というほど大袈裟ではないですが。
昨日は新しい方々とお話できる機会があり、また新たな視点や価値観に触れることができて、少しは成長したかなぁ
さらに昨日いただいていたメール(読んだのは今ですが。)も同様のことが書かれており・・・
今朝の豊田さんの記事は、本質的にいわれたいことはプロアマの垣根を「どけんかせんといかん」だと思いますが、バッティング理論の件はカウンセリング理論などを学ぶうえで通ずるものがあるようなないような。
***** 日経朝刊「チェンジアップ 豊田泰光」より ここから *****
『垣根越え車座になろう』
「バットスイングはこうでしょう」「いやいや、わしゃこう思う」
熱い議論の輪のなかにいて「いつかこういうことがあった」と思った。西鉄時代、延性の宿舎が旅館だったころ、大広間に集まって、よく野球談義をした。リードオフマンの高倉照幸外車種が、こういう場面でも先導役になり「おれがバッティングで気をつけるのは」などと切り出す。若手が質問し、やがて中西太さんの講座が始まる---。
そんな懐かしい気分にしてくれたのは九州の中学、高校の野球の指導者100人ほどが集まった勉強会。ゲストに招かれたけれど、私が教えることはなかった。むしろ私が教育現場の生の声に学んだ。
学校では野球の経験者でなくても監督を務める。バスケットボール選手だったという先生はボールがコート外に出たら、プレーが中断するのと違って、野球はファウルゾーンに出ても、プレーが続くのに違和感を覚えたといった。
随分不案内な人もいたものだ、と言ってはいけない。全く野球を知らない人もいることを我々は自覚しなければならない。たとえば割り算なども、覚えればなんということはないが、わからないうちはさっぱりだ。その点、教育者は心得たもので、ゼロから積み上げるのに慣れている。
反対に、野球界の指導者は人の無理解に対して無理解な面があり「なぜ、これができない」となって、鉄拳も辞さないやからが出てくる。
先生達の車座の中心で、講師役は無名校を甲子園に導いた監督さん。さすがの教えっぷりだったが、私のようなプロ上がりとの同席がばれたら、どうなるかわからない。もうそこまでではなかろうが、母校の水戸商を訪れたとき「プロアマ問題に引っかかるのでボールに触らんでください」と言われてから私も怖くなっている。
結局、打撃理論は最後までまとまる気配がなかった。唯一満場一致となった意見は「一番野球の上手な人(プロ)から教わって何が悪いのか」。やはりこの垣根を何とかしなくては。プロもアマも車座になって語り合うために。(野球評論家)
***** 日経朝刊「チェンジアップ 豊田泰光」より ここまで *****
カウンセリング理論や実践方法なども『これが正解』なんてことはないと思うし、ただしこれまで培われたものは、それはそれであるわけで。
まぁ正解があったとしても実践できるかどうかもありますが、自分なりにいろいろなことを吸収していければいいなぁと思いますね
と、その前に当座の問題として、試験をどげんかせんといかんですな
昨日は新しい方々とお話できる機会があり、また新たな視点や価値観に触れることができて、少しは成長したかなぁ
さらに昨日いただいていたメール(読んだのは今ですが。)も同様のことが書かれており・・・
今朝の豊田さんの記事は、本質的にいわれたいことはプロアマの垣根を「どけんかせんといかん」だと思いますが、バッティング理論の件はカウンセリング理論などを学ぶうえで通ずるものがあるようなないような。
***** 日経朝刊「チェンジアップ 豊田泰光」より ここから *****
『垣根越え車座になろう』
「バットスイングはこうでしょう」「いやいや、わしゃこう思う」
熱い議論の輪のなかにいて「いつかこういうことがあった」と思った。西鉄時代、延性の宿舎が旅館だったころ、大広間に集まって、よく野球談義をした。リードオフマンの高倉照幸外車種が、こういう場面でも先導役になり「おれがバッティングで気をつけるのは」などと切り出す。若手が質問し、やがて中西太さんの講座が始まる---。
そんな懐かしい気分にしてくれたのは九州の中学、高校の野球の指導者100人ほどが集まった勉強会。ゲストに招かれたけれど、私が教えることはなかった。むしろ私が教育現場の生の声に学んだ。
学校では野球の経験者でなくても監督を務める。バスケットボール選手だったという先生はボールがコート外に出たら、プレーが中断するのと違って、野球はファウルゾーンに出ても、プレーが続くのに違和感を覚えたといった。
随分不案内な人もいたものだ、と言ってはいけない。全く野球を知らない人もいることを我々は自覚しなければならない。たとえば割り算なども、覚えればなんということはないが、わからないうちはさっぱりだ。その点、教育者は心得たもので、ゼロから積み上げるのに慣れている。
反対に、野球界の指導者は人の無理解に対して無理解な面があり「なぜ、これができない」となって、鉄拳も辞さないやからが出てくる。
先生達の車座の中心で、講師役は無名校を甲子園に導いた監督さん。さすがの教えっぷりだったが、私のようなプロ上がりとの同席がばれたら、どうなるかわからない。もうそこまでではなかろうが、母校の水戸商を訪れたとき「プロアマ問題に引っかかるのでボールに触らんでください」と言われてから私も怖くなっている。
結局、打撃理論は最後までまとまる気配がなかった。唯一満場一致となった意見は「一番野球の上手な人(プロ)から教わって何が悪いのか」。やはりこの垣根を何とかしなくては。プロもアマも車座になって語り合うために。(野球評論家)
***** 日経朝刊「チェンジアップ 豊田泰光」より ここまで *****
カウンセリング理論や実践方法なども『これが正解』なんてことはないと思うし、ただしこれまで培われたものは、それはそれであるわけで。
まぁ正解があったとしても実践できるかどうかもありますが、自分なりにいろいろなことを吸収していければいいなぁと思いますね
と、その前に当座の問題として、試験をどげんかせんといかんですな