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私の学歴、超就職氷河期にぶち当たった一生涯。しかし、山上容疑者に同情出来ない理由。最後は仏様の軍勢が必ず勝つ!!長文失礼 !

2024年09月15日 14時06分23秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 私は、郡山市立大槻中学校を優秀な成績で卒業後、地元最難関進学校、福島県立安積高校に入学し、二年次留年を繰り返し、その後、栃木県の黒磯市に引っ越し、同県西那須野町に居を移し、栃木県立宇都宮高校に転校、無事、卒業した。

 その頃から、不景気となり、バブル景気は卒業後にはとっくに弾けていた。

 その後、一年浪人、幾多、数多くの仮の仕事を何か所も勤め、やがて、法政大学法学部法律学科へと入学を果たす。

 しかし、我が家の資金も続かず、本人の努力も及ばず、一年次で中退する。

 その後、又もや、仕事探しを、ハローワーク(旧職安)で探しつつ、この時ですら、今よりも過酷な超氷河期世代時代に突入していた。

 しかし、私は、果敢に挑んでいた。自身が就職できない理由を、世の中のせいにはしたくは全くなかったからだ。

 或る、工業系の中小企業を受けた時の話だ。試験官と私と一対一で話し合っていた。

 その時、あなたのような学歴と人財が、あのバブル景気の時にうちに面接に来てくれたら、即、採用して、今頃は、立派に幹部となっていただろうにと。

 それは、本当に惜しい、との言説で悲しむようにその試験官は語った。

 しかし、とその試験官は又、口を開き、あくまで、バブルの時代ならば、の話であって、今の時代は、こんな人は採用の対象でもない。

 下手に進学校出た人よりも、実地に工業高校を出た人の方が採用を考える。という、私はあんまりだ、との言説を聞き、一気にこちらも白けた。

 私は、普通科の進学校を幾ら優秀な成績で卒業したって、採用の場の寄りけりで、こうした、福島県の郡山市の様な、中小企業の多い街などには、元々向いてはいないのかも知れないと、一人で実感せざるを得なかった。

 かといって、大企業など、大学卒の草刈り場であり、私の様な中退者など、絶対に相手にはされなかった。

 遅れた一般高卒として、どこでも、募集している所は応募した。却って、大企業を除く、中小・弱小(ブラック)企業ばかりを洗いざらいに。

 皆、前歴が要る。例えば、以前にその職業をどこかで習得済み、要経験者募集、などの募集要項、職業募集、求人が多かった。

 皆、どこも、決して、企業で育成してやろう、などという気は全く無かったようだった。経験、即戦力がどこの会社でも求められた。教える気も全くない。

 経験者優遇、新規学校卒者優遇。私は社会から一歩も二歩も出遅れてしまった。

 だから、私の学歴・職歴コンプレックスは、人一倍酷く濃厚に強かった。特に、私よりも低レベルの偏差値の者が大出世したり、私より高学歴者が大出世でもこれは、私の心の中の問題だが、極めて許せなかった。

 しかし、今は、日蓮正宗の御教えで、学歴は信心とは全く関係ない。差別の中の平等、平等の中の差別、他、正宗独特特有の教義を御住職様、日蓮正宗の御本、同じ信心をしている先輩後輩に見習っている内に、そんな問題、自分はもうどうでもよくなって来た。悟りが開けた感覚。

 話を戻すが、今までの暗い鬱屈した自分は、これなら、昭和の頃の、中学卒業後、就職列車で、一からその職場の指導者から教えてもらえれば尚、良かったと思った。

 本当に、職業高校を出て、手に職を付けた方が百倍ましであった。

 だから私は今まで、一度たりとも、大学中退、有名進学校入学卒業で、何一つ得などした事は一切ない。ただ、頭良かったんだね。この一言のみだ。

 「愚人に褒められたるは第一の恥なり」(御書、大聖人様の御金言)

 こうなると、完全に私など未経験者はお手上げであった。どこも、一応は職歴にもならないだろうが、一週間、一か月、半年間、長くて三年、といった、職歴が余りに少なすぎた。

 だから、最終的に行き着いた場所が、私の場合は、障碍者作業所、いまはA型だB型だ、と言い方、区分がやかましいが、私が行ったのは、結局、今でいえば両方であり、一番長続きしたのが、B型の方だろう。

 主にその頃以降は、三障碍が区分が全くない代わりに、それ以前は明確に障碍によって職場が区分されてた。

 当然勿論、私の居場所は、精神に特化した事業所だった。今のように、三つの障碍で合わさってガチャガチャうるさくは決してなかった。

 中には、精神に混じって、知的が紛れ込む場合があり、何か精神の人より狂暴だったり、泥棒もいたりした(これは全て事実)。

 21世紀過ぎた頃から、今のような区分けになった。

 A型作業所とは、労働の最低賃金を保証してくれて、しかし、労働面では厳しく、普通の一般労働者として扱われる。

 一切、御目こぼしなどない。私はこれは、ホテル勤務で経験した。期間も一定数、年数が限られ、定員も決まっていた。大体、二年縛りが多い。

 B型作業所とは、もらう給料に当たるお金は工賃と称され、本当に、作業所に通って、色々の場合、一時間、十円なり、百円行けば、良心的、良い方ではなかろうか。

 勿論、何時に帰っても自由であり、一週間に数日、下手すれば一日だけ勤務、とか、自由な裁量だが、それに応じて、皆勤賞にはこの手当、技術手当、努力賞を設けている所もあったりする。

 しかし、どこも低賃金に悩み、その事業所自体も、税金で賄い運営しているケースが多く、その多くが資金難、人材難から、やりがいのなさから、廃業に追い込まれている。

 三障害、これは知的、身体、精神、三つが寄り合い所帯の如くに、これら作業所で日々働いているのだが、大抵、精神の人は、このB型の低賃金さに参って打ちのめされてしまい、辞めて行ってしまう人(私含めて)が多い(らしい)。

 私の場合は、今まで最終的に、五年間くらいいた所は、一時間、十何円だが知らないが、結局、一か月に貰える賃金が、時間割は年齢的な事も考慮して、月火と二日通おうが、月火水、と三日、いずれも午前中のみだったが、いずれにしても、百三十何円(一か月間でこの金額。一般社員の時給にも満たない。これが福祉の世界、実態なのである。)。

 多くて、一か月に、三百何円、五百円行けば、大喜びの世界だった。

 無論、そんな大金など、もらえようはずもなかった。

 これを、腐りもしないで、五年間続けた私自身を褒めてあげたい。

 言い換えれば、言い訳でも何でもなく、私の場合、その頃、作業所勤務時代に、週三回も料理調理掃除でヘルパーを頼んでいたのが大きい。

 それだと、ヘルパーさんが来る午前中、午後中は全部時間待機、サービス受給中となり、働けなかった。

 これが災いして、作業所には時間を掛けて働きたくとも打ち込めないジレンマがあった。

 母のいた時代から、母直属のヘルパーが毎日我が家に来ていて、それが当たり前と思っていた私もバカだった。

 私は、何度も、相談室の相談員には、料理が習いたいから教えて欲しいと頼み込んでも、どのヘルパーも無視を決め込んだ。

 私に料理のやり方作法を覚えられると、私が営業妨害となり、自分等の仕事が無くなるのをそれは賢く誰もが知悉していたのであろう。

 誰一人、私の意向、希望に沿わなかった事一つとって見ても全てを物語る。

 要するに、私は邪魔者。余計な口出しをするな、という、ヘルパー側からの無言の圧力。

 ここでも私は愚かだった。

 何よりも、私が後ろの方から、どうしても料理の仕方を学びたくて、真面目にじっと観察し研究していたら、何と後で福祉相談室等に、私がずっと背後から見詰めていたとセクハラまがいで密告したヘルパーさえいた。
  
 要するに、役得なんですよ。ヘルパーという身分は。

 何でも守られていて、それでいて無責任。うちでは夏は涼しく、冬は暖かい所で一緒に過ごせて、自分勝手な話題、世間の噂話等々を私に投げ掛け、質問口調で私から答を只で持ち帰られる。

 いつだったかのヘルパーのサービス受給中には、ヘルパーは、wainai(私)さんのうちに来ると、何でもwainaiさんは詳しく知ってて教えて答えてくれるから、このうちに来るのが楽しみだわ、とな。

 バカ言っちゃいけない。

 この我が家は、私と、何よりも母と父が築いた城のような存在の家であり、あんたらの出る幕じゃあないんだよ。

 だから私は、あのように、人のうちの噂を平気で余所でしゃべり、秘密もろくに守れないヘルパー共を、「スズメのようにあちこちでチュンチュン噂話を喧伝し騒ぐ輩」と一刀両断に呼び捨てにするのみ。

 いずれにしろ、金はかなり掛かる、料理も習わしてはくれない、仕事の時間は奪われる、と悪の権化の三点セットの悪辣さが、私の今までのヘルパー事業者を雇っていた誤りであった。

 閑話休題。それはさておき。

 十年間続いた施設、一~二年続いた昔の施設の方が、今から考えると、あの、二十年前三十年前なのに、今まで最近までいた施設よりも取り分が多かった、という矛盾点にぶつかる。

 たしかに、責任は、失敗しても何も問われない。その場で御付きの職員さんが見ていて、実地に教えてくれる。仕事は単純作業。誰でも出来る類。意外とコツの要る仕事があったりして、それと数時間格闘して、出来上がった時の達成感といったらない。しかし、前述の、障碍者を見下すかのような、極安過ぎた工賃。

 職員さんも、その工賃を一か月最後に貰う時、これで、帰りにコンビニで、〇〇さんが大好きな、シュークリームが買えますよ、などと煽って見せる。

 しかし、実際の所、そのお金を使うのがバカらしくて、コンビニの募金箱が見当たれば、即、工賃、丸ごと、投入したりしていた。私より余計に苦しんでいる人々の為にと。

 私の人生って、一体何だったんだろうと、この時、工賃支払日ほど、悔やみ苛まれる日は人生上無かった。古今東西の人生論を色々読んでも、答は一切どこにも無かった。

 私にとって、割を食った人生だった。親、特に母御にはこちらから自然と申し訳なかったと、身を小さくして、頭を下げてしまう程の、身勝手な、親不孝を重ねた自分自身が、非常に不甲斐が無く、申し訳がない、としか、今の私には言えない。

