田神六兎の明るい日記帳

田神六兎の過去、現在、そして起こるであろう出来事を楽しく明るくお伝えします。

除夜の鐘は騒音?

2018年01月02日 | 日記
 一昨年のコラム記事を引っ張り出しました。 大晦日の私、孫と遊び疲れ、除夜の鐘がなる頃暖かいベッドに入りました。子供達が小さかった頃、今から30年ほど前、耳を澄ますと遠くの鐘の音が聞こえました。眠そうな子供達と、寒いベランダで耳を澄ましました。とても寒かったけど楽しい思い出の一つでした。
 
 除夜の鐘の音が、騒音と聞こえる人が増えているのを悲しいと捉えるか、それとも『聞こえる人は少ない』と切り捨てでも風情を残すのかを考えました。
 
 私は音に対しては極めて鈍感だと思います。連続的な唸るような音は耐えられませんが、しばらくすると慣れてしまいます。足音などの生活音で、音の源が分かれば気になりません。人の言い争いや悲鳴、殴打音のような聞きなれない音に敏感に反応するのは誰もでしょう。除夜の鐘が騒音に聞こえる人は『もしかしたらパラノイアかも』なんて素人判断する私は間違っているのでしょうか?。

 社会人のデスクワークは喧騒の中での作業でした。各デスクに割り当てられた電話、社内の呼び出しコール、先輩の趣味のジャズBGMも平気でした。これに耐えられなかった人の記憶はありません。あまりに集中した時など、社内コールを聞き落としたことは何度もあります。後輩に肩を叩かれ「呼んでますよ」と教えられたことがあります。

 そんな私ですが我慢できないこともあります。もちろん教室の私語や映画館のイビキではありません。スーパーなどの中国語の会話です。こればかりはどうしても慣れることができません。偏見かもしれませんが、言い争いと聞き間違えるような言葉の応酬のカップルに『小さな声で話してください』と言いたくなります。争いではなく大声で話すのが彼らの習慣と分かっていても耳に残ってしまう私です。
 
 除夜の鐘の音が、夏の蝉の鳴き声、秋の虫の音と異なり、異国の言葉の響きと同じようになってしまったのでしょうか?。少し悲しいです。ベッドの中で耳をすましました。除夜の鐘の音も、初詣に向かう人の足音も全く聞こえない新年になった夜でした。おしまい。