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さて、こよりさんのブログである。
佐々木正美先生との思い出(?)が綴られている。
これを読んで私が付け足しておかないといけないな、と思ったことがあるので書いておく。
私が「佐々木正美先生がノーギャラでこよりさんを使っていた」と知ったのは沖縄に一緒に行ったときだった。しかもこよりさんの方から「佐々木先生ってギャラ払わないんですよ」とか訴えたわけではない。こよりさんと二人沖縄に呼ばれ、空港にお迎えに来ていただき、楽しいドライブとなった。おしゃべりをしていた途上、こよりさんがいきなりこう切り出したのである。「ところで今回私は謝礼をいただけるのでしょうか?」
私にしてみたら「なんてこと言ってくれるんだ怒」案件である。あったりまえのことだからである。しかも主催者に直接ぶつけるとは何事だ(そのときは山城さんが運転してくれていたのであった)。私たちの間には長年一緒に仕事をして(そして酒を飲んで)築いた信頼関係があり、それに基づいて「こよりさんを呼びたい」と言われてつれてきたのである。一家の主婦を二泊三日で遠くまで連れ出して講演してもらおうというのである。ノーギャラのわけがない! というわけで私は当初こよりさんに対し「なんてことをきくんだ」モードになった。そして「佐々木先生といっぱい講演していたからわかるでしょう」みたいなことを言った。「講師料なんて出るのが当然だから言わなかったんだ。でもいくらかは主催者次第であり、そして無礼なことをしないという主催者だということは重々わかっているからあえて言わなかっただけのこと」と言った。そうしたらこよりさんは「当然出るから言わなかったのですか」とびっくりしていた。そのびっくりに私はびっくりであった。
私は佐々木先生の方針にはアゲインストである。そしてこよりさんも「偏食は治そうとしてはいけません」とか「自閉症の子は体育は苦手なので強制しないで」という佐々木先生の方針とは全く違うやり方を貫いてきた。ひどい偏食だったご子息は今偏食なく食べよく働く。歩くのもおぼつかない子だったのに跳び箱を七段か八段とんだり長距離で学校記録を作るまでになった。茶道部だったのに陸上部に勝ったのである。
それでも私は佐々木先生は人格者で知られているしマメな方だと思っていた。なぜならうちが献本するとはがきや電話をくださったからである。杉山先生がうちの新刊を待っているという情報を偶然手に入れ献本したこともある。もちろん礼状一枚来ることはない。それでも杉山先生の診察室にはうちの本があるらしいといくつかの消息筋から聞いたので、礼儀は知らないけど私が思っているより器は大きいのかもしれないと思っている。
つまり佐々木先生は治さないかもしれないけど礼儀正しいと思っていたので、こよりさんがギャラも菓子折ももらわず交通費も自腹で送迎の車にも乗っけてもらえず会場でパニックおこしたところを動画に撮られそれをまた販売されていてしかもそのDVDすら送られてこないなんていうことは知らなかったのである。
そしてあの沖縄出張で、私はこよりさんの生い立ちについて知った。ご実家が苦しい時期もあり、はっきり言って今的基準でいうと「それってchild abuseであろう」案件も経験してきたことを知った。そういう環境に慣らされて、自己肯定感を削ってきたかもしれないと思った。人は大切にされないことに慣れ、そういうもんだと思い込んでいくと知らないうちに知らないうちに自己肯定感を削られるしmal-treatmentを「当然」と一種の諦観とともに受け入れてしまうと思う。
それにこよりさんは気づいた。こよりさんにとってあの沖縄で大事にされた旅は愛着障害を癒やす旅でもあった。もちろん今、ご家族に愛されていること、かつて偏食や弱視や睡眠障害や学習障害や不登校にていねいにていねいに手当てしてきた成人した息子さんたちからお小遣いをもらって横浜に旅に来られるような環境になったことはこよりさんを最大限癒やしているであろうけれど。
大切にされたことのない人は、自分をないがしろにする人のインチキ性に気づけない。
これは私の功績ではなくまわりがえらかっただけなのではっきり書いてしまうけど、生涯お金にも愛情にも不足したことのない私にはそれがはっきりと見える。きちんと人として扱われなかった経験の乏しい人には、そもそも他人の無礼さに気づく力がない。昨日もあるミーティングで「ギョーカイそれは失礼だろ」案件に出会った。ないがしろにされることに慣れてしまうと相手が自分を侮辱していることに気づけないのである。