 もう私も五十二歳。もう、人生の競争の時期でもあるまい。皆、壮年老年に入り差し掛かり、六十、六十五、七十、と、人生の折り返しの五十を超えた私達には、最後の人生の総仕上げをしている身分の人が多いであろう。

 そんな、成功者共と、自分をなぞらえた所で、何の埒も明かない。そんな、隣の芝生は青く見える。横を見るよりも、いっその事、高見から、高所から、仏界、仏様の目から、この世を俯瞰して見渡してみる。他の人と見比べるから、いっそ自分が惨めとなるのだ。

 自分だけの人生。自分だけの生き方。他人と比べる、そんな惨めったらしい、自己中心主義、利己主義に囚われた人生を送るよりも、もっと豪快に、豪放磊落に、小さな事など一切気負わずに、大局観を持って、この世の中を非常に楽しんで生きて行こうと思う。

 私だけの人生を、私がこの世を選んで生まれて来た、証にしようと思う。

 他人の目ばかり気にした人生だけは避けたい。そんな詰まらぬ人生ならば私は欲しない。

 自分なりの、「王道」をゆく、人生でありたいと望む。

 それが、法華経、妙法蓮華経に説く、「衆生所遊楽」詰まり、一切衆生は、この世に遊びに来たのだ、との釈尊のお経典の御言葉に身を任せるのも、一つのお手本となろう。

 楽観的に。ポジティブに。しなやかな柔軟性をも身に付けて。

 私には、御本仏宗祖日蓮大聖人様の御建立遊ばされた、一大仏教仏法哲学をいただいた、真の仏法を護持し守り抜いてから、もう、その大法の拠り所とする、日蓮正宗の信心を始めてから、もう、今年で七年間、来年で八年となる。

 その信心があって、そんなメソメソとした、泣き言を言っていたのでは、この身心が廃る。腐る。大事な心をそんなに雑に扱ってはダメである。

 我々は、仏様の子供なのであるから。仏様の使いであるのだから。

 それは、世の中には、成功者という者が、それこそゾロゾロと沢山、いるであろう。私が知る世界知らない世界のどこででも。

 それにいちいち、目くじらを立てたり、うらやましがっていたり、嫉妬に狂っていたのでは、この身が卑しいし、この心が痛ましく、情けなく、何より時間が勿体ない。精神衛生上も、非常に良くない。

 その悪の結実結果が、日蓮正宗に対する、憎っくき邪教創価学会の、第六十七世御隠尊日顕上人猊下様に対する、言われなき、嫉妬に狂った、呪い、怨嫉、瞋(いか)り、腐った感情の類の表出である。

 学会は、狂った団体だから、あの団体に、個人個人以外は、団体としての創価には、もう、付ける薬が全くないのですよ。

 その個人も、集団化したら、何をしでかすか判らない、世界、恐怖。この団体とは、余り関わりにはならない方が誠に宜しい。

 話が大きく脱線してしまった。私は、学歴、職歴、経歴、資格等が、非常に足りないと感ずる。

 しかし、だからと言って、あの、安倍元首相狙撃殺害犯の山上容疑者が、自分自身と同じような境遇、進学校出身、超就職氷河期などを経験した体験からも、彼には、非常に同情的になろうとする危険性を感ずるのだが、しかし、私は、彼には同情は決して一切しない。する積りも、一切全くないのである。

 (余談、小話だが、あの、彼、山上容疑者には、学歴は奈良県一、二位の進学校卒。資格も、ヘルパーだか、フォークリフト、大型車免許だか、宅地建物取引主任者の資格など、数多持っていたようである。そんな人でも就職困難者、非正規雇用、フリーターで、あの惨劇に打って出たというから驚きだ。)。

 それは、言論には言論で対抗する、という、言論の自由の論理を、押し破って、政治の世界に「暴力」を彼が持ち込んでしまった、「ルール違反」の彼の気持ち暴力性には、全く賛同が出来ない、行かないからである。

 間違ったものは、間違っていると、この国では、いつから言えなくなってしまったのか。私には判らない。

 それだから、報道の自由度の国別ランキングで、毎度のように、日本は国力を堕とし続けて、今では70位前後というが。

 「言いたい事も言えないこんな世の中じゃポイズン」と反町隆史が歌っていた頃よりも、見事にこの国は劣化悪化が進んでいるのに。

 誰も見て見ぬ振り。政治家だろうが、役人だろうが。学校も。医療も、福祉も。学生達も。先生も。働くサラリーマンも。家事を守る主婦さえも。誰一人、この異常な社会、世の中に異議・異論を唱えて、立派な国にしようとする人さえ全くいないのか。悲しい事だ。人として国民として恥ずべき事だ。

 彼の母親の献金額の問題も論議されるが、ここでは、お金も問題にはしない。お金が幾らあったって、地獄の様な生活を送る者は、この世には沢山いるのだから。

 しかし、この国は、暴力で訴えないと、事の本質が解決には決して向かわないのが、この日本という国の、本質、根幹となってしまったのであろうか。

 それでは余りに悲し過ぎる。考えてみれば、明治大正昭和と、否、江戸時代以前から、まだその頃は言論自由化など一切されてはおらずに、言論の自由など、昭和戦後以降の話になるが、それ以前は酷く制限統制された今とは全く通用しない歴史があるのだ。

 とにかく、現憲法、日本国憲法下に於いて、やっと、言論の自由が認められたのに、何かテロリズムに毒されたテロリストのテロ行為というのが、何か哀しみにしかならない。

 それに、その弾丸の対象となったのが、自民党の最右翼、最右派の、ドンのような、貴公子ともいえた、祖父親子三代にわたる、政治家稼業の、手慣れたサラブレッド、その祖父の淵源から、宗教に関連した糸口があり、代々、それら宗教との密接な関連。ここまでは皆、腐る程、聞いているのでこれ以上、言わない。

 このブログでは、私は音声映像では、散々パラ流して話して来たいきさつがあるので耳にタコだが、この安倍首相は、何と、あの、去年、十一月十五日に亡くなった創価学会池田名誉会長と、自身の首相就任の日だかの当日に、真っ先に学会本部の池田の所に駆け付けて、ツーショット・二人で何時間も語り合ったという。(一国の首相ともあろう人が。情けない。安倍さんは人が良すぎる。幾ら日本最大の宗教団体とは言え。その集票マシーンが欲しかったとは言え。まんまとその新興宗教・邪教・創価学会に騙され利用され骨の髄までシャブり尽くされたって寸法だ)。

 そして、池田は、安倍氏の事を、非常に将来が頼もしい人だ、とまで語っていたようだ。昵懇(じっこん)の仲、ともいえる。

 そんな二人も、時が違うが、もうこの世にはいない。どこを探してもいない。まるで、悪夢が去ったが如くの、腫れ物魔物達がこの世から一掃された如くに、そして完全に誰もいなくなった。

 これを見ていたって判ろうものだ。絶対に悪は滅びるのだ。この世に完全な善も有り得ないが、完全な悪というものも有り得ず、それは滅びる。必ずに。完全に。悪などは、後をも痕跡を何一つ残さずに。綺麗サッパリと。絶対に消え去る運命なのだ、悪とは。

 それは、魔は仏様には完全に絶対に勝てない。魔は仏様と闘うと負ける運命にある。とのお言葉を仰られた、日蓮正宗第六十八世日如御法主上人猊下様の言とも通じ合う。

 私はこの至上最上の言葉を信ずる。必ずや、仏敵であろうと、魔物であろうと、仏様の軍勢には敵う者など一切ないのである。仏様の方が最後は勝つ事、仕組みに世の中は、そうなっているのである。

 紙数が尽きて来たようである。多言は無用。駄弁多弁に過ぎたようであるので、ここら辺であと腐れなく退散と致したい。

 以上。よしなに。wainai、長文、非常に、誠に失礼しました。

再度、登場、J保さんの人柄の良さ、記憶力の良さ

2024年09月11日 16時52分20秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 今から三十年位前の、作業所時代の歴代の同じ仲間・人脈に、これはすごい人、J保さんという、学歴は中学校卒だが、中学卒業後、就職列車で東京まで働きに行った程の働き者であり、人格的にも非常に尊敬出来得る人がいた。

 彼の話は、数年前に当ブログ記事で、歌を一度聞いただけで誰よりも早くしかも正確に簡単に覚えてしまう特技を持っている。それを皆の前で暗唱して歌って見せる。ムードメーカー的な感じもあった、と書いた。

 私は彼と一緒に同じ作業所で働ける喜びを感じていた。御兄さんと慕っていた。この時、私、二十代前半。J保さん、四十代頃か。

 T橋とかいう、インテリぽくて、実際には真の両親じゃなくて、それら両親が遺した遺産で別の親代わりの人に育てられて、大学まで卒業してエンジニアになった男に、J保さんは中卒で就職列車に乗って東京へ行った、一体それはいつの時代の人なのかねえ、といってせせら笑われていたのが、私には非常に許せなかった。

 そして、そのJ保さんは、私の家の宗教にも非常なる理解を示した。

 私は、私の家の宗教が、当時は創価学会であったが、その時にはもう既に、学会は要らぬ騒動を惹き起こし御宗門からは破門となっていた。

 私達学会員も、その当時数年間は、一応、創価学会にも属し、日蓮正宗にも属する、という、複雑なる機構の歯車の軋(きし)みの中で、私の希望志望は、その頃の願望では、「日蓮正宗」が一番の伝統宗教でもあり、法灯連綿、唯我与我、血脈相承、法水写瓶、それらの教えが、当時の学会では教われなかったが、母からは見事に御宗門の御事をそれとはなしに聞いていた。

 母は常に、自分らは「日蓮正宗信徒」だと言った。御僧侶は大切にしなければならぬと。東京立川市にいたおばあちゃんも、母からもらっていたお小遣いで、定期的に総本山へ行っていた。おばあちゃんも人生後半は、大石寺御登山に打ち込む程の信仰厚き者の一人であり、それを後ろ楯で資金面で母が大事にサポート守護保護、親孝行を立派に努めたのだった。

