田神六兎の明るい日記帳

田神六兎の過去、現在、そして起こるであろう出来事を楽しく明るくお伝えします。

タリバーン幹部からマララへの手紙

2014年10月24日 | 日記
 ブログの友人naoさんから教わった『タリバーン幹部からマララへの手紙』を熟読。田中真知さんのブログ『王様の耳そうじ』で紹介されていた。田中真知さんはブログで、タリバンの幹部アドラン・ラシードの書簡は言い訳がましい印象を受けると前置きして手紙を紹介した。

 
 幹部アドランはマララさん襲撃に関して『マララさんのプロパガンダをイスラムは許せなかった。マララさんの教育を受ける権利は西側の考えである。イスラムに侵入する西側文化がイスラムの教育貧困を引き起こしたのであって、古いイスラム国家の教育は西側より進んでいた。世界を西側の思想で満たしてはならない』が手紙の骨子だろう。

 
 田中真知さんは『子供がプロパガンダに利用されていることを危惧する。ママララさんが子供だということで、大人の発言より大きく取り扱われ、その結果、国連の演説やノーベル賞に結びつき、大人たちに政治的に利用されている。マララさんは、母国パキスタンでは必ずしも支持されていない。世界の教育環境を西側の標準にすることに、マサイの青少年の例を見ても、標準化には疑問がある』そして『グローバルという名の一律な価値観や尺度にさらされながら、こんなんでよかったんだろうかと感じることの多い今日この頃だけに複雑だ』と否定的に結んでいる。

 
 站谷幸一さんがアゴラ言論プラットフォームに『マララ氏はテロ支援者・教育先行はテロを生みだす』と激しい一文を載せた。站谷幸一さんは『教育だけを先行させると、頭でっかちな若者が増え、世の矛盾に気づいてしまう。矛盾解決にテロに走る』と考えた。だから『教育だけの先行は危険であるから、若者が自立できる環境を整えることのほうが先』と考えているようだ。

 
 一人の少女の活動に、ノーベル平和賞が与えられたことに万来の拍手はできないと発言する人達が少なくない。それは宗教上の理由ではなく、貧困が原因と考える人であり、また古来からの文化を排除しがちな画一的な価値観の強制をうとましく思う人達である。

 
 私は過去の日本における身分制度、士農工商穢多非人の最下層の人々について考えた。は、社会の仕組みなどを考える能力さえ得られなかったと聞くが、や墓守の仕事を独占することを、時の権力者が許した。また大家族村の下男下女は、生まれが定かでない者や、体に障害、特に頭に障害を持つ者を死なせず働かせたと聞いた。このようなことを不満に思い、不平を言えることが教育の一歩だと考える。私は真の民主主義は成立までに、時として権力にすりより、また利用され、時には対立し血が流れて成就すると思う。そして年月とともに民主主義のありようも変わると思うのであるが、それらの犠牲の上で私達が存在していることを忘れてはならない。

 
 私は、万人は教育を受ける普遍の権利を持ち、教養を深める義務を負うと考えている。何ごともこの権利を阻害したり、何人もこの義務を怠ってはならない。教養をもって世の難事を見つめれば、解決の糸口が見える。逆に、新たな対立を生むかも知れぬが、双方に教養さえあれば、対立は解決のエネルギーになりうると確信している。中央から地方にいたる議員、そして議員を選出する私達があらためて考えねばならぬ時だ。