さて、世に高機能であるがゆえに色々なサービスにたどり着けない親御さんは多く
その方たちは「早めに手をかけたら将来社会に恩返しできるのに」とおっしゃる。
私も、もっともなことだと聞いてきたけれども
そう言えば学校文化の中に「社会への恩返し」という視点への忌避感、反感があるのなら
親御さんのこういう思いは空回りになるなと思って
昨日のエントリを書きました。
今日はゆっくり寝ていたら、地鳴りがして起きたよー。
テレビをつけるとたちどころに震源地と震度がわかるのって
誰かがどこかで頑張ってるからですよ。
学校を離れるとたいていの大人は、自分がなんらかの役割を果たしていかなければならないことに気づく。
そのとき学校って妙な場所だったなと違和感を覚える。そういう違和感とともに生きている社会人は多い。
そういうこと書いたつもりでコメント待ってたんだけど
一個も来なかったわ(笑)
その方たちは「早めに手をかけたら将来社会に恩返しできるのに」とおっしゃる。
私も、もっともなことだと聞いてきたけれども
そう言えば学校文化の中に「社会への恩返し」という視点への忌避感、反感があるのなら
親御さんのこういう思いは空回りになるなと思って
昨日のエントリを書きました。
今日はゆっくり寝ていたら、地鳴りがして起きたよー。
テレビをつけるとたちどころに震源地と震度がわかるのって
誰かがどこかで頑張ってるからですよ。
学校を離れるとたいていの大人は、自分がなんらかの役割を果たしていかなければならないことに気づく。
そのとき学校って妙な場所だったなと違和感を覚える。そういう違和感とともに生きている社会人は多い。
そういうこと書いたつもりでコメント待ってたんだけど
一個も来なかったわ(笑)
仕事柄、周りでいろんな納税意識の方を見ます。そして多くは今まで「納税していたんだ」とか、「納税しているからこそ世の中が回っている」という事を 全くというほど考えておらず、おっしゃるとおり、学校教育に問題があると思います。 ちなみに 定年退職されて退職金や年金からの納税について相談される機会も多いのですが、夫のいつもの台詞「先生 世間知らなさすぎ 学校は 生徒だけじゃなく 先生も守ってくれるんだな」です。 そおよ~知らなかったの~ と 答える私。 事務員として田舎の中学校に1年ほど働いた経験からですが そう思っております。
私は先生たちは浮世離れしていてもまあいいんじゃないかなと思います。私自身は生まれてから一度も教師という仕事になりたいと思った時期がないんですけど、そう希望されたということは、きっと根っから学校がお好きなのでしょうし。
ただ、先生が勉強以外のことを教えてもきっと実生活では役に立たないと思うので、そこのところを自覚してほしいんですよね。自閉っ子意外と信じちゃってますからね~。
またお越しくださいませ。
そうですね。私たちは知らず知らずのうちに恩恵を受けています。わりと福祉や教育の業界は、受けている恩恵には当然という顔をして、受けていないことへの文句が多いです。だからその偏りは自分たちで調整しようよ、っていう呼びかけをしています。あやみさんはそれを上手になさっているのではないでしょうか。
またお越しくださいませ。
支援センターでも、高機能ゆえに支援を受ける事ができませんでした。
普通級に在籍し
?)子供は数年前の事件で、教師というのは勉強を教えるスキルを持った職業人だけど、子供を導く力は、年齢関係なく 経験や育った環境や努力で個人差があるって認識しています。先生の発言おかしいなって思ったら、一般社会でなら、どうなんだろうって考えるようにしてるそうです。
学校生活を過ごす中で、ただでさえフル回転してる脳みそを、余分に疲労させないで欲しいなあって思います。
ただ、子供は教育を受けられる恩恵、勉強を教えてもらうありがたさを認識していますし、感謝を口にもします。
最近、言ってたことを最後に。
「今日も、○○○さん○○ができて素晴らしいってほめてくれたけど、嬉しくないよ。出来て当たりを、おおげさにほめるんだ。先生の頭の中では、グッドな支援かもしれないけど...気持ちは有り難いんだけど、静かにしていてほしいだけなんだ。なにか、ずれてるんだよね先生」
ラショナル・ビリーフを大切にしたいと思ってます。
お子さんと教師との関係は、ある意味でとても健全ですよね。勉強を教えてくれる人として尊敬しながらも、その人たちの説く「人の道」がどれだけ世間とかけ離れているかもちゃんとわかっている、という。多くの健常児はそうやって距離をとります。だから学校においても誤学習をしなくてすむんです。社会への移行がスムーズになります。
スペクトラムの人はそこが難しいんですよね。
またお越しくださいませ。
親から教わったことが、ことごとく世間からずれていたため、叱られたり恥をかいたり、それはそれはたくさん辛い思いをしました。
親の言うことを聞けば聞くほど、でした。
アスペっぽい親父と、ADHDらしき母だから、と思っていましたが、浅見さんのblogを通じて、地方公務員的価値観がさらに、世間からの乖離をひどくしていたのだと気がついてしまいました。
訳あって親とは疎遠です。
自分がされて嫌なことを人にするな、というので、彼らが私にすることはされても平気なことなんでしょう。土足で踏みにじられることもたくさんありました。自他の区別がつかなくて。
誤学習の宝庫で育ってしまいました。
発達障害の親を持った苦労をさんざん重ねた身としては、不適切な親予備軍が私のような思いをする子供を増産するのはどうなんだ、と感じます。
子供は親を選べませんし、多くの場合発達障害の親は一般の親より高圧的に子供に「持論」を押し付けますから。
このテーマ、いくらでも語れてしまうのですが、同じような苦労をした方は少なくないと仮説を立てています。
長くなり、失礼いたしました。
親も教師も相対化して自分が自分の時代を生きていく方法を見つける。そのための努力をしやすい居場所を見つけて確保する。たぶんそれが大人になるっていうことだと思います。
またお越しくださいませ。
不安を取り除いた中でする判断は、正しい判断であることが多いと思います。だから脳みそをラクにしてあげたいんですよね。
またお越しくださいませ。