 そんな環境の我が家だったから、創価学会という新興宗教なんかよりも、日蓮正宗という伝統宗教が私はその頃から大好きだった。

 大体、新興宗教の創価学会は「価値創造」の学ぶ会、なんて言って、当時から教えていた事は、打倒 ! 日顕(上人)宗、などと口汚く罵るチンピラ団体か、国家権力と結び付いて、横暴を振るう公明党を自分の手駒にしていた当時の池田名誉会長率いる悪党下等下衆集団の、極悪の邪教の創価と邪政治団体公明に日本の中枢部に段々と国民皆が静かに知らない内に忍び込ませて送り込み、最期最終段階は日本を乗っ取る。それを彼らは自身で「総体革命」と呼ぶ。実際事実、計画的にそうなってるのだから恐ろしい。

 これらを聞いてるだけでも何か胡散臭い。不穏な匂いがする。

 それに比べて、「日蓮正宗」という御名前の何と美しい事か。正に、日蓮の正しい宗なのである。

 あと、正宗の「正」の字は、一を止どめん、とも読めて、これは初心に帰れと言うことなのだろうか。

 しかし、私はその頃、今から三十年位前のころは、正宗式の祈りをまだ一度も祈ったことがなかったのだが。

 それは創価式の祈りも全く知らない。その頃の私ほど宗教に無頓着な人物はいない。

 ただ、福島県立安積高校でもらった、勝手に配られたギデオン協会の英語と日本語が両ページ載っている新約聖書は後生大事に抱え持っていて、時々読んでみては、重要な箇所に線を引きまるで本がボロボロ状態に。(のちに日蓮正宗無量山寿海寺に全ての邪教の本、勿論、旧・新人間革命他、聖書等何十冊、創価の書籍が一番多かった。それに神社等のお守り、あとはニセ本尊の類いは全て返納廃却した)。

 私が本格的に祈り出すのは、1998年夏の八月の、栃木・福島で起こった大雨災害で、白河西郷にしごうで、福島県の障碍者施設・太陽の国が流されて幾人も亡くなられたのを契機に、忸怩たる思いと、これは何か天か仏様といったものが、自分に信仰を振るい起こせとばかりに、自ら思い至り自然と行い出した勤行唱題行であった。その時まで、時系列で、あと数年間は待たねばならぬ。

 それら以前から、我が家は日蓮正宗だ!といつしか私からは皆にカミングアウト、発表を大々的にする事になる。これはその当時でもまだ、学会員の正宗信徒の資格停止にはまだかなりセーフだったので、日蓮正宗創価学会は磐石で不滅と思われたが実際違くて残念至極だが、やはり創価は失敗してしまったが、その頃の我々学会員は、日蓮正宗を名乗る事も出来たし、日蓮正宗に移籍する事も自由だったのである。(これは今でも日蓮正宗に帰伏する事は立派に全て可能です。私自身うちの母含めてその一人一人ですから)。

 皆、驚く人もいれば、しかし、創価学会員の人なんかは多くて、ある人など、正宗の坊主は耳にヘッドフォンをして題目唱えて、その姿はまるでヘッドロックされたオウム真理教とやってる事はおんなじと、明らかにウソ・デマと判る事を大袈裟に語る学会員もいた。

 結局、皆、その場一同の前では、当時の私は教学が一切なく、本当にwainaiさんは日蓮正宗の信徒なの?と聞かれる度に、この先程登場したJ保さんが、私を守ってくれて、wainai君は日蓮正宗だよ、と極めて断定的に私の応援に回ってくれた。

 J保さんは、個人の宗教的遍歴が彼の人生上あったみたいで、立正佼成会にその頃最近は入っていたみたいで、その他、彼の車のバックミラーには神社の守りがいくつもある程、邪教にまみれてはいたが、創価の当時からの狂暴性には恐れを為していた模様だった。それに長年の勘で、彼は伝統宗教の日蓮正宗へは畏敬の念慮すらあったようだった。

 私があの当時、今位の日蓮正宗教学があるならば、必ずや、彼を折伏している筈だ。そうしてそれが実れば、その育成にも華麗に取り組んでいた所だろう。

 母が、ある精神科病院の老人病棟にいた頃、そこの売店は我々が元々いた作業所の系列の経営だ。

 ある日、これはコロナまがいなどが流行る前の事だが、その売店の店長格に当たる、その作業所の所長に会い、しばらくお話をした。

 すると意外な事が判った。

 先ず、亡くなってしまった人、一家離散した人、入退院を繰り返す者、ずっとあれから入院中の者等…。その成り行きは決して楽観視出来ないショッキングなものであった。

 しかし、なぜか、私は大方聞いて自分で何か胸にストンと落ちるものがあった。

 結局、この時、勿論、大変親しかった、J保さんの事を聞くと、もう同じ作業所には年齢的に通えず、遠方から車で来ていたがそれも廃車にして、今では遠方まで送り迎えしてくれる車で移動する、別の作業所だか、デイサービスに通っているという。

 私の日蓮正宗信徒狂言詐偽はその後、見事にバレたが、最もガッカリしたのが、そのJ保さんだったかもしれない。それ以前、日蓮正宗教学に疎い私に、特に学会員は罵詈雑言、悪口罵詈でいじめるような真似をした創価学会員達。(特に「日顕(上人)宗 !」などと言う)それに対して、wainai君は日蓮正宗の信者なんだかんない!と強い口調で私に応えていたJ保さん。

 彼こそが法華経の諸天善神の一分ではなかったかと、今更ながらに思う今日この頃だ。

以上。よしなに。wainai 、長文失礼。

福島県立安積高等学校桑野会名簿届く。昔懐かしさと、現罰の怖ろしさ。途中から日蓮正宗の大仏法論へ

2024年08月28日 12時59分06秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 我が家に本日、福島県立安積高等学校の安積桑野会から、待ちに待った会員名簿が届いた。

 これは過日、既に郵便局に払い込みを済ませて、届くのを今か今かと待っていたものである。

 ここに記されている、まずは学校職員名簿を見てビックリした。私らまでの学校長から何から、その後まで、皆、ほとんどが逝去、物故者となっていた事にだ。

 それに、私が嫌いだった、私が意地悪をされたと個人的に感ずる、それら教職員の一人も、これが怖ろしい事に、逝去、となっていた事実だ。

 それに、生徒欄、生徒の名簿でも、私に対して、悪事を為すというのか、事実上、イジメに近い事を為したりした人も、ほとんど残らず、逝去、か、(行方)不明、となっている。一時的には、名誉ある学校・会社・団体に入ったり作ったりしたものが。

 この現実をこれを見てこれを思うに、私は、私自身を、一人の日蓮正宗の仏法者、仏様の子供、仏のお使いの一人一分と任ずる者だが、その時からも今に至るまでにも、何者か、詰まりは、仏様の加護には増し加え与えられていた事となり得る証左となり得るものではないのか。善業悪業だ。現罰だ。現証だ。まさしくこれは。

 だから、今も、政治の世界、それ以外の実生活でも、私にも憎い人もいる。確かにいる。しかし、これとて、この世の出来事は一瞬で変化(へんげ)し、変わり得る世の中なのだ。最終的には仏様、御本尊様が冥の照覧で、照らし出してくださる。

 自分は何一つ、手を貸して、手を汚している必要などどこにもない。勝手に自動的に、それらは、ベルトコンベアにのって終着点に行くが如くに、自ら身を持ち崩して、滅び去る。

 それがこの世の仏法仏教の定理だ。諸行無常だ。盛者必衰の理をあらわす、だ。

 ここで重要なのは、一切、御本尊様には呪詛、恨み言などは一切合切決して祈らぬ事である。こちらの精神性までが穢れてしまう。それじゃあ、邪教創価学会の祈りと何一つも変わらなくなってしまう。バカな祈りはしない事である。全ては御本尊様、天に潔く任せる生き方。

 それに比べて、呪詛して恨み言を祈る、創価の祈りの欠陥については、論を又の機会に譲りたい。

 天網恢恢疎にして漏らさず、の世界なのである。まさしく。

 ボブディランが、歌「時代は変る」の中で「先の者が後になり、後の者が先になる」とのフレーズを残している。

 これはこの思想は、基本、「聖書」がその典拠だが、聖書も、言う事は言う。

 しかし、私は、日蓮正宗の、御本仏宗祖日蓮大聖人様の「三世永遠の生命論」「宿命転換論」「後生善処」「生死即涅槃」「煩悩即菩提」「事の一念三千の法門」「破権門理の折伏破折論・仏道修行・実行実践編」の方に魅力を非常に感ずる。というより、命を懸けたい。これこそに、正に。まさしく。

 こうして私が、身を生き永らえられているのも、三歳ころか、家の隣の車道にて、大型バスに轢かれて重傷を負った我なれば、この世に生きているのが、何かの縁の不思議である。全くの不思議である。

 それを、宗祖日蓮大聖人様は御書の中で、こう仰る。

 「善からんは不思議、悪からんは一定とをも(思)へ」(「聖人御難事」一三九八頁)

 「難来たるを以て安楽と意(こころ)得べきなり」(「御義口伝」=「就註法華経口伝上 安楽行品五箇の大事 第一 安楽行品の事」一七六三頁)
と示されたのである。

 本来ならば、不具の身で、重い身体障碍、否、命にも及ぶ大難に遭ってもおかしくない所を、私は、心の病という、十代後半で発症した、正に「転重軽受」という、重きを転じて軽く受く、であり、その病すら普段は感じぬ程の、極めて軽症の、この毎日の軽快な生活を満喫享受しているのであるからして、これに多大なる感謝を捧げ、頭(こうべ)を垂れねばなるまい。素直に。心から。愚直にも。

 そして、これは私が重々、仏法の大事を預かる者として言わなければならない事は、何か、自分に不都合な事でも、或いは、何か、自分に利する事があろうとも、まさしくそれこそ、

 「善からんは不思議、悪からんは一定と思へ」であり、決してみだりに、自分の御蔭で、せいで、こうなった、ああなった、などと騒ぎ立てぬ事である。

 全ては御本尊様の御照覧の下、仰せつかったままに、是は是、非は非、と、黒白を決するが如くに、決して自分の御蔭だなどと言ってはならぬ。

 それではわたくしが増上慢、慢心の誹りを受けてしまう。それだけは避けたい。私が仮初にも、死んでも生きていたとしても。

 それこそが、この日蓮正宗の大法興隆への、一助となれば幸いである、とばかりに、今日も私は、生き続ける事に意味がある、この世は生きてなんぼ、との念慮から、正にこの世の中を、生きて生きて生き抜いてやろう、と思いつつ、まさしく今日を又、楽しく生きるのである。

