Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)

進取究明。日々の雑感を気ままに綴る私なりに思い考え行い実践する不定期の記録。日蓮正宗とは一切関係なく私個人の見解です。

第一回支部総登山・日蓮正宗総本山大石寺御開扉御参詣、富士と桜、その写真画像集2025年令和7年3月29日(土)30日(日)

2025年03月30日 20時21分07秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
Panasonicのミラーレス一眼で撮りました。


鶴丸徳利を仏具店で買いました。四千八百円。金属製。ずっしりと重い。
ブックストア広布にて、日蓮正宗の御本を買い求める。
「平成新編日蓮大聖人御書索引」「新入信者のための十界論(一)」
「謗法厳誡論・監修小川只道御尊師」
「強く正しき信心とは・監修小川只道御尊師、著者・大草一男」
「勤行の意義と功徳・小川只道御尊師・監修」
「入門シリーズ①釈尊の生涯と法華経」「入門シリーズ②仏教の流伝ーインドから日本へー」
である。御書索引は四千円しました。
最後は、本日我が家に届いた、千円しなかった百枚ピックセット。厚さ・色、様々。
郡山市大槻町の高速道路インターチェンジに帰って来た時には、その住み慣れた風景の懐かしさに、やっぱり故郷っていいな、と一つ思った私でありました。

勿論、その前に、SNSに関わる方々、私の医療福祉関係者、お寺の方々、親戚、母の事などを、それに世界の安寧と平和と、私自身が怒りは地獄であり、怒りに任せて言葉を発したり、人を絶対に傷つけてはいけない事、ならぬものはならぬ事、家内安全交通安全、一家和楽、一家世界安泰、健康安楽、趣味の充実、人生の充実、我が家の武運長久、等々、それらの所願満足大願成就を精一杯御祈念して来ました。
後は叶う叶わざるは日蓮が咎にはあらず、で、あります。あくまでも結果を出すのは自分であり、他の誰かではないという事です。厳しい言い方でしたか。世の道理をあくまでも説いて居ります。悪しからず。
しかし、矛盾するようですが、皆様には咎、罪は決してあらず、あるとすれば、私の御祈念不足、不徳と致す所であります。
いずれにしても、私は精一杯その場で祈って来たのであり、心に詐心なく二心なく邪心邪推邪念なく、心置きなく懇ろにその場に於いて御祈願して来ましたのは事実であります❗
この事実に鑑み、私の身の回りの人々一般大衆の、心からの大願成就の実現を期して臨むもので御座います。
以上。よしなに。wainai

本日、静岡県富士宮市日蓮正宗総本山大石寺へと行って参ります。

2025年03月29日 19時00分00秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
本日、夜十時お寺菩提寺、郡山市土瓜の日蓮正宗無量山壽海寺集合出発で、 明日の午前の御開扉目指して、静岡県富士宮市上条にある、清浄な空気がそこはかとなく漂う、富士の清流、日蓮正宗総本山大石寺へと、我々末寺の支部所属信徒は、講頭さん副講頭さんを先頭として、大出発の先陣を切ります。応援の程、何卒宜しくお願い致します。私も私に常日頃から関わり携わって下さっている、SNS関係の方々、福祉医療の関係者の方々、日本乃至世界中の邪教による塗炭の苦しみを味わっている方々、世界中の戦禍の下にある方々全ての人類はおろか、全生命、星の、地球、月、太陽、等々の、恒星から惑星、衛星までの宇宙天体に至る全ての生命不生命はおろか、山川草木悉有仏性、草や木、道端の石ころに至るまで森羅万象、全ての有情無情の為に、一人、身を捧げつつ、自身が神へと化身するが如くに、人柱宜しく全ての全宇宙の身代わりとなる事を想定し自ら省み望みつつ、世界日本唯一、大石寺秘蔵の、三大秘法の戒壇の大御本尊様にこの身で一意専心で祈りを捧げて参ります。
尚、その期間中、おそらく、携帯スマホがいじれる環境下以外は全て、スマホが禁止若しくは自粛となるやも知れません。その時に免じて、今から謝して謝らせて頂きます。誠に申し訳御座いません。
しかし、その二両日。三十日のお寺帰着当日は、非常なる疲労困憊が予想され、自身のブログUP、YouTube動画UP、FacebookUP、X旧ツイッターUP等々の各種自前自作SNSの更新は不可能に近いと御判断御理解下さい。私も可能な限り、ネット接触を試みますが、電波の関係上等、様々な事象がある為、それらを勘案して、全ての自身のメディアの自粛を暫くさせて頂きます。悪しからず。ご了承下さいませ。
それについて、皆様のサイトに立ち寄り、いいね、等々、絶対にとは言えませんが、出来兼ねる状況下にある事だけはご理解御容赦下さい。何しろ、電波状況が格段に福島県郡山市などに比べて、悪化する事も予想され得るからです。
それだけのどかな雰囲気の地域であって、私は一日、ネットなど無くても別段困らない。むしろ、「ネット断ち」出来て幸せ、位に思えれば最高に良いのだと思います。

再度、よしなに。wainai、再度、長文失礼につき方々

日蓮正宗の情報についての、若干の補足、大綱、私の思う所[アメブロよりプロフィール記事転載]

2025年03月23日 16時11分29秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
(リンク飛びます)
日蓮正宗の信徒であります。それ以外の、何者でも御座いません。以前は、邪教神社神道、邪教キリスト教、新興宗教邪教の創価学会を信じて居りました。

けれども、平成二十九年2017年2月8日、突如、思い考え到る所がありまして、福島県郡山市土瓜1-100の、日蓮正宗無量山寿海寺にて、高齢の母と共に、私は、駆け込み寺宜しく、母より一歩先に私がお寺に御参詣を致し、お寺の当時講頭を勤められた初の女性講頭の方それから御住職様にも私以外の家族、母も薦められ、実際には母は私に続きその日のうちに、母は私の後すぐに手配手際よく、一緒に、私はその日、二度目の、勧誡式を執り行って頂き、あの、諸悪の根源だった、創価のニセ本尊を手放し、明け渡し、その謗法物は打ち捨てて、新たなる出発、門出の象徴たる、正真の、第六十八世日如御法主上人猊下様の真新しい御本尊様を御下附御貸下げ頂きました。誠に、僭越ながら、喜びの極み渦中に居りました。

今でもその気持ちは一切、変わっては居りませぬ。慶び歓喜の毎日であります。

そしてその日、我が家にて、御住職様、御信徒の皆様御臨席の下、入仏式を執り行い、我が家の母が昔、平成二年に、父が亡くなった際に買い求めた、母も私も大のお気に入りの、赤色の、お仏壇にて、御本尊様を御安置頂きました。誠に有難い限りであります。

この御恩に報いる為、私は日夜、勤行唱題、自行化他に亘る、教学も身に着ける為の研鑽に、日々励み、お寺に日々通い参詣しつつ、参学し、頑張って勉強して居る次第です。

創価発行、御書全集に、戸田先生曰く、『宗祖日蓮大聖人様のたまわく、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」と。(日蓮正宗は、宗祖日蓮大聖人以来、これを創始して、代々、第二祖開山日興上人、第三祖日目上人以降以後、歴代の御法主上人猊下様方に見事にその血脈は引き継がれ、)この金言を遵奉して純真強盛な信心に基づき、行学の二道を励むと共に、如説の折伏行に邁進して来たが、剣豪の修業を思わせるが如きのその厳格なる鍛錬は、「日蓮正宗」の伝統・名誉ある特徴となつている。』(創価学会第二代会長戸田城聖先生の有名な流麗なる素晴らしき美文、「発刊の辞」冒頭の文・昭和時代当時の御書「新編日蓮大聖人御書全集・日蓮正宗大石寺版」昭和五十三年六月八日第一二八刷、編者・日蓮正宗五十九世法主・堀日亨(御法主上人猊下様)。出版願主・創価学会第二代会長・戸田城聖(先生)。「御書全集」の本の出版物の背表紙のタイトル、題名、原題、字句は昭和時代のもの、そのまま。一切改変無し。創価が日蓮正宗を名乗っていた当時からの証拠品。その振る舞い。本。

私が東京新宿に当時住んでいた故叔父さんから頂いた、おそらくは日蓮正宗創価学会時代の亡くなったおばあちゃんの形見分けの時の本がこの御書全集であり、叔父さんから直接頂いて、今は現在はこの本はうちに保管、存在し、置いてある)。

この文章は、創価の以前発行していた御書を、私なりに戸田先生の御遺志を、御志を汲み、少々字句を代えて、平成二年に勃発した、それ以前からも、「昭和五十二年路線」などあるが、今まさに宗門を揺るがした大問題、「創価学会問題」に端を発して今現在も疲弊して居る、現代日蓮正宗信徒向けに、若干、その文を、改訳、改変、趣意で私なりの創価への意趣返しで、私があらわしたものである。

