団塊シニアのひとりごと

定年退職して8年目の団塊世代です、定年後の生活で
日々感じたことを伝えたいと思ってます。

定年後は自分と向きあう時間が多くなる

2018-05-31 06:10:38 | 定年後の生活

定年後は職業的な業務をしなくなっただけで生きていく作業は同

である、ライフスタイルは変わるけれど自分と向きあう時間は

たっぷりある。

 

現役時代は組織のなかで協調性が重視される、しかし定年後はす

べて自分が選択する必要がある、自分が何をしたいのか、何を大

事にしたいのか、周囲の期待に合わせて生きる人もいれば自分の

価値観を第一とする人もいる。

 

人それぞれ自由である、自分と向きあい、じっと心の声を聞くこ

とこそ大切な気がする。


守られない約束の言葉

2018-05-30 06:54:14 | 言葉

断捨離の著書で有名な、やましたひでこさんが守られない約束と

して「いつかまた」「今度」「そのうち」を挙げている。

 

実際私たちの間にこうした約束を守らなくても構わないという暗

黙の了解があるような気がする、よく使う言葉である「いつかま

た」「今度」「そのうち」社交辞令のようなもので守るというこ

とを前提としていない気がする。

 

例えば誰かと食事するにしても心から望んでいれば、いつ実行す

るか約束するはずである、だから「いつかまた」「今度」「その

うち」が相手の口から出る、又自分の口から出た場合、いずれの

場合も実現できない約束と思ったほうがいい、特に「いつかまた」

という言葉ほど人生で残酷な言葉はないような気がする。


介護危機あなたの老後を守るには

2018-05-29 07:17:36 | 介護

団塊の世代が75歳以上となる2025年には介護を必要とする人

が現在の600万人から800万人以上に激増、介護にかかる総費

用は20兆円になると見込まれ、在宅でも施設でも十分な介護難民

は40万人以上に上るといわれている。

 

それなのに介護報酬が引き下げになり(特に小規模デイサービスが大

きく引き下げ)職員全体のボーナスカットしないと運営できない事態

が出てるという、しかし業種の平均月収が33万円なのに介護職の

平均月収は22万円、重労働なのに10万円も低いのが高い離職離職

につながり、さらに募集しても人が集まらない、介護の人材不足の

ため特養老人ホームでベッドが空いてるのに利用できないという深刻

な事態になっている。

 

 

魅力ある職場を目指すといっても賃金を今より上げないと厳しいと思

う、又公的年金が年間280万円以上支給されてる人の介護費用の自

己負担が1割から2割に引き上げになったことで、高齢の夫婦で今ま

で月6万5千円の自己負担が月13万円になり一気に生活が苦しくな

ったという実態、要は格差が広がり裕福であれば手厚い介護を受けら

れ、貧しくなると介護を受けることもままならない現実。

 

 

介護の資格者が380万人もいるのに介護従事者が30万人、やはり

過酷な労働のわりに賃金が安いという要因があると思う、やはり賃金

を上げなければ10年後まで38万人の不足を埋めるのは難しいこと

は明白である、そう簡単に結論はでないが団塊の世代としては深刻に

受け止めなければならない問題であることは確かである。


幸福は平凡すぎる日常のなかにある

2018-05-28 06:33:06 | 幸福

お金が欲しい、車が欲しい、洋服が欲しい、いま失いつつある若さ

が欲しい人間は、ないもの、まだもってないもの、そして失いつつ

あるものを欲しいと思う、欲が深いものだ。



例えばお金があればいい暮らしができるかもしれないが不幸な心で

生活しているお金持ち、もしくは幸福な心で生活している貧しい人

々がいることも確かである、条件がそろったから必ずしも幸福とは

限らない。



体の調子が良ければ気分がいい、好物の食べ物を食べれば満足、幸

福とはそんな程度のもの、日々の小さなことが大切、実際幸福の多

くは平凡すぎる日常のなかにあるもの、それなのに気がつかないで

過ごしている自分自身を時々反省する時がある。


定年後に思う会社という組織

2018-05-27 06:30:43 | 会社

サラリーマン生活、十人十色の人間が集まる集団、人間的にかよ

あうものがない上司であっても生活の手段として従い行動をと

もにしなければならない。

 

サラリーマンは制約が多い、時間的制約、精神的制約、そしてそ

の生活は平凡で単調な場合が多い、職種で多少違いがあり、一日

のなかで起伏はあるものの昨日と同じ、明日も今日と同じ繰り返

しである。

 

 

企業の目標は営利の追求、予算達成という目標に向かって厳しさ

に耐え達成したときの喜びは格別のものがある、だからサラリー

マンとして自己の職業に興味を見いだせないことほど悲劇はない。

 

 

またサラリーマンとして悲哀や苦悩や組織の矛盾を感じるのは、

上司や同僚が社内の地位と能力が比例してないときである、私自

身40年間のサラリーマン生活をふりかえってみると苦悩や矛盾

を感じながらも勤めあげたのは経験から乗り切る処世術が身につ

いたこと、そしてサラリーマンは本来生活のために働くのだとい

意識が根底にあったからにほかならない。