 要するに、結論としては、人を恨んでばかりもいられない。人はいつかは死ぬ。憎い奴も死ぬ。この身も滅びる。 必ずに。それが仏法の方程式、定理、定め、だ。

 悪い事した奴はうんと苦しんで死ぬ。その死相を見れば死後どこへ行ったかが判る。地獄だ。地獄はこの我が身の内にある。悪党の創価学会池田大作・顕正会浅井昭衛の情けない最期を見れば全てが判る。

 その代わり、良い事をした人は、特に日蓮正宗の信徒、縁した人は善相で、死後、安らかで、死後硬直もなく、その身は柔らかき事、とろめんの如し、と大聖人様も大いに褒め、仰る。

 この死の論理、定めは人とても動物である以上、逃れる方法はない。しかし人は、十界の中の、畜生界よりは上位の存在である。人の上には天界が控えているが、この世では順に下に降りれば、喜びは天、平らかなるは人、愚かなるは畜生、争うは修羅、貪(むさぼ)るは餓鬼、瞋(いか)りは地獄。ここまでが六道。これらをぐるぐる回る境涯を「六道輪廻」と仏法ではいう。

 人界はちょうど、十界の内の、真ん中に位置する。

 その逆に天界の上に、次第に上がって、声聞界、縁覚界、菩薩界と仏様になる為の修行段階の世界が来て、最後に最高最上至高至宝至上の存在の、この世の最高の悟りの境地、正に一仏乗の、「仏界」があり、具わる。

 この「仏界」を現じている時とは、我ら日蓮正宗信徒僧俗一同が、大御本尊様から伝わる正統正真の流れをひく御本尊様の御前で五字七字のお題目、南無妙法蓮華経と唱える時こそが、正に「仏界」を湧現している時だとこそ言えるのである、これはまさしく。

恐々謹言。以上。よしなに。wainai

『十四誹謗』について、自重、己の中で反省を致す

2024年08月26日 07時47分01秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 日蓮大聖人様は『松野殿御返事』に、
「『悪の数を明かすをば今の文には説不説と云ふのみ。有る人此を分かって云はく、先に悪因を列(つら)ね、次に悪果を列ぬ。悪の因に十四あり。一に驕慢・二に懈怠・三に計我・四に浅識・五に著欲・六に不解・七に不信・八に顰蹙・九に疑惑・十に誹謗・十一に軽善・十二に憎善・十三に嫉善・十四に恨善なり』と。此の十四誹謗は在家出家に亘るべし、恐るべし恐るべし」(御書1046頁)

 この御文でも、十四誹謗の恐ろしさを示されています。
 いくら有り難い題目を唱えていても、その人の信心に十四誹謗があるならば、その人の唱えた題目の功徳は消えて行ってしまうのであり、実際、同じように信心をしている人達の中でも、人によって戴ける功徳に差が生じてくるのは、結局、その人の信心に謗法があるかないか、あるいは、その謗法の程度はどれくらいか―等の違いによるのであります。
 その十四誹謗が重なってくると、現われる功徳に差が生ずるばかりでなく、ついには成仏できずに地獄に堕ちる場合もありますので、厳に戒めていかなければなりません。
(妙観講の基(もと)をなす信条「誠心」(じょうしん)第六十七世日顕上人御校閲)から御引用。

 私もこれら、十四誹謗には、信仰者として、非常に重大事として常に戒めているが、これが、守るのが私は信仰歴、信心歴が短いせいか、簡単に犯してしまっている、という、堕地獄行を犯しているさえと言える場合もある。
 これを制戒しつつ、自身で驕慢慢心謗法を起こさずに、自らを常に省みて、反省・猛省を日に何度も加えるのも、私自身に課された重要な仏道修行であろうと思い致している。

 反省だけでは足りない。そこから立ち上がり、二度と同じ過ちを繰り返さずに、前を向いて歩きだす。否、二度ならず、数多く、何度間違ったとしても、そこから再度立ち上がる事を止めない。
 「倒れたる者、地によりて起き上がる」「懲りず候」(宗祖日蓮大聖人・御書・趣意)間違えたと自身で気付いたり、人様から、特にこの信心の先輩後輩同輩、何よりも指導教師の御住職様からご指摘を受けたならば、即、向きを180度身を変えるが如くに、己の人生を生き方をその場ですぐさま改める事に躊躇はしない。これが正にことわざ「過ちを改むるに憚る事なかれ」である。
 私は、この繰り返しなのかな、と今は人生の半ばで、想いを持って生きて、生き抜いている最中の私自身なのである。

以上。よしなに。wainai

騙されないで!ワルは地面師だけではない〜認知症専門医・長谷川嘉哉=私の文章・日蓮正宗の御教えについて、正宗御供養と邪宗の高額の布施について

2024年08月23日 08時45分59秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
騙されないで!ワルは地面師だけではない〜認知症専門医・長谷川嘉哉
 この中で、最後の方で、この動画の長谷川先生は、高齢者への高額な騙しのテクニックとして、郵便局のかんぽやら、証券会社の勧めるがままの多額の株式投資やら、オレオレ詐欺、新聞多部数購読、お寺のお布施の異常な高さを本音で述べられております。
 私も聞いたのは、この間の墓地清掃の時の、日蓮正宗信徒と御住職様の問いかけと答えで、或る郡山市内の禅宗系曹洞宗のお寺では、一人頭、三百万円だか五百万円だかを、前もって、出させる事を、事前にもう、葬儀社には結託して、葬儀社からその額をその寺は信者に向けて勝手に出させるように仕向けて言わせているのだと言う。
 それにうちの御住職様も驚かれて、我が日蓮正宗では、御供養は気持ちで結構で、出来る人は出来るだけ際限を守って御供養すればいいが、それが出来なければ、たとえそれがたった少なくとも数万でも、立派に役目を果たしたのだからと、何も貧乏だからと言って、恥じ入ったり、蔑(さげす)むような宗教では決してない。貧者の一灯という言葉もある位なんだから。
 とにかく、寺の方から、お布施の金額を提示してくる場合は邪宗教の証。こんな悪徳銭ゲバ宗教に与(くみ)したならば、自分も損するし、社会にこの害悪宗教の寺の繁盛繁栄に貢献させて、益々世の中は悪くなっていく。
 だからとにかく、こんな、お金を自ら、事前に読経料だ、法事の金は幾らだと、勝手手前な金額を提示して決めてかかる宗教宗派、爾前権教の仏教宗派は、皆壮大な現代まで生き抜く悪徳宗教、ニセモノ宗教、ハリボテ宗教と喝破し見抜く勇気と智慧が必要だ。
 そういう悪辣な宗教ならば、我等日蓮正宗信徒達は、喜んで破折折伏、破権門理の法是をこれらに説き、それら金の亡者となった悪徳仏教には、懲らしめの意味で、法論等を挑む事も決して辞さない積りで毎日を我々日蓮正宗法華講信徒僧俗一同は、臨む所だ、向かう所敵なしだ、との念慮で、毎日毎日を過ごし、それら邪宗共との戦いに明け暮れる日々なのである。これはどうしても、譲れない、進むべく広宣流布への一里塚、一丁目一番地なのである。

以上。よしなに。wainai

時間とは…。仏法的日蓮正宗的な時代観世界観※長文失礼。

2024年08月22日 12時58分39秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 時間とは、不可逆性のものであり、絶対に過去などへは戻れない。今があり、そしてそれが確実に未来へと連続して繋がっている。

 未来ばかりを考えている人もいるが、大間違いであり、この現在を忘れて、何で未来があるのか。今死ねば、明日などその人には全く有り得ない。

 それと同時に、過去も代える事など出来ない。過去は過去、として、我々はその事実に一切タッチなどは出来ない。

 しかし、有難い事に、御本仏宗祖日蓮大聖人様の大仏法のみが、釈尊時代の教えでは、詰まり、正法像法時代には、来世の安穏しか祈れず未熟な教えしか説かれてはおらずに、実際上に於いてこそは、この今世の大変革、この現世に仏国土を建設する方途が、現在世での謗法罪障の消滅、宿命転換などの論理、理論が、大聖人様の御法門の中には全一切が既に説かれていたのだ。

 だから、当時の釈尊時代の民衆は、脱益の仏法であり、本已有善の衆生ではあったが、常に来世の、後生の幸せのみを祈る、後世の事しか考えられない、或る意味、一種、可哀想な、大聖人様の仏法からすれば、片落ちの、欠陥を抱えた仏法が釈尊仏法だったとも言えるのである。

 そこへ、鎌倉時代の末法の時代騒然とする中で、大聖人様が御誕生為さり遊ばされる。その説く所は、今まで述べて来たように、本未有善への、下種仏法であり、宿命宿業転換、煩悩即菩提、生死即涅槃、の、後生のみならず、現世安穏、後生善処の、尊い御教えと成り代わり、釈尊仏法からは一皮も二皮もむけた、大聖人様独特で独自の、一幅の、独一本門戒壇の三大秘法の大御本尊様を弘安二年十月十二日に御建立遊ばされて、ここに、末法万年尽未来際の大仏法の大興隆の礎が築き上げられたのである。

 それを相伝せられたのが、第二祖開山日興上人様、第三祖日目上人様と、代々の御法主上人猊下様へと連なるのである。

 これにより、女人成仏、二乗成仏は釈尊により法華経時代から打ち出されていたが、それより一歩進んで、現世での即身成仏、他宗他教折伏の教化、それらは釈尊時代からあった御教えであるが、宗祖日蓮大聖人様はこれを、「四箇の格言」(念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊)でその概要を示し、最高の教えが法華経、南無妙法蓮華経の五字七字のお題目、即ち、先ほども述べた、三大秘法の大御本尊であられる事を大々的にぶち上げ、御宣言遊ばされる。

 その凄さ、刮目すべき大仏法の、この印度月氏国からは東方にある、扶桑の国、秋津洲(あきつしま)、日の出ずる国の大日本国に生まれた、それが、それこそが正に、大聖人様、大御本尊様、大仏教大仏法哲理哲学なのである。

