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団塊シニアのひとりごと

定年退職して14年目になりました、定年後の生活で
日々感じたことを伝えたいと思ってます。

トリプル介護の悲劇に思うこと

2021年01月09日 | 介護

今の日本は老老介護が当たり前、そんな状況で老々介護の厳しさ

を痛感させられる1年前の事件、先日懲役18年と判決が下され

た、福井県敦賀市の民家で71歳の妻が70歳の夫と90代の義

理の両親を殺害、いわゆる介護疲れから起きた悲劇である。

 

71歳の妻は脳梗塞を患い足が不自由な夫を会社に送り自ら経理

の仕事をして自宅へ戻りスーパーに買い出し、昼食の準備、義理

の両親に食べさせ、会社に夫を迎えに行く、洗濯夕食の準備、身

体とも休まる暇がなかった。

 

それにしても多重介護はプロでも難しいと言われてる、なぜ地域

包括センターやケアマネジャー、医師などに相談しなかったんだ

ろうか?介護施設入居の選択肢はなかったんだろうか?介護は家

族がするものと本人も夫も義理の両親も思いこんでたのでは?い

い嫁、優しい嫁をく崩したくなかったのでは?

 

社長夫人として嫁いだのに、最後は夫にも義理の両親にも泣き言

を言えず、ただ耐え忍んで「私の人生はこんなはずじゃなかった」

という思いがあったのでは?それにして他人事とは思えない、な

んともやりきれない痛ましい事件である。

 

 


人間嫌いの人の心の中は

2021年01月08日 | 生き方

歯科医師で文筆家の長山靖生氏の著書「人間嫌いの言い分」にこ

んな一節があった、「人間嫌いというのだから人間が嫌いなのか

といえば必ずしもそうではない、むしろ彼らは人間が好きなこと

が多い、ただ人間たちが徒党をくんで集団になったときに醸し出

される非人間的な臭みがいやなのだ」

 

いわゆる打算や偽善的精神そしてうそっぱちに見える連帯感がい

やなのだと思う、しかし人間は誰もが心の中に人間嫌いの部分を

もってるはずである、ただ大多数の人はなんとか世間にあわせて

生きている。

 

人間嫌いと言われる人は自ら人間嫌いだと言う人はまずいない、

あくまでも他人が判断してる、協調性がない、無口、偏屈、孤

という印象からの判断基準からレッテルを貼ってるような気

がしてならない。

 

私が思う人間嫌いという人はわかる人とつきあいたい、わから

ない人とはかかわりたくない、ある意味正直である、もちろん

社会人として最低限の礼節をわきまえることは必要である、そ

して自分の感性を信じて生きるのもひとつの生き方なのかもし

れない。

 

 

    


欲に流されない生き方

2021年01月07日 | 生き方

お金が欲しい、物が欲しい、いま失いつつある若さが欲しい、人

間は欲が深いもの、ないもの、まだ持ってないもの、そして失く

しつつあるものを欲しいという心理は誰もが抱くものかもしれな

い。

 

欲望からストレスが生まれる、発散しようと買い物、飲み食い、

ギャンブル等で解消しようとする、欲は執着心、人でもお金でも

それに振り回される限り心は落ち着かない、初めからなかったも

のと思えばいいけどなかなか簡単なことではない。

 

それでも齢をとると欲は若い頃よりなくなる、欲が人生に与える

影響が小さくなることは確かである、世の中のたいていのことは

諦めればそれで解決するというのも私自身この年になって理解で

きたことである。

 

欲には際限がない、だから欲をそぎおとして、これで十分だとい

う気持ちを持って初めて、欲に流されない生き方ができるような

気がする。


ひとり暮らし82歳男性の苦悩

2021年01月06日 | 老後の生き方

現在82歳男性ひとり暮らし、65歳で定年退職した時点で貯金は

1200万円あった、それから17年、82歳で貯金はなくなった

年金のほとんどが家賃7万円に消える状態で最近アパートを退去し

友人宅に身を寄せてる状態だという、これは藤田孝典氏の「下流老

人」のなかの事例である。

 