要点・「戸田先生発刊の辞の引用文の、大鍵括弧内『』の、()半丸括弧書きの部分がその箇所。元々はこの個所に、牧口初代会長の事などが書かれた。池田氏の事などは、当然、一切、出て来ない。出てくる根拠も当然、全くない、有り得ない。

池田ファンクラブの皆さん、残念でした。読者の皆さん、そこの所を、誠に、了とせられたい。

元々、この御書全集も、日蓮正宗側の、堀日亨上人が御協力遊ばされて出来上がった、元々は、日蓮正宗「御書」であったのである。それを、出版社聖教新聞社ゴリ押しの下、版権がそちら側にあるのを押し通して、それを無理やり通して、自分ら専用の、新興宗教創価学会の御書にすり替えた。

しかし、経年たって、それらが、日蓮正宗に元々は在籍していた団体、宗教の出自がバレるのを怖れた創価側は、卑劣にも、令和年間、令和の御代の最初の方の年に、新たな持ち運び不能の、巨大辞書のような、得体の知れぬ「ニセ御書」を新たに発刊するに至る。

そこには、当然、古き良き時代の、戸田先生の「発刊の辞」などは全く影を潜め、現在、死亡説も流布している(当時。現在、二〇二三年十一月十五日池田大作死亡・東京都新宿区) 、創価学会名誉会長池田大作氏による、絵空事のような、空文・虚言・デマとも言うべき、美辞麗句に彩られた文章群が、恐らく、ゴーストライターの手によって書かれたのであろう。それらが、正に、それこそが、珍奇でけったいで、怪しげな、創価が新興宗教教団団体である事を全てが物語る。

日蓮正宗の御書「平成新編・日蓮大聖人御書・大石寺」は、平成六年七月十六日発行し、私の手持ちの新編御書は、平成二十六年七月十六日第七刷、である。監修・日蓮正宗総本山第六十七世阿部日顕御法主上人猊下様、編纂が、御書編纂会・代表・藤本日潤総監、御尊師である。発行は勿論、日蓮正宗総本山・富士大石寺。発行所は、KK大日蓮出版、である。

そこで話は代わり、ここからは、創価も含めた、異流義三派について簡単に批判の概略を述べる。

この異流義三派とは、日蓮正宗御宗門に破門された、創価学会・顕正会・正信会の新興宗教三派を言う。

これら団体は、特に現在、他教団の中では、一番日蓮正宗の批判に躍起となって横暴を振るう、悪徳宗教団体である。

その関係上、日蓮正宗としても、これをやすやすと見過ごし看過する事は出来ない。

創価は平成二年三年から狂い、その兆候は昭和五十二年路線の頃から見られたが、いずれにしても今は亡き、池田大作の誤った指導に負う所が大きい。派手に反社勢力を使った暴力事件等もよく起こすので有名。

顕正会は、第六十六世日達上人が否定した、「国立戒壇」に固執し続け、暴力事件も起こし、宗門から最初に破門された。

正信会は、急進的な団体で、規模は小さいが、全国で旧正宗寺院に不法占拠を続けている。裁判判例では、一代限りの住職の居住は認められるが、その後は日蓮正宗に寺院を返還する事が義務付けられ守り求めらている。顕正会に続き二番目に宗門より破門に付された。

いずれも暴力宗教で、問題を各地で起こしているのは枚挙にいとまがない。その根源は皆、日蓮正宗、特に御法主上人猊下様の御意に背き、その勝手気ままな謗法路線、十四誹謗の為せる業。最もこれら三派が大謗法の一闡提人であり、救い難い、許し難い、絶対に許せない、堕地獄必定の破仏法の人間共なのである。

しかし、これらの人々にも必ずや仏性は有り、仏様の大慈悲から申しても、救ってやらねばならぬ。

どんなに彼らが現在、威勢のいい事を言ったとしても、やがては滅び去る運命。

彼等には『相伝』がない。あると言い張ってもこれは決してない。仏教は『相伝仏法』である。相伝が無いと話にならず始まらない。そこでこれら新興宗教教団の異流義三派は皆、根無し草の教団だ。身寄りのない、みすぼらしい、最後は消滅する以外にない運命宿命。

現在は良くても後が怖い。これら三派に属した事が、謗法の因を積む結果となる。

大聖人様の『御書』の『如説修行抄』にある御文に「紛らわしくば実教より之を責むべし」とある。

彼等の教えは皆、正宗の借り物、張りぼて宗教が彼等の実態だ。ちっとも「実教」じゃない。

おそらく「権教」「爾前権教」の葬式仏教・旧来の伝統仏教の姿とも異なる。

だからそれ故、権経にも劣る『外道宗教』何度も言って来たが『新興宗教教団』が彼等の本質だが、そこを責める。実教、真の教えの、人法一箇の人本尊・法本尊具備の、我らの日蓮正宗法華講から、狼煙を上げてこれら邪教三派を日本国から根絶やしに根絶する。その為の尽力協力努力根性はこちらは決して惜しまない。それ位の心意気!

江戸時代の異流義二派、三鳥派、堅樹派、ですら、江戸末期・明治中期にはその息の根を止めた。日蓮正宗の正統な血脈付法・血脈相承の「富士の清流」のその流れは永遠に続くのである。これが一仏乗の真の仏様の御教えの姿なのである。

先程からも申して居る通り、「実教より之を責むべし」紛らわしいんだから、これが日蓮正宗としての折伏正意の正しい在り方なのである。

これ以上、この話、日本国内における、宗教事情を話しても、日蓮正宗御宗門のお話は誠に有意義で有益な話ではあるが、創価顕正正信会等異流義の話などは全くもってして時間のムダである。話の目を世界に転ずる。

世界で日蓮正宗は、間違いなく、世界広宣流布を目指して奮闘中である。世界の主要国主要都市には、必ず、日蓮正宗寺院がある。しかし、ない場所も非常に多い。

この解決に当たって、我ら正宗信徒僧俗一同は、皆で一致協力して、この問題に対処していかねばなるまい。それには、人手もお金も実際には要る。
先程の話、お金がリーズナブル、に矛盾するようだが、実際には、寺院経営、寺院を護り、守護するには、必要最低限のお金が掛かる事は最低限、知識としてルール・マナーとして持っていよう。その時その為に、「御供養」という制度がある。

これは、信徒達が、自発的な真心で、衷心から、切なる思いで、発露されるときに見事、発揮、表現され、結果、結実し、実現する。日蓮正宗では、強制的な、自発性に基づかない、「依法不依人」(法に依って人に依らず)の精神に違う、真からの、自発性に基づかない御供養は、有難いとは思われない。大聖人様も、大御本尊様も、当然、喜ばれないであろう。それは、「強制」「強奪」以外の何物でもないからである。
従って、自由意思に基づき、自由な裁量に任せて、経済上の自由な計画設計をし考え抜いた末挙句に、自分なりの金額、経済的な、家計の負担と成らない軽い程度の負担の範囲内において、自分で額を決めて宜しいのである。

尚、御供養には、身の供養、財の供養、法の供養の、三つの供養がある事を御留意されたい。

身の供養とは身体を捧げて、この身をもって捧げる、供養。お寺の草むしり、お掃除ほか等々。財の供養とは、金銭のみならず、食物供物等も含まれるであろう。法の供養とは、広くは折伏行である。

金銭だけが、御供養ではないのである。折伏するのも御供養。お寺の草むしりをするのも御供養。

お寺側、御宗門側では、一切、この金額以上を出せ、等と言う、狭い料簡などは、関知せず、つべこべ絶対に言いはしない。

これは、鉄の結束で守られる。安心して欲しい。

ただ、お金に余裕のある方は、なるべくなら、出せる範囲内で、出した方が良いに決まっている。

仏教では、吝嗇、慳貪の罪と言って、大金持ちで、お金が大金があるのに、ケチ、出し惜しみは罰当たり、罪の一つとして、戒められている。それは、大聖人様、釈尊の時代から、何一つ変わらない。しみったれたケチは、大罪である。

古い経典には、土泥で作った団子もちを、釈尊に捧げて、後の世で、王の位にまで上り詰めた童子の故事や、貧女の一灯といって、貧しくとも、精いっぱいの、真心の御供養が、見事に実った有り様が逸話として、残されている。

ついには、御供養の大事まで話してしまった。もう、字数も余り足りなくなってきたようだ。実際はまだ字数に余裕があるが、幾ら多弁の私でも、今日はこれでこの辺で勘弁願いたいと思う。これは話過ぎ、書き過ぎだ。

いつかまた、どこかの街で、必ず、再会しましょう。このページに来れば、いつでも私に会える!