 とにかく、私如きが個人で一人きりで語り切れる御法門ではないので、御興味が少しでもある方は、御近所の「日蓮正宗」の末寺の御住職様宛へ、御電話なり、直接足を運んでご質問するなり、なんなり、掛け合って頂いても、何でも構わないので、きっと講中、御住職様共々に大喜びする、為さる事請け合いですので、積極的に、地元の正宗寺院へ御参り為される事を御祈念御念願申し上げ、お祈り致しております。

以上。よしなに。wainai

自由を得た翼を持ちたい!正当なる日蓮正宗信徒としての私が一番に似合いやる事は、「平和主義者を目指す事 ! 」

2024年07月21日 12時38分35秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 皆様、今までの一連の私の振る舞いを多くの方々は見てきて分かったでしょう。
 初めから、性格・人格改造なんてムダな努力、実現不可能だったのですよ!
 皆さまの御期待を裏切り、大変心苦しいですが、事実は事実、現実に実証されましたから、全てが徒労だった訳です。
 ですから、私が、年当初から掲げた、「平和主義者になる」これは事実上、撤回撤廃致します。実際上、実現困難なのだもの。
 そうした理想に邁進する。それは一過性の理想ではあり、その理念は素晴らしいとは私も一時、想いました。
 しかし、いかんせん、絵に描いた餅、空理空論、机上の空論に過ぎなかった訳です。地に足がついてはいなかった。そんな個人的な感想・体験談です。
 私はしかし、これからも、人との摩擦を避ける為、怒らない努力は続けます、勿論です。
 しかし、人の、性格、人格、心を変え得るには個人の想像を越える努力の限度というものがある。その度を越した時、人生の破綻が待っているんだと思います。
 その不可能性、不可逆性は人間、誰しもが、私だけじゃなく、心の奥に、いだいているんじゃないですかね?!
 誰だって悩みの一つや二つは持っているもの。完全者なんてこの世にはいません。いるとすれば、仏様、一仏のみじゃないでしょうか。
 皆、なにがしかの欠陥を抱えて生きているのが実相でしょう。それがこの世の人情、実情というものです。
 ともかく、そういった標語箇条を掲げて人を教化する考えは、新興宗教の考え方そのものです、まるで。

 日蓮正宗では、全く、そんな大それた、人格改造・性格一変などという、おかしな考え方は一切してはいないとは思います。そんな事、聞いた事がないです。私なりに、そうだと思い信じます。

 「冥益」といって、末法の世では、御利益はジワジワと効いてきて、一朝一夕では何事も成し得ないのが、当門流です。というより、すぐさま、一日、一年単位ほどで、霊験あらたか、などというのは、邪宗邪教の魔の通力に他なりません。

 その伝で言えば、落ち着いて冷静な目で見詰めてみれば、実際の私も「平和主義者になる」の夢を、その結果を、努力の過程プロセスを見ずに、余りに生き急ぎ過ぎている、との見方も私なりに、客観視出来得ますが。そうだとすれば、ここまでの、今回にわかに私が起こしている、平和主義者を否定するこれ以前の論法、これ以後も、大半が誤っている事になりはしないのか。

 このまま、従来のこの度の論法を用いるが、間違っていれば、即座に改める用意はできている。暫く従前のこの稿での論法が、愚にも付かず、続く。暫く最終結論に至るまで、愚論にお付き合い下さい。でなければ、これ以後読み飛ばして頂き、直接、最終結論だけをお読み頂いても結構です。

 「過ちを改むるに憚る事勿れ」「君子豹変す」の故事もある由、故。

 自身の思想信条からも、これは、自然に、自発的に行われ得るものならば、賞賛されるでしょうが、私の場合は、自他共に追い込まれた末の、窮余の策、絶対的窮地に立たされて、一人自分勝手に立ち上げ始めたものですから。
 誰も救いようも、責任の取りようもない、無責任極まりない。エンドレスゲーム、個人ゲーム、有言実行不可能不可避ゲーム、性格改造疲労披露セレモニーゲーム、のようになってしまっていたのです。
 このまま行っていたら、二重人格、多重人格者となって落ちぶれてしまっていた事でしょうね。
 私は「怒った」って良い、と思うのです。人の自然なる感情の発露なのですから。それを無理に抑えつけたり、異常視する方が余程おかしいと思うのです。禁欲的ストイック禁止事項で厳禁、なのは幾らなんでも自然じゃないでしょう。人間的じゃないでしょう。不自然でしょう、まるで。どうです、皆さん?!
 この世に、ただの一度も怒らなかった人など一人もいない。必ずに。「怒り」は生体の防衛本能だ。種の生存権に関わる根本問題、存在理由にも為り得る。
 それでは、怒りの否定とは、大海へと流れる川の水の流れに逆らうようなものです。我々日蓮正宗法華講信徒は水の信心でゆくのですから、水の流れに逆らうような信心は間違いです。水の流れにここは従順にならなければいけない。私は御教え、法門の一番重要大事なる事を心から言ってるのですよ!
 そういう、怒るな、などと言う人は、自分に塁が及ぶのがコワいだけなのです。ハッキリ言って。
 自分さえ被害が及ばなければそれでよし、そういうのが私を代表とした無責任人間なのです。

 それで、かの、芸術家の「岡本太郎さん」なんかは、「美しく怒れ!」という著作、本を出版して、御遺しになられている。
 あの方は非常に立派だと思いますよ。自分の素直な人間的感情のままに、人に飼いならされずに振舞った。稀有な方です。一風変わってはおられますが、「変人」の類かも知れませんが。
 けれども、私は好きです。ああいう御方が。不世出の御方だと、これはその業績共に、人柄を、その全力投球で充実して生きた人生を羨ましくもあり、もう、この世にいないのを吾人は非常に惜しみ悲しむものです。
 そういった意味では、私も「変人」の類でしょうね。これは認めざるを得ない。人とは一風、変わっている点では、自他共に認めていますからね、既に私も。変わり者っちゃあ、変わり者だ。それは素直に認めましょう。
 ともかく、先程の、話により戻すと、これでは、必ずや、収拾がつかなくなる一方になるばかりなのでした。この先待っているのは、性格破綻者として、性格異常者としての自分に変貌してしまい兼ねなかった。
 それは、性格・人格を、代えようがないものを、意図的に「代える」作業が、非常にムダ、というか、精神的軋轢が私の心に圧迫を加え得る代物であったのです。
 だから、「徒労」だったのです。何で私一人ばかりが、この世界に於いて、こんな酷い苦労を背負わなきゃならないのとの自問自答。自分の性格の偏りから来る、毎日その理不尽さで自身を苛み責め悩み続けました。 
 もう、一人じゃ、背負いきれませんでした。あと一歩で破滅破綻に至り兼ねないギリギリの精神状況。そこまで追い込まれてた。
 無理なもんは無理なんです。自己改造は。性格破綻、二重・多重人格に繋がり兼ねなかった。土台、無理。
 だから、私は一抜けた、としたのです。自分を守る、その一点に懸けたのでした。
 だったら、この、非情なる、誰にも告白が敵わない、一人のみの苦悩から逃げ出してしまえと。そう考えが及びました。我ながら、そう気づけたのは、大収穫でした。万々歳、結果オーライです。
 もう、苦しまなくても良いのだと。そう思ったら、気が晴れました。
 まるで、今日の晴れ渡る、青空のように。私の心は澄み渡っているばかりなのでした。
 去年末から今年に掛けて、自分一人の判断で勝手に打ち出した指標目標でしたが…。努力の甲斐もなく、実現不可能で終わり、自分でも情けないです。
 今は敗北感で満たされております。
 後はそれらが、トラウマとならないよう、祈るばかりです。

 とはいえ、私は、最初から実現不可能な目標を立てたのが失敗要因なので、今後は、もっと思い付きじゃなく、出来れば身近な多くの人と相談、折り合いを付けた上で、その後の目標決定へと、着々と実現化を図る肚積もりで御座います。
 
 ただじゃあ、起きません。「倒れたる者、地によりて起き上がる」の宗祖日蓮大聖人様の御金言の仰せのままに、又「懲りず候」でこれからも精進しつつ頑張ります。

最終結論
 しかし、上記の初盤中盤辺りで申したように、現代末法の世は、濁世(じょくせ)でもあり、「冥益(みょうやく)」の世でもあります。

 ここで、結論を、ちゃぶ台をひっくり返します。私は、ここで、誤りを犯した事に気付きました。冥益の世に、結果ばかりを執拗に追い求めて、その過程を全然見ない。見ようとしてはいなかったのは明らかに私の過失である。

 性急であってはいけない。ここは正念場であり、腰を据えて、諦める場面じゃない。そうと決した。自分で決めた事には自分で責任を負うのが大人の世界の常識、責任の一端である。

 であるからして、この文章の最終結論は、悩みに悩み抜いたが、私の全生涯を貫き通して、現役の「平和主義者でいきてゆく ! 」これで一貫する事をここに、天下天上に於いて誓うものである !

※編集後記
 ここで繰り広げた愚文は、長い事悩んで導き出した、自分なりの、平和主義者へとなる為の「法則」「方程式」「解法」「手引き書」のようなものです。長い悩みの淵の中にいて、そこから、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、であり、皆様には、かなり長文でお目汚しした事を自身恥じ入り、しかし新たな自己発見にも処せた事に、ここまで多くの方を巻き込んでしまった事を詫び入ると共に、ここまで最終結論までお付き合い頂いた皆様には、御苦労様でした、お疲れ様でした、非常に申し訳ない、との念慮しか今の所今の私には全く御座いません。有り得ないのであります。

 長文誠に失礼致しました!

 以上。よしなに。wainai

キリスト教と仏教、なかんずく、その雄の日蓮正宗との超えられぬ差!この世の掟というものがハッキリとしてある!

