田神六兎の明るい日記帳

田神六兎の過去、現在、そして起こるであろう出来事を楽しく明るくお伝えします。

妻が風邪気味

2014年01月17日 | 日記
 妻が風邪気味、本日の見舞いを代わった。そのうえ妻は歯科の予約もあるけど、憶えているかな?。たぶん忘れていそうな気がするが、電話をしたらきっと、緊急と驚くだろうから、私も忘れたふりをする。
 昼休みに見舞おうと思ったが、食事をして休憩していたら、つい居眠りをしてしまった。日差しの暖かいうちにストーブに給油し、お風呂を洗ってから見舞いに行った。ターミナルケア室の母はぐっすり眠っているようだった。健康な時には、「眠れぬ、眠れぬ。」が口癖で、睡眠薬を常用していたから、眠っている時はそのままが良いと思う。だから窓際のソファーで、ただ座っていた。
 新顔のヘルパーさんが室に来た。ヘルパーさんと言葉を交わしていると、母もなにやらうなずいていた。にぎやかなのが大好きな母だったから、話し声が聞こえるのが良いのだろう。田神家の人達は、皆話し好きだった。私だけが無口だと皆に言われた。とりわけ母は「六兎はちっとも喋らん。」と言われたものだった。
 ヘルパーさんと入れ替わりに師長さんが来た。「昨日とほぼ同じ状況です。意識はしっかりしています。口腔ケアをしてあげたいのですが、口の中を触ると、手で嫌だの仕草をされます。」と教えてくださった。私は「よく頑張りますね。」と言った。決して死を待っているわけではないが、その時が近づいているのを、互いに口に出さず見守っているのだ。
 この部屋で思ったのだが、予期せぬ死だけは避けたいものだ。94歳11ヶ月の母を見ていて、『よくぞ、ここまで頑張った。そろそろお迎えだぜ。』と思えるようになった。これこそが、人の死ざまなんだ。私も見習いたいものだ。それには、もっと精神を鍛えねばならぬと思った。
 母の部屋に、固表紙の小さなアルバムがあった。お気に入りの写真なのだろう。母のお母さん、私の父である母の亭主、そして50前に死んでしまったヤンチャな次男、宗教の虜になった長男の写真や新聞の切り抜きが入れてあった。離婚した次男の前妻、その一人娘の結婚式の写真などがあった。その他にも、バラの写真が箱に保存されていた。それらを整理して、母の遺影になる写真を探し出した。伏せ目がちだが美人の写真にした。アルバムに収まりきらない写真をスキャナで読み込み、タブレットに保存した。アルバムとタブレットを姉や、妻の姉達に見ていただこうと思う。
 さて、遅れがちな仕事を早く片付けよう・・・・早くな。