私の文章に会える、いつでも読む事が出来る!あんまり更新は頻繁ではないが…。それも悩みの種。ここよりも、私の本陣の、第一ブログ、本当の意味での、出発点のブログは、あちらのgooブログの方が、更新は頻繁です。

こっちはずっとほったらかし状態。そのgoo blog,グーブログの検索方法は、Yahoo!ヤフーか、Googleグーグルの検索エンジン、にて、「検索窓」に「私が思う あのこと(このこと)」か、or、「wainai123753」という、URLの略称、これはこちらの、アメーバブログの名前名でもあるんですが、gooブログでも共通な文字で特別に同じく作ったので、この検索方法でも行けます。当然、有りです。どちらも、gooもアメーバも、両方、この「wainai123753」では表示されると思います。

今やったら、検索掛けたらその通り、どっちも出ました。検索結果が有効に作用してます。アメーバもgooも。

これからは、こちらのブログにても、日蓮正宗の記事も、いつもの福祉・病院関係の記事よりも、多少大目に出来ればいいな、とも思います。いいな、と思うだけで、余り確証はできませんが。

それよか、趣味の話題も、女の子みたいに、多趣味の私は、てんこ盛りで、話したい事は山程あると言う、今はそんな気分です。

心に一点の曇りなし。晴れがましい気分で今は居りまするぞよ。

とにかく、腹減ったー。飲み物も飲みたい。(今の私の正直な気持ち)。

一言、簡単に。(矛盾するなあ)。ここまでにしておきます。

愛する皆様へ、真心からの慈悲と心と義理人情をありったけに込めて膨らませて、詰め込んで文章として、贈ります。


ここで一言。英文にて何故かご挨拶文。
愛する猊下様へ。Thank You for Your Kindness and Tenderness, Mr.Geika-sama, Sir! Thank You for Your Love and Smile, Mr.Geika-sama, Sir! May Peace Last Forever and Ever! I Love Your Lovely Lovely Smile and Your The Best Wonderful Speeches, Mr. Geika-sama, Sir! Please Please Me! I Love You,Mr.Geika-sama, Sir! I Have Respect For You, Mr. Geika-sama, Sir! Sincerely, I Like You, I Love Dear Gohossushounin-geika-sama, Sir! Mr.Geika-sama,Nichiren-Daishonin-sama,Daigohonzon-sama,Jukaiji-Temple's Priest,Mr. Gojushoku-sama, and You are My All of The Best Things, Sir! I Keep Believing All of The Teachings In My Life, and The Instructions,and The Advices,In My All of The Life, Precious Times All of My Life, Forever, Sir! Thank You So Much, I'll Say Again, Forever, Please, Please, Mr.Geika-sama, Sir! I'm Honaored To Accept Your Offer, Gladly, At Once,At Quickly, Sir!
"Iza Kamakura! "Do The Action Go To Drive and To Do On The Road To Kamakura,and Sohonnzann-Fuji-Taisekiji-temple,in The Japanese Language. Let's Provide Support For Do The Best To Mr. Geika-sama,Sir!

以上。よしなに。wainai123753,Good Luck!
Please,Thank You Very Much, For All Of The Peaple and All Living Things, and For More Living Things Of All, For Everybody And Everywhere.
  • メッセージ
  • ピグ
  • 画像一覧
SNS



ブログランキング
公式ジャンルランキング
シニア
868位全体ブログランキング67,236位
アメンバー
もっとみる
承認されたアメンバーがいません
アメンバーについて



Ameba人気の記事
Amebaトピックス




wainai123753[アメーバブログより詳細プロフィール記事を転載]

2025年03月23日 16時06分07秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学

wainai123753プロフィールを編集
(リンク飛びます)
私は、日蓮正宗の信徒です。信心をしていると、良い事が起こる事が多い気がします。しかし、良い事をすれば、仏法の因果の法則により、良い事が起こりますが、悪い事をすれば、悪い結果として顕れます。
しかし、それも、それを触媒とする、縁によって変わって来ます。良い縁は良き結果に、悪縁は悪い結果へと導かれます。
こう考えると、因縁果報というものは、中々にむつかしい感じが致します。その因縁果報、結果いかんによっては、人生も大幅に変化を遂げてしまう事でしょう。
それを、日蓮正宗では、「宿命転換」「宿業転換」こう申し上げます。
この真理は、三大秘法の本門戒壇の大御本尊様、乃至は、これを時の御法主上人猊下様が御書写為された、御本尊様(常住・御形木問わず)に対する、真摯で、真剣な、真面目で、本気であり、凄んでいて、本当にかなえてみせると言う「南無妙法蓮華経」の「御題目」の気の遠くなるような、根気・根性・気迫・自己努力・凄みを利かせる程の、時には利他の、他を利する精神性が必要であります。
しかし、幸せになる為には、これ以外、道、方法が全く無いのです。これ以外の、幾ら宗教がこの世に五万とあろうが、全く無力・非力です。今の宗教界には、その「塗炭の苦しみ」(日如第六十八世御法主上人猊下様のよーく仰るフレーズ・決まり文句)を味合わせている元凶が、これら邪宗教共にあり、と、敢然と見抜く勇気と智慧が必要です。それこそが日蓮正宗の使命です。
これらが為に、我ら、日蓮正宗信徒僧俗一同たちは、日夜、労をいとわず、日々、教学の研鑽に励み、猊下様、御住職様から、御指導、御鞭撻を有難く勿体なくも頂き、分け与えられ、分かち与えられて居るので御座います。
これらの御恩徳に、それらは御本仏宗祖日蓮大聖人様も説いて居られる、「四恩」父母の恩、国主の恩、衆生の恩、三宝の恩(大恩ある、仏法僧の恩)この四つの恩に報いる為に、我ら日蓮正宗信徒たちは、日々邁進している訳であります。
この、最後に出て来た、四恩の一つの、仏教仏法では、最も大事ともいえる、「三宝の恩」の「三宝」、これは、仏宝=久遠元初の自受用報身如来である御本仏宗祖日蓮大聖人様、法宝=文底獨一本門の三大秘法の戒壇の大御本尊様、僧宝=第二祖日興上人をはじめとする歴代の御法主上人猊下様方、を言う。
これら、我らが宗派、唯授一人、法水写瓶、血脈相承、法灯連綿の、伝統宗教・伝統法規法義であり、高等宗教の最たるものこそが、我らが「日蓮正宗」である、大仏法大仏教大宗教哲学哲理の、世界に冠たる、「日蓮正宗」以外には、我ら人類が真に幸福になれる信心、宗教は、全くこの世には、有り得ない、全く他には無いのである。
この真実、真理、哲理を、貴方方、まだ信じるに至らない者たち、そなた方は、信ずることが出来るか?私が今申すのは、これは、真理、真実の言葉である。これを信じる以外に無い、全く有り得ない。我々と同じく、信ずる者と成ろうではないか?如何で御座ろうか。
この真理に基づく、唯一の根本原理、は、「人法一箇」の、「人本尊」が、宗祖日蓮大聖人様、「法本尊」が、大日本国駿河の国の、東海地方現静岡県富士宮市上条にある、霊峰富士山の麓、妙相の名地、土地、大景地、風光明媚な、厳かであり、実に静かな場所、佇まいを持った処、日蓮正宗総本山大石寺の奉安堂に御安置、御格護されている、その場所が御霊地の、三大秘法の本門戒壇の大御本尊様、これである。
これ以外に、我ら人種も問わずに、出自、出身も問われずに、門地も問われずに、職業貴賤も問われずに、収入も問われずに、老若男女問わずに、正にこれが全人類が残さず余さずに、人の為に実際なり、有為に、人が体得習得出来得る宗教である。これ以外には、断然、有り得ない。これしかないのである!
この事実を知った者は、今すぐアクション、行動力を持って、示すべきである。
貴方の近くにある、正宗寺院に、今すぐに、なるべくなら、御住職様が御就寝あそばされる時間帯までに、必ず、駆け込み寺の如くに、夜討ち朝駆けして、打ち参じて、駆け付け、いざ鎌倉!、今すぐ、お寺の御対応を御受けし、その御指導に従うべきである。その際、事前に電話して予約を取るのは、社会人ともなれば必須の要件だろう。
皆さん心配する、金銭的な心配はほとんど要らない。正宗は、極めてリーズナブルである。困った人からは、金銭を強制的に取り上げる事などしない。
それは、統一教会、創価学会、顕正会、世界中のキリスト教イスラム教等々の、カルトセクト邪宗教共にやらせ任せておけばよい。
我が宗派はそんな事はせず、一切関知せず、素知らぬ顔である。そして、それらの邪師による邪義邪法邪道邪説邪淫邪宗邪教の淫祀邪教共を、滅多打ちにして、ズタボロにして、殲滅、撲滅、壊滅、破邪顕正の闘いも合わせた、法華折伏・破権門理の法門法是、自行化他行を重んじているのが、我らが「日蓮正宗」である。
この、今ホットになりつつある宗教宗派に、なびかず就かずして、一体何を望み信じようと言うのか?一般大衆、一般世間の、一切衆生よ!さあ、目覚めよ!目指せ仏国土建設を!槌音高らかに!
この世に於いて、仏国土、仏様の真に住まわれる、仏様の御慶びになられる土地、国、世界を作り、建設してゆく事に、我らは力を合わせて、邁進し、頑張って人生をこの目的の為に、御奉仕、御奉公してゆこうではないか。のお、皆の衆。それに先立ち、御同輩、御朋友、諸先輩後輩方、人生の先達者、後進の殿方女性陣、紳士淑女、老若男女の、一切衆生の方々の者達皆様方よ!
日蓮正宗側に付いた暁には、我ら信徒一同、「善男善女」の一員、御同輩として、大いに振舞ってやって下さい。そして頑張って、信心に、折伏に、共々一緒になって血の汗を流してでもお寺に尽くし、励んで参りましょう。それが信徒の道です。信徒の覚悟です。覚悟で全ては決まります。
講頭さん副講頭さん始め、先輩諸氏の言い付け、特に御法主上人猊下様、お寺の御住職様の言い付けには、背いては決してなりません。これが血の結束・お約束です。ものの筋目を守り違えず、道理を糺す(正す)、と言う事です。これを違えないように。私からの御忠告、御注進であります。