2024年07月12日 00時01分53秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
キリスト教と仏教、なかんずく、その雄の日蓮正宗との超えられぬ差!この世の掟というものがハッキリとしてある!
(wainai123753)2024-07-11 23:26:41>
>仰る通りでございます。大航海時代から植民地主義の時代に入るまでは、東アジア中心の... への返信
キリスト教は異教であり、私共の仏教、乃至は、日蓮正宗の御教えでは、「外道」宗教、という事であり、その実、その背景には、一神教の持つ、排他性、排外性、等が見られ、彼らのそれが道徳律としても立派に機能している。
それらが、白人優越主義、有色人種差別主義を、キリスト教自身がもたらした、という事実は、これは彼らが如何に強弁しようとも、覆せない。
彼らは言うであろう。我々の教えは、道徳的であり、平和的であり、愛の教えである、と。
とんでもない。あんたたちこそが、地上に宗教の盲目の闇と暗黒をもたらしたのだと。
植民地支配、黒人売買、人種差別、古くを訪ねさかのぼれば、今先程も言った、十字軍、宗教裁判、宗教戦争、魔女狩り、ろくな事をキリスト教及びその信者たちはやっては来なかった。この事実。どう責任を、現代現在のそれらの宗教指導者たちは取る積りなのか。考えただけでも虫唾が走る、おぞましい程の、罪、罪状ではないのか。
自分らが、罪人から脱して、幾ら、悔い改めで、真人間になり、戻ったと勘違いしても、いつも、イエスが十字架にはりつけにされても、依然この世には、罪と汚れが充満している事実。それにはイエスも、パウロもそれからローマカトリック、東方正教会、プロテスタント、いずれも無視を決めつけている。
大体が、この世を神が六日間で作り上げた?そんな芸当が、今の最新の最先端の科学ですら否定された事実を、いまだに信じている、字面通りの、バカがいる。これには驚きを通り越して、ただ、笑う他ない。大笑い、笑い種だ。
そして、神がいるならば、その、人の前に、神を立てた時点で全ての過ち、矛盾が生ずる。
じゃあ、その神を作ったのは、一体誰なのだ。この質問に答えられる、キリスト教徒、神学者、神父牧師はどれ位いるのか、聞いてみたい位だ。
最初に神をつくったものがいるはずなのだ。何事も因果の道理で説明され得るのだから。それで、計算してゆくと、神を作った神、またその神、とこれは、因果の理法から言えば、収拾がつかないお話となる。それに、神の誕生、というか、神が本当にこの世の中を、宇宙を作った、ビッグバンが実際に、神が起こした、というならば、その直前、宇宙が誕生する、何十兆ともつかぬ時間の前、その開闢の時には、一つの原子の様な、極小さな粒子があり、それが一瞬にして大爆発、膨張して、今現在の宇宙が出来上がった。その時以前はその粒子すらなく、この世は無であった。空間すらなかった。神の存在するスペースすらない、なかったのである。
であれば、どこぞに、神などがいられようか?神は、だから私などの、仏教の、日蓮正宗信徒から言わせれば、最初から無かった存在。絵空事。空をつかむ話。神を最初に立てた人物は、重刑に処すべき、世を惑わしかどわかした、それこそ重罪人であろう。
そういった、人類の始祖たち、原始時代から、有史時代へとの過渡期に、それら、悪徳宗教がはびこる萌芽が既に芽生えていたのだ。
そのキリスト教を代表とする一神教が、今となっては、道徳宗教の代表格としてしか、名を残せない、情けない宗教へと成り下がった。元々、この宗教に、大義といったものなど微塵もなく、ただ、体制に順応して、教勢を拡大させ得た、実にラッキーで一時的に、歴史に名を残せる位にはなった宗教ではあったが、その実は、虚妄に満ち満ちた、ウソで塗り固めた、丁度、今の創価学会の如き邪宗教であった。
それから話を音楽論に戻すが、音楽と宗教は別物だとの説は、これは採用しても良いと思う。そして、話としては、インド月氏発の釈尊が創始の仏教が、東に向かい東土の扶桑国、秋津洲の日の上る国の日本国へと到達する。既に中国では、その流れを汲む天台大師が天台宗で中国の宗教界を牛耳っていてその権威は莫大であった。それから日本の伝教大師が入唐して、主に法華経を修めて、日本に帰り、日本天台宗を開く。その後の弟子たちは密教化に手を貸して、自らを台密と称するに至る。時代的には、末法思想はびこる、念仏の哀音の足音が急速に広まり出す。
時は鎌倉時代、今の千葉県鴨川市に、一人のやがては僧侶、そうして後の世、しかし既に当時から、仏と仰ぐ人々もいた、聖なる御方が居た。幼名を善日麿といい、元は海人の子だという。そして、大事に父母に育てられ、やがて清澄寺に上り出家得度する。そして研学の為、比叡山延暦寺も上るが後に下山しつつ、京都奈良を遊学する。そして、千葉の清澄山に戻り、「南無妙法蓮華経」と発して、立宗宣言さる。その後の難かつ知ろしめせり。その後、一番弟子に日興上人を選び、池上邸にて没する。御寿61歳。日興上人は身延山の謗法から逃れて、富士大石が原に、総本山富士大石寺を建立。数々の重宝を持ち携えて。この時も、大御本尊様も当然御奉持為された。爾来大聖人御誕生八百余年。富士の清流は今日でも些かも変わりはしない。
以上。よしなに。wainai


総本山という所は…

2024年07月03日 19時15分02秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 私はある婦人部の方に言われた事がある。
 それは、総本山へ行く人の中には、その人なりの罪障が出て来る場合があるという。
 過去のその人その人の罪障が出てくると。私も聞いた事がある。ある、昔に、キツネ、詰まり、稲荷をやったり、蛇の神を拝んだ人の話。
 蛇の人の罪障は酷く、大御本尊様の前にいたら、即、寝転んでしまい、蛇のようにクネクネうねって、その場でその人は昏睡状態に。
 その場の皆でその人を動かしてどかしたという話を以前、何かで読んだ。
 とにかく、私にもこれは多少当てはまる。その婦人部長も、wainai君も、総本山には、一杯罪障抱えた人が集まるんだから、余程気を付けるんだよ、と。
 うちに以前来ていた看護師(保健師)さんにも、その話をしたら本当にそんな事があるの?とコワがって言っていた。
 それと同じ罪障が、今、私に降りかかっているのかも知れない。
 けれども、結論としては、変毒為薬、転重軽受の法門が我が日蓮正宗の御教えだから、気にする事はない。罪障消滅の為に祈りに祈り切る事だ。祈りで悪縁を断ち切る事だ。それ以外にない。
以上。よしなに。wainai

日蓮正宗総本山富士大石寺・講習会へ、参詣・学習

2024年07月01日 14時57分00秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 関東平野の平らな地平が、高速道路から見て取れる。
 日蓮正宗総本山富士大石寺の講習会へ、深夜二時五十分出発で、六月三十日の月末に、マイクロバスで静岡県富士宮市へと長距離移動、長時間かかって、行って参りました。
 羽生SAでは、トイレ休憩。
 やがて富士山が見えるも、この日は曇りがち、雨模様で、富士の姿は恥ずかし気な感じ。
 そして、総本山富士大石寺へ。
客殿等の建物群。
 大講堂で講習会が開催された。
きれいなあじさいが咲いていた。これには心動かされた。
古木も点在する。
 御影堂が赤い彩色で見えた。
この脇を行けば、大御本尊まします、奉安堂へ。
御開扉後の、三々五々の、参拝後のしみじみとした感慨が残る。
また、御影堂へ。
滝の勢い良い水の流れ。
帰りも富士はかすかに霞んで全体が見えず。
帰りのマイクロバスのちょっとしたトラブル。エンジンオイル?が足りないという。二件目のガソリンスタンドで補充。目的の製品を探しに富士吉田市内を縦横にガソリンスタンド店を駆け巡った。
我が家に無事帰って来た。夜九時は確実に過ぎていた。
私は大日蓮出版にて、「日めくり御書要文」「日蓮大聖人御書辞苑、日本編」「詩歌をたずねて」この詩歌をたずねて、は、大聖人様以下の、代々の御法主上人猊下様のお書き遊ばされた、和歌、短歌の作品が載せられていて、私は短歌・和歌を志す関係から、心から欲して買い求めた。
日めくり御書要文も、いい言葉ばかりが載っていて、これらは正に買い、であった。
これら書物だけで、買い物が五千円を突破してしまった。しかし、これも必要経費、勉学には必須のアイテム、努力の結晶、読書の友ともなるものだから、大切に読ませてもらおう。
以上。よしなに。wainai

中大法卒の弁護士だった祖父にしてみれば東大生は使い物にならないなあとの感想を母の思い出の言葉から取り上げた!幸せのさなかの日蓮正宗の御事!

2024年06月27日 14時23分38秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 私の祖父は、私立の中央大学法学部を卒業後、国家資格の司法試験に受かり弁護士で警察官僚まで勤めた。昔は中央大学法学部の方が、今の東大京大早大慶大等々よりも、断トツで司法試験の合格者数ではそれらをはるかに上回っていたのだ。法学の中央、と。

 そして、私は祖父には、祖父は私が生まれる前には亡くなっていたので、私にはその祖父の様子、行状は知り得ないが、母から聞いていた事が幾つかあった。

 それは、こうだ。

 祖父一家、詰まりは、母の父親は、貸家住まいであった事は先のなおともさんから頂いた転載の私のコメント記事からも書いてあったが、母によると、その部屋数は多かったようだ。

 何といっても、女中さんが何人もいた位だから。その貸家は、東京新宿早稲田にあった。当時祖父や母の一家の住まいは、早稲田大学安部球場の裏手にあった。

 女中さん達は、一応その頃は、料理を作ってくれて、子供時代の母の遊び相手、面倒を見てくれた。母と同じ女性同士でもあり、年齢も、十代後半から二十代位で、中には福島県の矢吹町だか、鏡石町からも来ていた女中さんもいたと母からは聞いている。

 そして、弁護士見習いや、弁護士を目指した、書生さんまで家にはいた。その中で、東京大学、東大生の書生もいたのである。

 しかし、祖父に言わせると、母から聞いたのだが、どうしても、頭が良すぎるせいなのか、何なのか、当たり前の事、誰が考えても分かる事が全く出来ない、というのだ。

 全く使い物にならない、と祖父が匙を投げる場面もあったとか。それでいて鈍感な感じで、プライドばかりは異常に非常に高過ぎる。頭が高すぎる。これでは使いづらくて、使い物にもならないのも、何とはなしにうなずける気がする。まるで鈍牛みたいだったと。