だから私は今、こよりさんが佐々木先生の実像を伝えていること、そしてみるさんがあまちゃん県のギョーカイを糾弾していること、役に立たない大久保さんの他人事発言に皆さんが腹を立てていること、そのほか数知れずギョーカイの無礼に皆さんが憤りを表していること、は癒やしのプロセスに見える。
2009年から2010年の炎上のとき、うちの読者たちは今の読者ほど声はあげなかった。だから猿烏賊はつけあがった。私に仲間はいない、いずれ花風社は潰れると言った。その間も読者たちは知らんぷりして本を買っていた。治りたかったからである。
先日榎本さんの講演で榎本さんが「エネルギー戦争」について触れ、「誰かが攻撃されているとき知らんぷりするのも省エネである」(大意)と言った。そういう意味であの当時の読者はエネルギーに乏しかった(言うまでもないが一応言っておくともちろん人による。実際多くの読者があの頃から今までずっと愛読してくださっているし)。今の読者の方がエネルギーに満ちている。そしてそれは「本当に治るんだ」と実感してきたからであろう。あの頃の「治る」はまだまだ仮説だったから読者も今ほど自信が持てず、一人で叩かれている私をかばうほどのエネルギーがなかった人が大半だったのであろう。
あと一つ、8年経つと世代が変わる。これも大きいと思う。
あの頃の世代は「親の会」世代だった。
支援がなんにもなかっただけに親の会で結束する率が大きく、そこで何が行われていたかというと、ギョーカイ人が金儲けする手伝いをただでやらされていたお母さんが多かった。
たまたま子どもに障害があるだけで週末にかり出され、ただで手伝わされる。
家庭や仕事や余暇に使えるはずの時間をギョーカイに使われる。そこで行われるのは今も変わらない「社会の理解ガー」のセミナー。そんなもので生きやすくなるはずがないのに「これで子どもが生きやすくなる」と洗脳されて使われていた。
セルフエスティームが毀損されていたのだろう。
ところがJDDの凋落に見えるようにギョーカイが勢いを失い、お母さんたちも共働きが増えて親の会に通う率も減った。おまけに昨今わかったのは「ギョーカイ母さんほど子どもは発達しない」という事実。無理して気の合わない人と連携しなくてもいいことがわかった。
このたび栗本さんが初めて佐賀県に呼ばれた。呼んだのはお母さんたちの有志。実際に栗本さんの本を読んで実践して手応えを感じた人たちだ。そして定員の倍くらいの人があつまったようだ。志で集まればよい。それが正しい結束だ。だからこそ分断も上等。
それはそうと、かつての先進地もギョーカイが崩壊しているようですな。
藁にもすがる思いでギョーカイ手伝いをしていたお母さんたち。
でも頼った先はマジで藁だった。
それに気づかない治らない教の信者
なんにも実利をもたらさない支援者をただ医者だ、大学教師だというだけで不可侵の存在であるかのようにあがめている当事者保護者は
きっと思い切り自尊心を削られていて、その自覚もないのであろう。
あわれなもんである。
佐々木正美先生名言。
こよりさんにした仕打ちを知ったあとでは
へそが茶を沸かす案件ですな。
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自治体の子育て支援。
託児あり。
子育てについてお話しませんか?
無料。
毎月すぐに予約が埋まってしまうので、人気なんだと思い、何回か電話して参加したときのこと。
こどもを預けて、何をするのかな?と思ったら。
グループで車座になって、
子育てで困っていること、を話し合わせられました。
何人もの困っていることをずーっと聞かされ、ボランティアの初老の方が一言二言。
帰る頃にはマイナスオーラを浴び過ぎて疲労困憊。二度と申し込みませんでした。
子育て支援のはずなのに、親の支援にもなっていない。
それを思い出すと、治らないと言われているのに、タダ働きさせられ、どれだけ負の感情が蓄積していくのかと思ったら。
親の会。もはやホラーです。すみません。想像できない。
だって、親は自尊心を、こういう活動を頑張っている私、で無意識に何とかしようとするんですよね。
その時間があったら、こどもにできることが本当にたくさんありますよね。ギョーカイ親、治らない、納得です。
亡くなった人のことを悪く言いたくないけど、ひどい。あんまりだ。
こよりさんのことを何だと思ってるんだ!!
「発達障害者は人の心がわからない障害」なんていうひどすぎる定義がありますが、人の心がわからない障害者なのは一部の心無い支援者のほうだと思います。