最初の内は、そんなに堅苦しくならなくて結構です。私も通って来た道なので、分かりますし、全て、了解しています。最初は、まあ、何でも許されますが、年端も行くと、そうも言ってはいられないです。
正に今の私の状況下が、全てを物語ります。私も反省をしなければいけない時期に差し掛かって居ります。全てを反省して、又、出直し、です。
また最初からやり直したって、いいじゃありませんか。一向、構やしません。自分の人生なんですもの。人の勝手。一生が勉強の、人生大学、社会大学の大学生。一生現役学生、生涯学習、卒業無しの、「一生が仏道修行」の途上、遥かかなたの道中の最中である。
正に、そうとしか言えない。そう言い切るしかない。それが現実。まさに、そう。それが今の私。私の直面する現実。それはそうと言える事。そう解釈して、人様から判断されても一向、構わない。それが私の生き方生き様の要諦。「不自惜身命」「煩悩即菩提」「信心即生活」の私達の生き様を是非ともお見せ致しましょう。
私流の流儀の、私しか歩めない、誰人も邪魔立て出来ない、私だけのあるがままの人生を、今、後悔なく、反省すべきは反省を致して、わたしはただ、真っ直ぐにこの道のみに生きるのみ。
これ以外には、方法は、無い。全く、無い。この道以外は、全く、有り得ない。ただ私は、実際、この人生を「日蓮正宗」と共に、これのみに、実践し尽くして、生きてゆき生き切るのみ。
日蓮正宗、万歳!!!総本山大石寺、万歳!!!大聖人様、万歳!!!大御本尊様、万歳!!!御法主上人猊下様、万歳!!!末寺の御住職様、万歳!!!法華経、万歳!!!事の一念三千の法門よ、万歳!!!宿命転換の原理の法門よ、万歳!!!

南無妙法蓮華経!!!

More Chanting!

より一層の、御題目を!唱題行を、その唱和した声を、皆さんで、唱え上げ続けて参りましょう!

この世の永世平和、広宣流布大願成就の為に!

南無妙法蓮華経!

以上。よしなに。wainai
生年月日1972年08月25日性別男性血液型B出身地神奈川県居住地福島県ステータス未婚
最新の記事
三大秘法の戒壇の大御本尊様への道 and 福祉医療 wainai123753のブログ
  • 御住職様御子息御僧侶様の御説法からー自行化他行は車の両輪。時々点検を・日蓮正宗
    テーマ: ブログ
    2025年03月22日 23時40分2
  • 短歌教室休む、一報入れるも、何の連絡知らせもなし、同じく生オケサークルも。公民館を舞台にして
    テーマ: ブログ
    2025年03月22日 20時20分1
  • 質問会集、日蓮正宗。冒頭、私の政治論。悪党共の自公政権を倒すには。校歌ハーモニカ
    テーマ: ブログ
    2025年03月21日 17時53分1
  • 創価学会員への『折伏教本』日蓮正宗
    テーマ: ブログ
    2025年03月20日 23時34分1
  • [朗読]日蓮正宗壽海寺・春季彼岸会2025・R7.3.20(木)『大集経』壽海寺講中便り他
    テーマ: ブログ
    2025年03月20日 23時23分3
画像一覧
画像一覧へ

私の第二ブログの『巻頭言』「三大秘法の戒壇の大御本尊様への道and福祉医療wainai123753のブログ」からの引用

2025年03月23日 15時36分51秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
この長いタイトルのブログ名が、私の第二・隠れ遊び遊楽道楽ブログなのである。しかし時に真面目である。
否、全編通して、真面目ブログである。遊びの要素は余りないが、趣味的なモノはある。
そして、自身の福祉医療の話。過去から現在を見据えた、出来事や、想像力を働かせて、多分に多面的に頭をフレキシブルに柔軟性を持って、それら諸問題と取り組む姿、姿勢を自身の事案、事実、現実をリアリティーを持って書き綴っている。
今の所更新もそれ程頻繁でもなく滞り、こちらgooブログの焼き直し的カーボンコピー的コピペ的ブログと化している。
しかし、今回は、アメーバブログ側から、こちら、gooブログ側への応酬、殴り込みの様な観を呈している。自分で言うのもなんだが。
(リンク飛びます)

実に怖ろしく長いタイトル名のブログだと我ながら感心する。感心している場合ではない。
ここでは、私は、これら諸タイトルの記事を、かなりの長文で載せている。しかし、ここより不人気ブログの為、人様の目に触れる機会がほとんどない、と来ている。
そこで、日の目をこれら文章群にも触れさせ当てたいと思い、今回のコピペ、コピーアンドペーストによる発表とさせて頂く。これは都合、三回分のブログ記事発表、長文失礼に付き、となります。主に書いているのは自身が信じ標榜する人生の座標軸「日蓮正宗」の御事であります。本当に長文なんで、時間の許す限り、時間を有効に皆さん使って下さい。しかし、長年、ブログ執筆で鍛えた文章力なのでそれなりには自信があります。ご期待ください。時間厳守で!
では、始まります。

(同じリンクに飛びます)

日蓮正宗の極意、極説は、即ち、獨一の三大秘法の本門戒壇の大御本尊様、この一事に尽きます。
この大御本尊様は、その住所・所在地は、大日本国東海地方静岡県富士宮市上条2057番地にある、富士山ろくの麓(ふもと)、駿河湾を前に臨む、絶景の土地、大景勝地、総本山富士大石寺にまします。

私は、日蓮正宗信徒でありますが、昭和二十年・三十年代までの創価学会は、紛れもなく、日蓮正宗の本来の信徒の姿、信徒の鑑でありました。
これに鑑み、私も、尚も、現代においては、否、池田大作氏率いる現創価学会は御宗門に破門までされて、否定さるべき存在へと成り果てました。古今東西を問わず、人法一箇の宗祖日蓮大聖人様・大御本尊様は言うに及ばず、日蓮正宗御法主上人猊下様にこそ全ての権能が備わり、付き従うのが全てに優先するとの自覚に自ら立ち、猊下様、尚且つ、自らの所属する福島県郡山市土瓜の、菩提寺・日蓮正宗無量山寿海寺の末寺の小師、御住職様に付き従い、敬服し、信服随従して護持し奉り、守ってゆくのが、大御本尊様を振り仰ぎつつ、それが、本宗信徒の務めであるとの洗練された自意識・美学に裏打ちされた、我ら日蓮正宗信徒の日常を綴っていくのが、本稿、本ブログの第一義の唯一の使命目的であると思い立ち、一切に先駆け、これを立ち上げ、このブログの巻頭の言葉とさせて頂きます。

尚、断り書きと致しましては、このブログは、私に関わりのある、大事な福祉・病院関連・趣味等々、その他の関係の話題が多いのも、寧ろ、そちらが主となり得る事も、このブログの特徴の一つである事をも、特記・銘記して置きます。それらに付随して、宗旨の御事、日蓮正宗・御本仏宗祖日蓮大聖人様・大御本尊様・御法主上人猊下様(本師)・菩提寺の末寺の御住職様(小師)、お寺の講頭さん始め、役員さんの方々に付き従う、我が身を省みる、時折、自制・自省的な、文章体、文章スタイルを、しばしば取る事を、ここに付言・明言して置く事に致します。悪しからず。おぼろげながら、大体において、日蓮正宗の事が判って頂きたい、日蓮正宗って、こんな宗教なんだ、と言う事が、まず原因があり全ての縁により起こる全ての結果が、多面的、一切を含む事象、事柄から、導き出され、結論付けられ、原因があるから結果がある、縁に触れて、良縁にも悪縁にも為り得る、それが良い結果・悪い結果となって顕れる。過去・現在・未来、深い甚深の教えが仏法仏教の、因果論・因果律に基づく、全ては人生が、私共、それが、日蓮正宗法華講信徒の人生の一コマ、人生の一端なんだ、しかし、自身の、御本尊様との、一対一の対話による、即ち、御題目による、宿命・宿業転換によって、全ては激変し、脱却でき、改革変革でき、一個人の運命、宿命すらも代える事が出来るのがこの素晴らしい立派な御教えである、という基本的な御理解で宜しいと思います。そう思って下さい。よろしく。