 母も言っていたのは、現在はどうか知らないが、東大生の、二人に一人は受験ノイローゼの後遺症で、大学生活で、悩みの最中に居る人も多いという事だ。今、幸せそうな身分に見えていても、そこには他人がうかがい知れない、世界観があるのかも知れない。

 とにかく、東大生は、中大法卒の、祖父にしてみれば、使いづらい学生達、書生であった。これが事実である。今はどうかは知らない。しかし、そんなにどんなに時代が変わっても、それぞれの大学、学校の学風が変わらないように、大して変わりはないのではないのか。

 頭が良すぎる、というのも善し悪しである。最高に学問が出来る、という事は、その他の別の面では、人よりもどうしても劣っている面、能力、特性がある、という事だ。万能な人などいない。皆、欠点を抱えた人間なのだから。

 成績ばかりが異様にトップクラスだった人でも、人の中でも性格が大変偏り、性格が悪くて、意地悪だったり、ずっと人生独りぼっち、誰も友達、友人がいなかった、と言った東大生など、ザラだろう。そんな人など、別に珍しくもない。

 しかし、人を押しのけて、人よりももっともっとと、欲深く、貪欲過ぎて、要領ばかりを考えたり、自分が自分が、であって、決して他人に慈愛の手など差し伸べない人間、人種などには、幾ら東大であっても、私はなりたくはない。

 そんな詰まらぬ東京大学四年間を過ごすならば、仮にたとえ三流大学であっても、心が優しい自分であったならば、人にその優しさで尽くせる自分であったならば、それだけで私は十分満足するであろう。東大ブランドなど、私には不要無用、要らないのだ。

 いや、別に、今の自分は、高校卒で充分満足しているが、現在の大学中退であっても、否、たとえとして仮定して、あの時、中学しか出ていなかったとしても、それなりの人生を自分は歩める自信がある。それは、大卒者には敵わない、と言わしめるだけの可能性を秘めたものとも言える。

 しかしその可能性は、その時期その時期で、多様性を持っているとさえ言える。

 私にしか歩めない、私しか出来得ない、人様が真似できないユニークな芸当と言うものが、私には確実にある。これは「秘すれば花」であるので、ここでは言わない事にする。一切、秘密だ。

 果たして「秘する」程の芸当が自分にはあるのか、本当に…。何か自信がなくなって来た。

 だから、私は「秘するもの」が「有る事」にしたい。嘘のまことで、あれば、あると思えば、きっとあるんだ、必ずに。絶対に。

 これから、事を作ってゆくのだ。私はいまだ、「発展途上人」なのである。

 実際、世の中はそんな風に、優しい人の下には、人々の関心を集めて、沢山の人達が多く集まって来る。世の中はそういう風に出来上がっている。

 「自分が自分がー」という、エゴイスト、ナルシシストには、友がいない。永遠に、エゴイズム、ナルシシズムを自分で気づいて改めない限り、心の許せる友人など、絶対に未来永劫、出来やしない。そこに気付くべき。

 私は、幸い、今の福島県郡山市土瓜での、日蓮正宗無量山寿海寺においては、年齢、男女の差を超えて、交友関係には恵まれており、皆さんには大変に大事に可愛がられていて、親しい尊敬する信徒の方々が数多く存している。これは実に嬉しく幸福な事だ。この大海の中に居て、私は幸せ感、満足感を覚える。

 非常にお寺にも日蓮正宗という宗団にも、お寺の御住職様、奥様、講頭さんはじめ幹部の皆様、老若男女、善男善女の、講中の皆様には、感謝をし尽くしても、し過ぎるという事など決してない。

 だから、折伏をこの地域でも必ずにして、この幸福感を、私の信ずる日蓮正宗に今はいない、多くの創価、顕正会、キリスト教、新興宗教、伝統宗教にしても、邪宗邪教の方々にも、その幸せの一端を深く味わって欲しいと心から念願して思い願っているのだ。

 であるからして、我々、日蓮正宗法華講員は、身軽法重、不自惜身命を心から追及してゆくのであり、日夜、折伏行の為の勉強にも実践にも励んでいるのである。これは、実に尊い最高度のエラい仏道修行の方法、方途なのである。

 これで話は完全に脱線してしまった。要するに私が一番に言いたかった事は、優等生の、頭でっかちでは、全く使い物にならず、ダメである、ということ。

 多少の人生の荒波を経験しないといけない事。順風満帆ばかりが人生ではない。不撓不屈の精神をもって困難や人生に立ち向かう事。

 その唯一の解決法が大日本国東海地方の静岡県富士宮市にある、日蓮正宗多宝富士大日蓮華山総本山富士大石寺にある法本尊の大御本尊様。人本尊の御本仏宗祖日蓮大聖人様の一仏乗の大切な御教え。この両者が相まって、人法一箇となる。

 大仏教仏法哲学・高等宗教・極度に極まり切った御教えこそが唯一つ、日蓮正宗のみである事。それが私の一番に言いたい事の全てである。

以上。よしなに。wainai、長文失礼。

私の折伏姿勢への反省点

2024年06月01日 13時45分43秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 私は、自身が、他の信仰をしている方に、相手の人格を否定した折伏をしていなかったかと、非常に怖れる。
 それは、日蓮正宗第六十八世日如御法主上人猊下様が、常々仰られるお言葉に「折伏はケンカではない。ましてや、相手の人格をけちょんけちょんに、否定しまくる。ここにはそんな人はいないとは思うが…。(趣意)」との発言からも分かる通り、私達の「折伏」はケンカではない。ましてや、争い事などでもないはずだ。それに、相手の人格までも、否定してはならない、とある。
 これは、非常に私など普段から奔放に折伏と称して、語っているものには、胸にも耳にも痛い。私は常に自身に問いかける。私の折伏は、御法主上人猊下様の御意思に常に叶った折伏行であるのかと。
 ここなんです。今、大事な点、事は。心からの折伏とは、常に相手の事を思いやり、相手の立場に立ち、相手の悩みをも時には聞き、慈悲でものを語る。決して自身の知識をひけらかしたり、慢心を起こしたり、相手を強く責め立ててはならないのだ。
 福島県会津地方の、「ならぬものはならぬ」なのである。やってはいけないと猊下様が仰られた事は、「代々の法主、これ、日蓮なり」で、猊下様の言う事を聞かないと、日蓮大聖人様が悲しむ。
 とにかく、一にも二にも、相手の意見をまず聞き、吟味して、それから、こちらの話をゆっくりと語る。それには、私ももう少し、仏道修行が必要なようだ。
以上。よしなに。wainai

昭和の頃の、郡山市の小学校鼓笛隊パレードの不開催を祈る=二回とも願望が叶ったかの如くの不思議な想い出

2024年05月15日 18時14分55秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 私は、小学校何年生で有ったろうか。その時、平常の授業をつぶしてまで、我等学年は、一日に数時間、その時に集中して、鼓笛隊パレードの練習をしていた。
 そうして、私は当時、歩く時に、楽器を、笛を提げて歩くのだが、今の颯爽とした歩き方と違って、「なんば歩き」というのか、手と足が一緒に出てしまう事があった。多分、緊張感から、そんな風に振舞ってしまったのであろう。
 それで、これも同じ学年の、今から思えば、小物男というか、その後そいつが、高校では、大した高校へも進学も出来ない程の、私との学力差を私につけられた程の、男子が、私を「手と足一緒、手と足一緒」と言って、今考えると逆の立場で、バカにするのである。
 或る女性教師からも、貴方の歩き方にはクセがある、と難癖をそれこそつけられてしまい、私の父親が後天的な交通事故による身障者であり、足を引きずって、つえをついて歩く姿が、学校付近で父の姿が見かけられた事等を私自身、まず考えた。これは、私、及び、私たち一家に対する差別だとも内心、思った。勿論、私達家族の、血の結束力による、私独自の妄想もあった事だろう。
 余計引け目を感じてしまい、私は顔を真っ赤にして、その恥を忍んだ。その時に、こんな地獄のような毎日を過ごさせられて、本当に、この、郡山市が主催する、市立小学校の「鼓笛隊パレード」が、何としてでも、絶対、是非とも、中止される事を、この時程、その当時は漠然とだったが、やがて、開始の前日などは、自身で何者かに祈る程の、入念な御祈念を捧げつつ、パレード非開催を盛大に祈った。
 当時当日は、テレビ局のカメラも来るという事で、私の心臓は悪く高鳴り、この断末魔、その時、もしも、私がその悪辣悪坊主の、その悪童にいじめられている図が、そのテレビカメラに納まる姿、を想像するだけで、おぞましく虫唾が走った。
 その為に、全身全霊を捧げて、何者かに祈った。それが、今現在ならば、当然、日蓮正宗の御仏前御宝前の御仏壇の御本尊様への祈りともなろう。
 それが、対象物がないものであるし、その唱える言葉も知らず教えられずであり、とにかく、必死で何かに対して祈った。

 その当日。テレビチャンネルにて、その開催が、出来るか中止かが、そのテレビの時間帯に報じられる、というので、私は注目して見た。
 すると、その日はたしか日曜日であったか、「中止」と出た。天気が雨であり、中止なのであった。私は何故か、自身の祈りの御蔭とは、その時ですら、慢心と言う言葉は知らなかったものの、まさかとは思ったが、自分の祈りの御蔭とは微塵も思わず、ただ良かったとの、何故か安堵したのを覚えている。
 その日は、学校にも勿論行かずに済み、家でのんびりした一日だった。
 その一週間後か二週間後か、また、鼓笛パレードの日が巡って来た。
 私は例により、また、不純な祈りとは思わなかったが、不開催を祈った。私の命、魂が掛かっているのだから、これは許される。何者かに、またまた、今度も今生の限りに、祈りに祈った。
 そうして、疲れてしまい、その日は眠ってしまった。

 その後、朝を迎えて、同じく、テレビを見てみた。すると、何と、またまた、今度も「鼓笛隊パレードは中止」と出た。
 又もや、外を見ると、私を応援するかのような、雨模様であった。
 市のパレードの決まりでは、二回中止となった場合は、お流れ、永久に中止、開催はされないとなっていた。
 確か、この時のように、パレードが二度も中止となった時は、私達の年が初めてであったと聞いた気がする。