高齢者の約4割の世帯が老後資金がほとんどないと言われてる昨今

この82歳の男性の事例は他人事ではない、定年退職時点で借家、

もしくは持ち家で住宅ローンの残債を抱えてると貧困に陥るケース

が多いことは確かである、定年まで勤めあげたのに住まいを失い

貧困に陥るのは自己責任なのか?考えさせられる問題である。


老いることは悪いことばかりではない

2021年01月05日 | 老後の生き方

人は老いることをどうしても否定的に捉える、肉体は衰え知力も

当然のように衰える、それでも自分の年齢は自分にふさわしくな

いと感じたがるものである、〇〇歳、気持ちはちっとも変わって

ないのに、時間とともに肉体は変化するのに気持ちは変わらない、

だから納得がいかない。

 

髪はうすくなる、シワやシミが増える、疲れやすい、自分の体は

自分の年齢をまぎれもなく示している、だから自分はこの年齢に

ふさわしい老いてゆく肉体そのものだと受け入れるしかない。

 

それでも私自身もうすぐ73歳、自分と向き合い、考える時間、

わゆる内省する時間が多くなったことは確かである、もしか

ら魂が最も活動してると実感できるのが、なぜか今のような気

する、そう考えると老いることは悪いことばかりではないと思

今日この頃である。


人間忙しいのにも暇なのにも慣れるもの

2021年01月04日 | 定年後の生活

現役のころは毎日繰り返される日課が一日の大半を占めていた、だ

から毎日のんびり生活できるようになったら、どんなにいいだろう

かと思ったものだ。

 

しかし定年退職してみると解放感はあったものの、嬉しいとか楽し

いとか特別な感情はなかった、ただ朝から働く必要がなくなったん

だという思いと、これから何をしようかというぼんやりした気持ち

だったような気がする。

 

ふりかえって見ると退職してからは過去の習慣は通用しない、すべ

て自分で決めなくてはならない、それでも不思議なもので人間忙し

いのにも暇なのにも慣れるものだと実感してる定年後の生活である。


今を生きるしかない

2021年01月03日 | 生き方

「散る桜、残る桜も散る桜」は良寛和尚の時世の句である、誰も

がやがて死ぬ、少々早いか遅いかがあっても人間は必ず死ぬとい

う内容である。

 

 生きてる限りひどく落ち込んで心の奥底でため息をつき、何をす

るにしても意欲がなくなることは誰にでもあるはず、そんなとき

は落ち込むだけ落ち込んでほうがいい、また過去の出来事は変え

られない、変えられないことは考えない、見えない未来も心配し

すぎない、不安を数えたらキリがない。

 

 人生は一度しかない、人生はいつ終わるかわからない、だから今

を生きるしかない、一日一日が自分の大切な人生のひとこまだと

思う、だから落ち着いてゆっくりとあるがままに今を生きること

こそ大切な気がする。


2021年を迎えて

2021年01月01日 | 新年の挨拶

新年あけましておめでとうございます、昨年とは違い荒れた天候

の正月、1年間コロナに翻弄されいつ収束するか、わからない状

況だが、なんとか収束に向かって欲しい、私自身はいスパーン

でものごとを考えるのをやめて短い期間考えるとを心掛けた

い。

 

実際人生思いどうりにならない、先のことはわからない、だから

時間を細かく刻んでその都度いい気分か悪い気分かを判断、人生

なるようにしかならないと自覚して今起きてることに集中するこ

とこそ大切。

 

毎日のちょっとした喜びや感動が味わえるかどうかがその人の

生の豊かさにつながることは間違いない、だからもうすぐ73歳

になる実感としては、その日その時喜びがあったらそれこそ幸せ、

そんな生き方を今年も続けていきたい。