又又、尚、私は、このブログ以外にも、gooブログにて、こちらのここのアメーバブログはまだ自身、歴史も日も浅いが、そちらあちらgooでは、以前は2009年からブログ記事をひたすらに綴って来たが、2017年の、私の創価学会から、日蓮正宗への、帰伏、電撃的改宗、宗旨替えによる、創価側からの非難、炎上により、後、私の側からも、それら過去のブログ記事と、現在の日蓮正宗に代わった時点で、整合性が取れなくなり、その年の三月位にそのブログを退会した。もう、二度と、ブログをやる積りなど毛頭も無かった。
けれども、我が菩提寺、無量山寿海寺のお寺の或る御方(栃木のOKsureさん)に、再度、メールにて、私が書き送る、長文を日頃から書き綴り、馴染み慣れ親しんだ私めに対して、そんなに文章を書き綴るのが好きならば、再開したらと一言お誘いを受けて、その気になり、丁度その年の六月七月ごろ、同じくgooブログにて、もう一度改めてブログ再開の運びとなった。気分一新の、復活劇、再開を果たした。久々に戻って来た感があった。
そして、年月が過ぎ、自分の第二のブログ、ここのこちらの事だが、もっと本音で語れる、本音ブログ、気心の知れた、裏ブログ・副ブログ的なもの、或いは又gooブログをかいつまんで簡略化し、コピーアンドペースト、コピペにはなるが、二次的制作で焼き直しとはなるが、ダイジェスト版の私の近況を伝えるブログとしての体裁記録を創作したい意欲・熱意に駆られて、よって、始まりました。私の普段からの主戦場、活躍の場は主にgooブログですが、ここ、こちらのアメーバブログは、思っていることを率直に申し上げられる、自由でフランクな、第一番に息抜き、安息的ブログにしてゆきたいと思っております。
以下に参考に、その以前、2017年平成二十九年からの、日蓮正宗に生まれ変わった当初からの、同時進行形の、もう一つのブログ形式・形態、gooブログURLを此処に改めて記す。
(以下、そのgooブログURLを引用する)

https://blog.goo.ne.jp/syousyu-wainai123753

以上。よしなに。wainaiより、親愛なる、現在・及び将来の日蓮正宗信徒になり得る、なり通す気概のある人もない人も、冷やかし結構、読者諸氏諸賢の皆様方へ。長文失礼。

  • 次ページ
  • ブログトップ
  • 記事一覧
  • 画像一覧

最新の記事

  • 御住職様御子息御僧侶様の御説法からー自行化他行は車の両輪。時々点検を・日蓮正宗
  • 短歌教室休む、一報入れるも、何の連絡知らせもなし、同じく生オケサークルも。公民館を舞台にして
  • 質問会集、日蓮正宗。冒頭、私の政治論。悪党共の自公政権を倒すには。校歌ハーモニカ
  • 創価学会員への『折伏教本』日蓮正宗
  • [朗読]日蓮正宗壽海寺・春季彼岸会2025・R7.3.20(木)『大集経』壽海寺講中便り他
  • 私の半生。創価学会から日蓮正宗入信に至るまで(2)続き
  • 初めエレキの話、私の半生。創価学会から日蓮正宗入信に至るまで(1)
  • Facebook経由で、柴田淳さんの男性としての私のカラオケ歌唱曲です。
  • スクワイアbyフェンダー・テレキャスターを購入~最後は何故か母への親孝行へのお話し,長文失礼
  • 事の一念三千とは、『御本尊様』の事也
  • Re: 安倍首相の功績、wainai 福祉関係者お寺の方々に送ったメールの中から
  • トラベルサイレントギターDonner HUSH-X購入。本日、女医先生との音楽話に盛んに花が咲く
  • 昨日、二月二日は、日蓮正宗無量山寿海寺にて、節分会
  • 「大御本尊様への道wainai123」へYouTube動画チャンネル名を変更
  • Donner DST-80R ブルー・エレキギター初心者セット購入の話 ※長文失礼

一覧を見る

AD

テーマ

  • ブログ ( 112 )

一覧を見る

月別

  • 2025年開く
  • 2024年開く
  • 2023年開く
  • 2022年開く

一覧を見る

AD

カレンダー

2025年 3月


日月火水木金土






1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031

このブログのフォロワー

  • もりたかずゆきの今は人生を語りますの時間です
  • 静岡市 炭焼鰻 かん吉清水店 静岡市清水区
  • aterier-takkunのジャンクギターレストア日記
  • 少額で始めるシンプルでローリスクなおすすめ投資法
  • みき 寿司屋 大将の妻 / 静岡市 鷹匠 kubota / 愛媛県今治市 出身
  • 90%オフ ◆1円 ペルシャ絨毯◆  ギャッベ 
  • 元創価学会元顕正会の日蓮正宗信徒正(しょう)ちゃんのブログ 。
  • 仏教を学ぶ事がすごく楽しい!信心中心にしたら生活整ってきました!
  • シン日本語教師、i+1
  • 90%オフ ◆1円 ペルシャ絨毯◆  ギャッベ 
  • 定年退職した夫との関係に悩む58歳オバチャンの足りない老後資金
  • ごみ拾い日記 Toshi Shiraiwa【 静岡 】
  • 初心者も簡単に作れる世界に一つだけのあなただけの食器!日常が華やぐ福島県郡山市ポーセラーツ教室Swallow:佐藤紗織

一覧を見る

フォロワー: 16 人

フォロー

プロフィール


wainai123753

  • プロフィール

  • ピグの部屋
性別:男性誕生日:1972年8月25日血液型:B型お住まいの地域:福島県自己紹介:私は、日蓮正宗の信徒です。信心をしていると、良い事が起こる事が多い気がします。しかし、良い事をすれば...

続きを見る >

全体ブログランキング67,236位 ↑ランキング上昇シニアジャンル868位 ↑ランキング上昇

フォロー


最近のコメント


ブックマーク


お気に入りブログ

  • 少額で始めるシンプルでローリスクなおすすめ投資法
  • 正しい宗教・正しい信仰を「水の流れる如く」生涯貫いていく
  • みき 寿司屋 大将の妻 / 静岡市 鷹匠 kubota / 愛媛県今治市 出身
  • 真実の仏法をコツコツと伝える者のブログ 更新
  • シン日本語教師、i+1 更新
  • ラジオの形も時代と主に変化する
  • ごみ拾い日記 Toshi Shiraiwa【 静岡 】 更新
  • 伊藤勇希*ほんとの自分で生きる『夫婦による魅力覚醒講座』 更新
  • 日蓮正宗は正系門家です。
  • 諸宗教、異流儀教団破折
  • 引導衆生のブログ
  • 仏教を学ぶ事がすごく楽しい!信心中心にしたら生活整ってきました!
  • 命がかわることとはこんなに凄いことだったのか、元浄土真宗のお坊さんだった僕が本物の仏教である日蓮正宗に帰依して掴んだ幸せノート
  • 日蓮正宗法華講員のブログ
  • 顕正会をやめて平和に暮らしている人の書くブログ
  • 上の空
  • new-road2021のブログ