 私にとっては、この時、音楽どうこうよりも、集中的に音楽を叩きこまれたのは自身の血肉になってはいたが、むしろ、今回は、救われる出来事であったし、私の親にはこの時は、一切この事は言わなかったが後年、この時の事を母には言った。母は母なりに、私の言う事を、そう、そんな事があったの、程度であったが、そんな事もあるんだとは、母は思った事であろう。
 何事も、祈りとして叶わざるなし、である。まさに。祈りは叶うと信じても良いとこの時は私は一人、思った。
 だからその後の、信仰、宗教の選別には、自他共に、集中力を要して、多年を掛けて調べ上げて、今の日蓮正宗の信仰信心がある。とはいっても、私も御多分に漏れず、宗教二世、三世の立場ではあるが。そうして、法統相続は、私までは、今の今までは実に上手くいっている。
 この時の中止の事を、私共のクラスメート他が、卒業文集等に、非常に残念だったとの言葉を、その文集に載せているのを見て、私なりに、非常なる畏れというか、あの時の事を時折思い出している。
 私は、あの時の自分が神懸かりとは、露ぞ思わない。いまだに私の祈りのせい、御蔭かも怪しい。そんな力は私にはないに決まっている。しかし、人間が真剣に祈れば、天地万物、自然の天候さえも応え得るものだとの、大自然、否、仏界の仏様の世界の如くの、第六番目の天界でもまだ足りない、そんな因果の理法に基づいた、仏教仏法的な世界が薄っすらあるのかも知れないとの念慮がした、それを思い知った、小学生の時の時であった。

 また、思い上がってもいけない、とも、そうした畏れの念慮も勿論私の中で持ち上がる。この考えは増上慢ではないのかと。だから、母以外には、誰一人にも、この当時の事は話した事は無かった。だから、これを読んだ皆様には、一笑に付して、笑って聞き流して欲しいとも、私のこれはもう一つの願いなのである。
以上。よしなに。wainai

ユーチューブ、コメント欄解放、一か月経つか経たないかで、この有り様

2024年04月05日 13時06分34秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 私は、基本的に、特に今年からは「平和主義者」を標榜して、生きてゆきたいのです。けれども、ユーチューブを、それまでは、コメント欄を開放していたら、悪口罵詈、罵詈雑言、それら、汚い言葉で声掛けをされるものですから、私は一時的に、コメント欄を閉じたのでした。
 この一か月位で、私は又、コメント欄を開放しました。
 視聴者からの御意見を賜りたかったからです。
 しかし、それも、仲良しこよしの、いい意見ばかりが来ると思った私がバカでした。そんなに、ムシが良く、都合が良い話ばかり、世の中にはないのでしょうね。
 それらの事が、今回も再現されてしまいました。
 しかし、今回ばかりは、私はそれらには、決して屈せず負けません。それは、宗祖日蓮大聖人様が仰られている通り、刀杖瓦石、幾ら罵倒されたとしても、ここ、ユーチューブのコメント欄に私が書いた如くに、迫害されればされる程、それらは私の「罪障消滅」になり、「還著於本人」(げんじゃくおほんにん)で、全てはその言い出した本人へと戻り、還ってゆく、ブーメランの如くに。
 とにかく、こんな事で負けられません。私が命を掛けてでも、例え、コメント欄が炎上しても、何とか持ち応えて、頑張る所存でございます。
以上。よしなに。wainai

コメント


@junichishimizu4311
5 日前

通りすがりに見てしまいました。普通におかしな宗教に騙されていると思います、おかしな宗教のおかしな本を読んで、おかしな考えを植え付けていると悟って、早くお辞めになることをオススメ致します。ピアノの上手な人は自分が世界で唯一絶対一番ピアノが上手だとは言いません、これだけが正しいやり方なんだとは言いません、ただ、無心で弾くだけです。


返信


@wainai12375 46 分前(編集済み)

果たしてそうでしょうか?!
一見すると、あなたの述べておられる事は、正論に聞こえます。
しかし、 
私は自身の信ずる宗教に、絶対の自信があるから、世界一の正当な価値のある本物の宗教だといえるのです。
初めから、宗教と言うものを軽く見てはいやしませんか?あなたの中で。
例えば、車を売るトップセールスマンが、自身の製品の車に、その自社の性能に、最大限の自信がなかったら、果たして、人々、特にお客様に対して、その車を販売して売る事が出来るでしょうか?
自信が無くて過失があるのを隠して売っていたとすれば、それは詐欺ともいえないでしょうか。例えば、欠陥品を売る時の、詐欺師のようなものです。
我が宗教の日蓮正宗には「五重の相対」と言って、宗教の浅深高低に対して、明確な判断基準があるのです。その中でも、全部で五つの内の、第一番目の「内外相対」といって、釈尊が説いた仏教以外の教えは皆、神様信仰も含めて、皆「外道」です。仏教のみが「内道」であり、内道の仏教を優、勝れた教えと判別します。
それ以外の判釈は略しますが、日蓮正宗の御教えほど、立派に整った、極めて理路整然とした、そうして実践的な宗教は、しかも、現実的に力のある宗教は、この宗教以外、どこにもない。
この宗教、仏教の中でも、「日蓮正宗」の教えは、極めて科学的にも誤り間違いがなく、矛盾はない宗教ですよ。
それを、貴方の異見は、為にする意見であり、最初から、決めつけているだけです。
疑いを持った目で見ているから、そうした、ひねくれた根性しか持てないのです。重箱の隅をつつく、あら捜しをした目付きで、世の中を見ている。
まるで、私共、日蓮正宗信徒が、あなたの言い分だと、詐欺師に騙されている如くに、貴方の扱いでは、狭い視野から見れば、そうなるのでしょうかね。
久々に、貴方のような、日蓮正宗に真っ向から敵対視する人を見かけて、これはほっとけないと思い、思わずキーを叩いている次第です。 
私共の、日蓮正宗という宗教宗派は、貴方が思う程、ドグマに汚染されていたり、科学的に間違っていたり、極端な教条主義の宗教じゃありませんよ。
これは、私の今までの、この、七、八年間の、日蓮正宗に帰伏してからの、経験体験から、身をもって自信を持って言える事です。
とにかく、日蓮正宗に対する、そうした貴方の偏見を捨てて下さい。それが出来なくとも、「毒鼓の縁」として、貴方はこの教えを今生において聞いて触れた以上、来世、後世において、この教えと縁を結んでいるのです。来世では、貴方は必ずやこの教えを信ずるようになる。たとえ、今生でそれが叶わないとしても。
そこが、信ずる者しか救わない、偏狭なキリスト教を代表とする一神教や新興宗教、爾前権教の伝統仏教、との差異であります。
日蓮正宗、大聖人様の仏法は、遍く、広く、全民衆を救い上げる魅力ある宗教宗派です。
これは、宗祖日蓮大聖人様が御書を通して仰られた事であり、私も真実と信じます。 この教えを、舐めて軽しめてはいけません。
今はそうして、判断が狂っていても、やがて正気に戻る時が来ます。
現世でか来世でか、それは分かりません。
もしかしたら、上は仏界から、下は地獄界の、十界の中でも、人界以外の世界に貴方が生まれて来る可能性すらありますね。
それ程、人界へ生まれて来ることは稀であり、前世で余程の善行を積んだ証なのです。人界に運よく又生まれ合わせた、正にその時に、話しはそれからです。
貴方には、今現在は判らない、批判して、疑っていたとして思っていても、三世永遠の生命の大聖人様の仏法からは、自行化他、広宣流布は確実に世界へと広がってゆく、「大地を的とするなるべし」(御書)の、三証の、文証・理証・現証の中でも、特に「現証」として、人々を救済し得るこの世の「大法」なのが初めから判り切った事なのであります!
余り、意地悪く、私の信ずる御教えを、捉えないで下さい。私は今回の貴方の言説に、少しだけ、傷つきました。
悪しざまに、我が宗を非難するのは、止めにして下さい。
しかし、大聖人門下として、全く怖れは為してはおりませんよ。
それら、迫害、悪口罵詈、罵詈雑言の類は、日蓮正宗では、受ければ受ける程、私自身の「罪障消滅」につながり、全ては、その言った本人に戻ってゆく「還著於本人」(げんじゃくおほんにん)、全てはその根本の、言い出した人の元へと、全ては還ってゆく、という法門であるが故に。

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@wainai12375 0 秒前

ご親切な御忠告ありがとうございます。 
あなたが「おかしな宗教」と仰るのも仕方ないでしょう。それは、あなたが信じている宗教(信条)がおかしいからそう思えるのです。「唯一絶対」と思えないような宗教(信条)からは早く脱却することをお奨めします。それが出来ないとすれば、あなたは相当おかしな考えに凝り固まっているのでしょう。

 また、あなたのピアニストの例えは間違っています。ピアニストは宗教の譬えには使えません。もし例えるならば、信仰者をピアニストに例えることはできます。本物の仏法信仰者であるならば、やはり一流のピアニストのように自分が世界で一番の信仰者だなんて思わないでしょう。

当然、それほど仏法は深いのですから。 そのような例えが使えるあなたは求道の心をお持ちの方でしょうから、是非正しい仏法を追求されることをお奨めします。たとえ、お奨めする私を「おかしな」人と思われたとしても、中身の玉(仏法)の価値には聊かも変わりがないのですから。

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第一回支部総登山、日蓮正宗総本山富士大石寺

2024年03月31日 22時04分35秒 | 日蓮正宗総本山富士大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 今年最初の支部総登山が、三月三十、三十一日にわたって、行われた。大御本尊様にもお会いできて、本当に良い天気の下、開かれた総登山でした。
 桜は三分咲きでしたが、晴天の下、富士山が綺麗でした。
 御開扉が、総本山富士大石寺奉安堂にて執り行われ、たっぷりとお祈りを申し上げて来ました。嬉しかったです。
談合坂サービスエリアにて。
 以下は、富士の雄姿を写真撮影しました。一緒にご覧ください。
 ここまで見て頂き、誠に有難う御座います。
 又もや、去年に続き、去年はプラスチック製でしたが、今年は木製の数珠を買い求めました。
 以上。よしなに。wainai