ。一刀流の達人である狭間に対し兵の損耗を恐れた家老の堀将監(緒形拳)は、踏み絵の意味もかねて宗蔵に狭間討伐を命じる。戦いを前に宗蔵は戸田寛斎に会い、秘伝を授かる。それは相手から目を反らし、背を向けた状態から反転して胴を抜くというトリッキーな技で、どちからといえば騙まし討ちに近い。そんなものを旧友に使いたくない宗蔵は、狭間を必死に説得するのだが、その甲斐もなく、ついに技は発動する……。
ちなみにタイトルにもある隠し剣鬼の爪は、この技とは違う。「平時には使うことのない技」という宗蔵の言葉がヒントで、その謎は終盤に明かされる。
宗蔵ときえの実らぬ恋。堀の人を嘲るような黒いたたずまい。ステレオタイプの人情の機微が、けっして嫌味にならないあたりはさすが山田洋次。ラストシーンは蛇足だし、全編通して東北なまりがうそ臭すぎるのが気になるが、まあ、巨匠にも不可能はある。

ボーン・アイデンティティー

2007-03-02 12:02:56 | 映画
「ボーン・アイデンティティー」監督:ダグ・グリーン

海上を漂い、漁船に拾われた男(マット・デイモン)は、すべての記憶を失っていた。身体に残された弾丸と埋め込まれた赤外線照射機能付きのカプセルを頼りにスイスチューリヒの銀行を目指すのだが、そこに預けられていたのはジェイソン・ボーン名義のパスポートとその他5冊の別々の名義のパスポート、札束、そして銃。自分が亡命者の暗殺任務に失敗したCIAのエージェントであるということを知っていく過程で、彼は様々な追手の追撃を受ける。「教授」、「カステル」、「マンハイム」CIAの息のかかった殺し屋たちが、接近戦で、もしくは遠距離狙撃でボーンの命を狙う。身体に染み付いた戦闘能力でボーンはこれをことごとく退け、ついにCIAの幹部と対峙することになるのだが……。
マット・デイモン初(?)のアクション映画は、ヨーロッパを舞台にしたスパイものだ。どことなく頼りなさげな風貌は相変わらずなのだが、そのイメージを吹っ飛ばすようなアクションが随所に散りばめられている。それだけではなく静的なシーンもなかなかよい。とくに記憶喪失に対するメロウな仕草。自分が誰だかもわからないのに、カフェの駐車場に停まっている6台のナンバーを暗記していたり、そのうちの1台には銃器が積まれていることがわかったり、ウェイトレスが左利きであることや、カウンターの男性の大体の体重や格闘経験の有無までわかってしまう。漠然とした不安と恐怖の演技は、なるほどこの人でなくてはと思わせる配役だ。
ボーンとマリー・クルーツ(フランカ・ポテンテ)のロマンスパートも味がある。パリまでの足代わりになったことから巻き込まれる彼女の、少しずつボーンに惹かれていく様子がうまい。記憶もなく怪しげな物品を所持し、無敵の格闘能力の他には何もないボーン。到底恋など芽生えるはずもないと思っていたのだが、自らのことを隠さず話し、不安も正直に打ち明け、君以外に知り合いはいないなんて寂しげなセリフを素で吐くボーンの、その純粋さと儚げな横顔が、放浪癖のある娘の孤独さと擦り合った。よくあるスパイ映画ならここぞとばかりむしゃぶりつくようなラブシーンが展開されるところだが、この二人の場合ちょっと違う。ためらいがちに視線を絡め、わずかなボディタッチで探り合い、純朴に不器用に結ばれていく。その多くは、フランカ・ポテンテの演技力のおかげである。この女優、顔はあまりよくない。もちろん悪いというわけではないけど、それほど良くもない。だが大仰ではない自然なセリフ回しと、嫌味にならないわずかな所作で、説得力と可愛さを見事に引き出している。「ラン・ローラ・ラン」から数えて4年。よっぽどいい経験を積んだのだろう。次回作の出演も含めて今後が楽しみな女優だ。

アンタッチャブル

2007-03-01 21:23:24 | 映画
「アンタッチャブル」監督:ブライアン・デ・パルマ

1950年代後半~60年代前半に放映された同名のテレビドラマを映画化したものを1987年にリメイクしたもの。原題は「The Untouchables」。賄賂の通じない真面目な人、触ることの出来ない人の意。
1930年代、禁酒法下のシカゴではマフィアが幅をきかせていた。中でもアル・カポネ(ロバート・デ・ニーロ)は絶大な力を持ち、金と暴力でもってシカゴの司法と行政を支配していた。警察には内通者がいて、裁判官はいうがまま、市長までもが味方という完全な統制化。ひとりの男が立ち上がった。それが財務局捜査官エリオット・ネス(ケヴィン・コスナー)だ。もちろん、どこの馬の骨とも知れぬ優男の捜査など通じるわけもなく、当初はアル・カポネ一派にいいように振り回されて新聞でも笑い者にされる。しかしネスの若さと熱意、そして高潔なる魂が周囲を巻き込み、やがてそれは鋭い弾丸となってアル・カポネの心臓を抉るのだ。
序盤、捜査チームの一員ジム・マローン(ショーン・コネリー)がアル・カポネの秘密倉庫である郵便局の倉庫の扉を背後にするシーンがある。ネスと、捜査チーム全員(ジョージ・ストーン/アンディ・ガルシア、オスカー・ウォーレス/チャールズ・マーティン・スミス)に向かって彼は告げる。この扉を開いたら、もう後戻りは出来ない。そういって翻意がないのをたしかめる。彼らは力強くうなずき、そして血と硝煙の死闘が幕を開ける。同時に視聴者は理解するのだ。これは勇気を描いた映画だ。世界を支配する圧倒的な強制力に立ち向かう男たちの戦いを描いた物語なのだと。昔から何度も何度も繰り返し見た映画だけど、その瞬間の血の沸き立つような興奮は変わらない。
宗教的理由と、戦時の穀物不足を予防するという動機から生み出された世紀の悪法・禁酒法。そんなものを守るためになぜ命を賭けねばならないのか、あるいはそう思う人もいるかもしれない。そんなの無駄だって。だが、この法律は多くの人の血を吸っているのだ。飲料用アルコールの製造・販売・運搬等を禁止するが飲酒そのものは禁じないという法の抜け道をついて生まれた利権はどこまでも肥大し、当時のシカゴを作った。多くの思惑がぶつかり、武力の衝突として表れ、きっと、犠牲者の中には無関係の者もいたのに違いない。だからネスは銃をとった。自分の中にある正しいもののために。その理念こそがまさにThe Untouchablesなのだ。