一覧を見る

RSS

著作権についてのご注意



引用文献:日蓮正宗本久山西大宣寺様HP2009年2月1日「色心」・「災いを転ずる御本尊 日蓮が魂を墨に染め流して書きて候ぞ日蓮が魂はこの御本尊に過ぎたるはなし」

2025年02月27日 00時00分25秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
閑話休題。それはさておき。大聖人様は、『経王殿御返事』(文永一〇年八月一五日 五二歳 「御書六八五頁」)の中で、(日蓮正宗本久山西大宣寺様HP、鹿児島県の正宗寺院様ホームページURLから)
 「さいはいは愛染のごとく、福は毘沙門のごとくなるべし」――愛染とはインドの言葉の梵語では羅誐(ラーガ)といい、その意味は「愛欲貪染」ということで、妙法五字の光明に照らされて、本来そのものが持つ尊い姿に立ち戻ってからは、人々の煩悩を浄化し、煩悩に染められてしまった生命境涯から解脱させるところからこの名前がつきました。
 人は煩悩の渦にのみこまれている時は、はためには、どんなに手に入れたいと思うものを次々と手にしているように見えても、本人は満ち足りた気持ちを味わうことは全くありません。その煩悩が浄化された時、人は初めて幸福感を得ることができるのです。ゆえに「さいわいは愛染のごとく」と申されました。
 また毘沙門とは四大天王の内の一人で、多聞天ともいいます。世界の中心にそびえるという須弥山の北側の中腹に住み、常に仏の説法を聞き、仏法の道場を守護するはたらきを持つといわれています。
 法華経陀羅尼品では題目の行者を守護することを誓っており、法華経の諸天善神の一人として御本尊の左側の一番上に描かれています。
 この神は「福」を得たり、戦さに勝利することを祈願する神であるところから、「福は毘沙門のごとく」と申されているのです。
 「いかなる処にて遊びたはぶるともつゝがあるべからず。遊行しておそれ無きこと師子王の如くなるべし。十羅刹女の中にも皐諦女の守護ふかゝるべきなり」――皐諦女という方は、十羅刹女の中のお一人で、天上界と人間界との間を自由に行き来することができたので、何処と呼びます。つまりどんな処でも変幻自在に現れては題目の行者を守り抜くのです。
 ですから、いかなる処であそびたわむれていようとも、身に危険が及ぶようなことはありません。ふざけたり、わざと危険をおかしたりしないかぎり、色んな形で守られていくのです。あたかもライオンが悠然として何物にも恐れないように振舞っていきなさい。
 「ただし御信心によるべし。つるぎなんども、すゝまざる人のためには用ふる事なし」――ただし、御本尊のお力も、諸天善神の守護も、すべてはご自身の信心にかかっているのです。どんな名だたる刀でも、その人が気がすすまなかったり、これまで練習もしたことがなく、まるで赤ん坊のように使い方がわからなかったり、あるいは勇気がなかったなら、かえって危なっかしくて、何の役にも立ちません。
 「法華経のつるぎは信心のけなげなる人こそ用ふることなれ。鬼に金棒たるべし」――南無妙法蓮華経の御本尊も、わが身ははかなくも、こと信心に関しては勇ましく、骨身を惜しまず信行に励む人が用いてこそ本来の用をなすもので、まさに鬼に金棒とはこのことなのです。
 「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候ぞ。信じさせ給へ。仏の御意は法華経なり。日蓮がたましひは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし」――この御本尊、ただの文字といってはなりません。『諸宗問答抄』には、「文字はこれ三世諸仏の気命なりと天台釈し給へり」(御書三六ページ)と申されています。
(引用文献:日蓮正宗本久山西大宣寺様HP2009年2月1日「色心」・「災いを転ずる御本尊 日蓮が魂を墨に染め流して書きて候ぞ日蓮が魂はこの御本尊に過ぎたるはなし」)
かなりの長文失礼致しました。全てコピペ、コピーアンドペーストです。一応、自身の所有の御書とも照らし合わせて考えてみました。非常に感銘を受けた次第です。
以上

「江戸の敵を長崎で討つ」(ことわざ)私のYouTube動画コメント欄から同志の方との交友

2025年02月27日 00時00分01秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
@制服美少年
• 9 日前
おはようございます、御生誕会おめでとうございます自分の御寺様にても執行ありました。好天でしたので近辺梅園近くにて街頭させて頂きましたが昨日の御釈迦様ご逝去との絡みにて若干対話させて頂きましたが「そうなんだ!」と感心していた方もいらっしゃいましたが「大聖人様のほうが先の仏様」と話したのですが全く理解不可でした(残念)でもかなり正宗資料受け取って頂けましたが!あと世法案件でありますが貴兄話されていた「五木先生の物捨てない」でしたか冊子楽天にて拝見致しましたので購入中にて自分の部屋でありますが仏間は整然としていますが寝室は3畳間にわざと狭く改装して手が届く範囲に全て物品山積しておる「暖かい」良き部屋でありますが冬季は朝仏間へ移動が「戦い」であります(笑)仏間手間は駅窓口となっており乗車券棚に以前いらした盆経時の御尊師様と講中友達が眼を点にされ驚いていましたが!? 「マニアック生活」に自信持っていますから大丈夫でありましたので!「我が道を行く」ですかね~失礼方々。返信返信 1 件
2

本日は宗祖日蓮大聖人様御誕生会。『当体義抄』(新編六九二)R7年2月16日13時。於:日蓮正宗無量山壽海寺(動画サイトYouTubeの私の作成制作関連動画がURLで開きます)


@wainai12375(私)
• 0 秒前
全く面白き人生ですね。不思議というのか。余程の趣味人であらせられるのですね。 こうして、美少年様と話しておる時が一番の私の心の慰めです。
世の中には、どうしても、邪宗邪教に汚染された、頭の中身までが「パーン」となっておられる方々が非常に多数です。
ほとんど世界を見渡すまでもなく、日本一国に於いてもそれは言え、私は多勢に無勢感を感じざるを得ません。
そこで、私にはどうしても、同志の方々のお助けが必要になります。先輩方が、私のお寺にも沢山おられます。 その観点からも、私はこの日蓮正宗入信帰伏勧誡を受けた当初は、まずは折伏だ、となり、一番にお世話になった、近所の公明党のポスターを毎回デカデカと掲げる、(常にその自宅を座談会場にしていた人、実は夫は創価信者ではなかった)或る母とも一定程度親しかった方を折伏に出かけました。 事前に、日蓮正宗の御本も持って行き、その本を手渡す予定でした。
しかし、そのうちに着いてからの私の汚点は、人生初の折伏という事で、ノリノリとなってしまい、相手側からも、私がその時相当若かったせいもあり、猊下様からは「折伏はケンカじゃない」と常日頃言われていたのにも関わらず、まるでケンカ腰で、その方々夫婦を威嚇して、おまえらは完全に狂い間違っている。今すぐ早くに日蓮正宗に帰伏しろ!この一点で私は強折しました。


それには訳があって、その同じ日のその直前に、私がお寺から帰って来てから気付いたのですが、我が家の母の所に、その一家の妻が我が家を訪れ、母にもう一度、創価学会に来ない?あの頃が懐かしくないの?等と甘言を弄して、母を騙そうとしたのです。 無論、それに動ずる母では御座いませんでした。母は、一応は、その妻から渡された創価学会のパンフレット類、聖教新聞、創価新報、それから、女性好みのお菓子だか飴だかと、ヤクルトの安いニセモノを袋に入れて渡しましたが、母はコワがってしまい、それらを庭に置き捨てたままでずっと家にいて、私が帰って来たら、そういう事だったと、とても怖がっていたのです。
この一件で、完全に母を守ろうと頭がカチンと来た私は、その一家に敢然として乗り込んで行った、という訳です。
そして、私は、お寺で常日頃から学んでいる「依法不依人」法に依って人に依らず、って知ってっか?とその夫婦に訊くと「知らない」と。
そんなはずはないだろうと思うも、この人達は、元は大聖人様の同じ弟子だった、「日蓮正宗創価学会」の時代とは様相を異にした、異教邪教の類に成り下がった、正に常に御住職様が仰られる「池田教」そのものがこの人らの本性そのモノだったのだ、と自然と気付く訳です。
しかし、その正宗の御本を手渡そうとすると、受け取れない、受け取ったら創価文化会館の本部職員に直接手渡す、というので、私は、立派にお金が掛かってるんだぞ、と言いそれを引っ込めた。
後にうちのお寺の栃木のKさんが、それを手渡しても良かったんじゃないの、と聞かれたが、私は、あれは、私が初めてお寺で買った本の一部、今(令和七年二月~)盛んに読んでいる、「大御本尊への信仰を捨てた創価学会をただすー」をただで、相手側のゴミ箱行きとなるのは惜しいから辞めたんだ、と言ったが、返す刀で、その相手方のパンフレットや新聞お菓子ニセモノの安いヤクルトを入れた袋に、この時とばかりに素知らぬ顔をして、日蓮正宗の大白法やら慧妙やら、お寺のパンフ、その他、行事予定表から何やかやを色々詰め込んで入れて置いて来てやった、と告げると、栃木のKさんもニッコリとした。
そして尚も、私からの怒声は続き、その夫婦を責め続けた。その結果が、その妻が「貴方顕正会?」の質問だった。 それに対してこちら側は、「イヤ、違う。我は日蓮正宗無量山寿海寺の信徒であるぞ、人をなめんなよ。」と言い、改めて折伏をじっくりと獲物を追う猛獣の如くに暫し続けた。
その時、そこの夫が運悪く出てきてしまい、何なんだ、とそれ以前から、夫婦して防戦一方で必死みたいだった。 それからまたその妻に、おたく顕正会?と二度も聞かれた。
それでも違う、この大槻町の町内の、壽海寺の信徒だ、と名乗りを再度上げヒートアップすると、その妻は、それじゃダメだ。あそこは日顕(御陰尊上人猊下様)宗の寺だから、とにべもなく突き返した。
それに対して私は、今度からは、絶対に我が家へなど創価の勧誘になんか来るな、と言い渡した。
しかし、それに関しては、その妻は食い下がり、絶対に今度も行く、と執拗となった。
こちらも我慢が出来ず、その時は、母を守る為にも、アンタの命までは保証できないからな、と脅してやった。
だったら辞める、と言い直し、この折伏騒動は終わりを告げた。 後はただ、相手の夫が、自分のうちの庭の中に、私の様な訳の分からない男が入って来たのが気に入らず気に障ったらしく、犬の遠吠えの様に、そうか夫婦の家で勝手に叫んでいた。 そして、私は母からその後も無事だったかと尋ねると、母も貴方は大丈夫だったの、との優しい心遣いがあった。
その後日、私は意気軒昂にお寺に向かい、そこで朝の唱題行が終わると、盛んに自然と昨日の自身の折伏の手柄自慢話の様になっていった。
その意気盛んな私の折伏?話に、或る夫人が疑問を投げ掛けた。そんな、「顕正会」と間違われる様なものが、果たして折伏と呼べるのか、と。
これに対しては私はぐうの音も出なかった。ちょうどその頃は、時々勤行を本当に時々だがサボってしまったり、何か歯車が合わないモーターの様な所が自分にはあった。 それがものの見事に、その罪障の結果として出てしまった。 又、家に帰って、自己反省である。
その時は、お寺に朝晩、二回も通い、うちでも夕べの勤行を母と執り行うから、自分でも何回一日に勤行したのか分からない日々だったが、時として、病院通い、母の同じく病院、福祉の付き添い等々で遅くなると、勤行をどうしても計画通りに出来ない時もあった。
それが如実にあの時の折伏に出た。自身の題目不足であった。
自分では判っていたのだ。どうしてこうなるのかが。 それ以降は、出来るだけ、勤行を生活の中心に据えるようにした。
そうして今がある。私には現在、複数の下種先がある。いずれも邪教だが、以前から、お寺の現在の副講頭さんは私の性格を知り抜いているので、必ず折伏には私と女性二人を、一時期など、お寺の御住職様の奥様と婦人部大先輩と私と、三人で訪れた。
下種は出来た積りでも、中々に、折伏成就、勧誡・御授戒まではいかない。
御本尊下附、入仏式なんて、夢の又、夢だ。
しかし、私は諦めない。御本尊様の前で、常に折伏を人生の根本と決め、誓ったからだ。 魔がどんなに私の面前背後で競おうと、私は負けない自信がある。
それは、第六十八世日如御法主上人絵猊下様が常々仰る御言葉に「魔は絶対に仏様に勝てない。仏様は必ず最後に勝つ!」(趣意)との思し召しだからである。 この言葉に奮い立ち、私の遅い人生の壮年期の青春第二章は、今始まったばかりだ。 以上。よしなに。wainai返信

@wainai12375
• 1 秒前
それにですね(先程の文章の続き)、これはうちのお寺の講頭さんに聞いたんですが、既に私は、講頭さんにはここでの動きを知らせてあります。そして御住職様も御存じです。しかし、講頭さんはこういうんですね。
「私が以前絡まれたり付き合わされた、創価学会員・顕正会員の人物とも思われる、似た文体の人間がwainai君のコメント欄のこの中にも確実に紛れ込んでいる。」と。
こう、はっきりと講頭さんは仰り申されました。 大体、人の文体というものはその人柄を顕し、誤魔化す事が出来ないのだと。 どの人が書いたかが、その人らしさが、その些細な文章にも必ずに顕れ得るものだと。言わば、文体・文章は、その人の個性だと。
だからどんなに言い繕っても、人は騙せない。池田大作著「旧人間革命」と「新人間革命」があれだけ文体が大きく違うのも、旧作は書店経営社長の篠原善太郎氏がものして、その後の新作は、聖教新聞選抜ライターチームが書いていた。完全な池田のゴーストライターだったのだ。これは知らない人も多いが、意外と業界では知られている事実だ。
それ位、創価・顕正会の謀略とは怖ろしいものだ。元はどちらも同根の、『暴力新興宗教』だからだ。
この事実は、私の動画群、ブログが、新たな局面、大袈裟な世だがそうじゃない。自身のネット広布の第二章が幕開け封切られた事を意味します。 特に、そうした一派は、多勢に見えて、逆に数が少ない一人かせいぜい二人とかの場合が多い。
それが虚勢を張ったりして大暴れしている様に見えるが、実際上は、そんなに数は居ないのが実情で、いわゆる、炎上、などというのも、怖れていても、大山鳴動して鼠一匹、であり、こちらの折伏行の妨げとなり得る。
詰まり、実体がハッキリしないだけに、顔の見えない相手との交信程、コワい者はないと思うが、そこが相手の思う壺なのだ。事の一念三千とは、そう言う所でも生きて来ると。悪の権化が一定数いる。それに怖れを為せば、大聖人様の「紛らわしくば、実教より責むべし」との御金言にも逆らい違う事になる。
とにかく、このネット上で、我がお寺の講頭さんが出くわした人物が、これは確証がまだ得られては現段階では言えない形だが、確実にその尻尾を追い詰める努力を、私は買ってでも、とにかく情報戦の世の中を戦い抜いて参りたい。「江戸の敵を長崎で討つ」(ことわざ)。

日蓮正宗の夕べの勤行。大体のあらまし・作法仕方・概略説明[非公式見解]

2025年01月31日 22時11分07秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
日蓮正宗の夕べの勤行。大体のあらまし・作法仕方・概略説明[非公式見解]
初めにおことわりして置きますが、この動画は、日蓮正宗の公式見解では御座いません。その点に留意為さって、一信徒の、かーるい語り口調の砕けた勤行あるある話としてお聞き見て下さいませ。一応一般普通普段の夕べの勤行に沿う形でレクチャーしております。ご参考程度に…。本格的に勤行唱題行を習いたい方は日蓮正宗末寺までどうぞ。信徒一同、首を長くしてご期待してお待ち申し上げております。夢を持つ人、夢を持ちたい人、夢をかなえたい人、夢が持てない人、何人も、日蓮正宗は信ずる気持ちの貴方を支えたいと常に念じております。御授戒・勧誡を受けて、尊い仏子となりましょう。お互いに。いつでも今でも何歳になっても決して遅くはありません。私達は、信徒の一人一人に目を配り、見つめつつ支えてゆく。その気持ちだけは忘れたくは決してないのです。[長時間にわたり誠に申し訳ございません]以上。よしなに。wainai

※編集後記 
最後の方で、大聖人様の相伝で、方便品と自我偈に限ると申したようですが、正しくは、方便品と寿量品に限るの誤りでした。訂正します。よしなに。

『今日は折伏出陣式 !』日蓮正宗・福島布教区広布推進会R7/1/18(土)・レジュメとメモ紙上実況冷や冷や語り

2025年01月18日 17時11分28秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
日蓮正宗・福島布教区広布推進会R7/1/18(土)・レジュメとメモ紙上実況冷や冷や語り
今年初の福島布教区の広布推進会が三春法華寺で開かれました。その模様を、レジュメとメモの書き込みで再現してお送りします。全部が全部、宗教話。これは目をみはる。最初と最後は題目三唱で締めました。以上。よしなに。wainai

今日のひとことー日蓮正宗総本山富士大石寺の事・「平和主義者の事」

2024年12月29日 21時10分32秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学

今日のひとこと
テーマ:今年一番印象に残っている出来事は?
一度投稿すると編集はできません。
毎日10時に更新されます。

Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)
ブログを見る
日蓮正宗総本山富士大石寺に二度行けた事です。しかし、自分なりに、祈りの姿勢に対する反省点もありました。来年こそはもっと良い年になり、行動して、「平和主義者として生きてゆきます」。

立正安国の日蓮正宗、鎮護国家仏教としての威光勢力。世界は無論、日本一国での偉業聖業

2024年12月09日 00時21分38秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 初めに長文失礼します。
 皆さん、近年、何か日本をはじめこの世が、おかしいとは思いませんか?
 昭和二十年代三十年代四十年代は、盛んに創価は「日蓮正宗創価学会」として、日本での所謂折伏で、日本を正に巻き込んでいた。
 その創価の折伏手法は様々な問題点もあったのだが、一応、日本一国広宣流布の出発点として、法華経の一大ムーブメント、大法興隆の起こりとはなった。
 それと同時に、日本の国力もどんどん上がり、右肩上がり成長、高度経済成長となった。
 日本人はエコノミックアニマルと呼ばれ、ジャパンアズナンバーワン等の書籍も売れた。
 しかし、昭和四十年代末、五十年代ともなると、創価は慢心を起こし、言論出版妨害事件、昭和五十二年路線による教義逸脱問題等で、日蓮正宗とも軋轢を生み出していった。
 その頃には、日本経済は低成長となり、しかし、文化は爛熟期を迎えて、株価も上がり、時代はちょうど、バブル景気へと向かった。
 その、バブル景気最中の元号が改まった翌年平成二年初冬十一月。創価学会名誉会長・池田大作氏が大慢心・大謗法を犯して、全国各文化会館での同時衛星中継での、御宗門・御法主上人猊下への悪口罵詈、罵倒の限りを尽くした。
 ここに、日蓮正宗御宗門と、創価学会との間で、再度、約十年振り、期間を置いて宗教上の争いが生じ、同年年末から平成三年までに両者は決裂。平成三年元旦から、創価学会の聖教新聞紙上に於いて、日蓮正宗御宗門を口汚く罵る紙面へと一変。一気に創価学会員の間で御宗門への不信感が高まった。
 ここに、創価本部本体による、宗門憎しの、所属会員達への洗脳が完成する。
 その聖教新聞紙面で使われていた言葉の乱雑さ、汚さ、卑猥さ、えげつなさ。とても日頃、平和と文化と教育の団体、等と呼ばれる筋合いの話ではなくなり、どこぞのチンピラ集団の成れの果ての新聞と変わりがなくなってしまった。
 それらは、全て、あの、池田大作氏が周到な怨念絡みの計画的に仕掛けて練り上げ仕向けられた、悪辣な子供の駄々っ子の様な宗門を故意に陥れる作戦戦略策略であった。
 「俺の十年後を見てろ!あの俺を謝らせた坊主共を絶対に俺にひれ伏させてやる」ちょうど約十年前、池田自身が三代会長を勇退し?!それから名誉会長となり、総本山へお詫び登山までした挙げ句、暫くは大人しくしていたが、本来ならば後ろ盾として忍び、後に続く歴代会長を盛り立て陰で支えなければならない名誉職にある者が、段々と又もや前面に押し出して来て、オレがオレがと、今度は又、大手を振って、余計な大指導者づらをしだしてしまった。この池田大作という人間こそ、名付けて世に言う、大の変節男である。
 そうこうしている内に、日本のバブルもはじけてしまい、世界一の経済力となるかに見えた日本の国力が、その後、長年、GDP世界第二位であったものが、次第にしぼんでしまった。
 邪教創価が支持母体の邪政治団体・公明党と自民が連立政権を組んで以後、バブル崩壊以後、失われた二十年三十年、GDPではアメリカが依然一位ではあるが、近年、二位の座を中国に奪われ、今年、三位をドイツに奪われ日本は四位転落。次にはインドが日本の座を狙っている状況。
 既に日本は個人単位では、経済力でも教育力でも食糧自給率でも、報道の自由度、国民の幸福度でも、いまやG7先進諸国最低ランクでもあり、それは欧米はおろか、ASEAN等のアジアの各国にも遅れをとるに至っている。各国と比べた、貧困の度合い、深刻さも、日を追って増している。何とも恥ずべき状態、事態である。
 これが、この過程が、日本の高度経済成長期に日蓮正宗創価学会として、三代会長池田の前の第二代会長戸田城聖先生が、七十五万世帯の折伏を達成出来なければ、私の遺骸は品川沖の海に棄てよ、と厳命された。それが無事達成出来、それ以来の、日本の国力の増大増強である。まさに御本仏宗祖日蓮大聖人様見守る大仏法が、いかに法華経を元にした鎮護国家仏教であるかが判ろうといった所である。
 これらを総合すると、見事にパズルが合わさる様に全てが符合するのだ。世界の中の日本史の、鎌倉時代以後、大聖人御生誕以後、爾来、八百年。特に近現代史に於いてその重要性が痛感せられる。
 それらが、こうした時代の流れが、一つの創価学会と言う宗教団体、一人の池田大作と言う宗教指導者により、こうまでもいびつに歪んだ、一国を惑わし迷わす根源・原点となろうとは、誰が予測出来たであろうか。創価は世界中にも小さなコミュニティだが進出し、その害毒を撒き散らし続けている。
 だから、今の不穏なこの世の世相、邪宗教にまみれた悪の巣窟の様な、塗炭の苦しみに喘ぐ人々を、特に現代では、主に、謗法の中の大謗法の創価学会をはじめとする異流義団体を破折・折伏し抜いて、日蓮正宗の正しさを世に示さなければならないのである。我らには使命がある。
 そうではなかったなら、今の状態が続けば、分裂し悪の指導者達に騙された、幾百万の創価・顕正・正信会の者共が誠に哀れで可哀想でならないのである。
 我ら日蓮正宗法華講の人々皆で一致団結協力して、それら方々の迷いの朦霧(もうむ)を晴らし覚まさせ、一人一人を何としてでも、確実に救ってゆかねばならない。早ければ早い程、この場合、その分、謗法の害毒をその方々が浴びずに済むので尚更良い。
 それこそが、日蓮正宗法華講員が、まさしく猊下様から心を心として課された御命題なのである。

以上。よしなに。wainai、再度、長文失礼致しました。 

「寒苦鳥」のはなし。※長文失礼

2024年11月23日 19時25分17秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 仏教説話に「寒苦鳥」の話がある。
 昔、或る所に、鳥がいた。寒い日が続き、いつかあたたかくなれば良いのに、といつも鳥は思っていた。そうしたら、あれも、これも出来るのに、と。
 そうして、実際に、冬から春のような、見事にあたたかな日が続き、訪れた。
 それから、鳥は、その日々を無為に過ごし、いつまでもそんな日が続くのだと夢想していた。
 それから、見事なまでの夏が過ぎ、秋が過ぎ、そうやって、今度はまた、鳥が一番に嫌った、「冬」の寒さが、この鳥を襲った。
 鳥は悔やんだ。あの春のあたたかだった日に、あの生物が皆踊るような夏の日に、秋の収穫の時期に、自分の道を、何故、この世に生まれて来たという、証拠、というのか、楽しみ、自分の生き方をただ無為に過ごすのではなく、実際に生命を燃焼し尽すような、そんな見事な生き様が出来なかったのかと悔いた。
 しかし、時は冬。寒苦鳥にとり、その過酷な季節は、自身を猛吹雪の中、風雪に耐え得る事無く、やがて、絶命してしまった。
 
 このお話しの要点は、寒苦鳥にとり、この世は娑婆世界。冬が前世、或いは地獄界の世界。この世に生まれ出た寒苦鳥は、「法華経」という、春・夏・秋という絶好の機会を逃してしまった事になる。
 いつかは自分も、あの、苦しい冬の、地獄の様な世界から抜け出して、この娑婆世界に生まれ合わせた以上、立派な、「法華経」に基づいた暮らしを立てて、生活してゆこう。そう、願い、寒苦鳥は生まれて来た筈であった。
 しかし、この世の安楽な生活に溺れて、惰性に生き、仏道修行、即ち、法華経イコール御本尊様、を信じて、日蓮正宗の御教えを実践実行しなかったばっかりに、最後はまた、冬の時代、いつかは春夏秋が来て、自分の最盛期が来るんだと期待して置きながら、前世の地獄界に完全にそれらの望みを置き忘れてしまい、又もや、地獄界に逆戻り、という、この世の成り行きの寸法を、このお話は説いている。
 この例えは、この世に生きる、私達、一人一人の事を指す事を決して忘れてはなりません。
 この説話が説かれた時代は釈尊の時代であり、釈尊の教えを信じるのが普通だったが、釈尊自身が、「白法隠没」正法千年、像法千年、末法万年尽未来際、と説かれて、自身の教えの効力が効かなくなる時代的制約により、という、法華経の開経の無量義経にも「四十余年未顕真実」と、自身の御説法が、成道し悟りを開いて後、今までの爾前権教の教えは、四十余年間、未だ、真実を顕さず、と御経典に説かれている。
 とにかく、仏教と言えば、釈尊、というのは、前時代的発想。ここに、末法万年を見据えた、末法の御本仏、宗祖日蓮大聖人様という御方がおられる。
 各、仏典には、将来、末法時代になれば、東アジアの、東北の方角、丁度、日本国の方に、聖人が出で賜る、との予言が見られる。それに当たるのが、大聖人様なのである。
 その方は、数々の大難に遭い、難を忍ばれ、法を広めてゆく。とある。それに見事、ドンピシャで、日蓮大聖人様が、この日本国の今の千葉県鴨川市、その当時は、貞応元年(一二二二年)二月十六日、安房国長狭郡東条片海の漁村にて誕生。自身を海人の子、旃陀羅(せんだら)の子、と称した。旃陀羅とは、インドカースト制では最下層の賤民を指す。
 その御方が成長なされて、仏門に入り、清澄寺にて出家得度。二十歳で鶴岡八幡宮で大蔵経を閲覧。次いで、二十一歳から三十一歳までは、比叡山、園城寺、奈良、高野山、大阪の天王寺などで修学された。仏教研鑽に励む。
 こうして一切の研学を完了されて、故郷へ帰り、建長五年(一二五三年)三月二十八日、三十二歳の時、少数の人々に宗旨建立の内証を披歴され、一か月後の四月二十八日の正午、清澄寺の持仏堂の南面で立宗を宣言。自らを「法華経の行者・日蓮」と名乗り、それまでの、是聖房蓮長の名を改め、念仏は無間地獄の業因である、との第一声を放たれた。だが、当時の地頭、東条景信が念仏者であった為に、大聖人はその場で景信らに命を狙われる事となった。兄弟子の二人の導きで危難を脱して清澄寺を去り、大聖人が次へ向かったのは、当時の武士の都、鎌倉であった。
 鎌倉も、当時、疫病、飢饉、大地震、災害、天変地異に悩まされていた。その他にも後には、元寇という、他国侵逼難、内部の反乱の、自界叛逆難、の二難が起こる、との予言も見事的中する。
 そこまで行くには、大聖人様も、幾度もの流罪法難等々、大難に遭われた。ほとんど、大聖人様の御生涯は、大難に次ぐ大難で仰せられた。
 
 とまあ、ここまで、ざっと、「寒苦鳥」から、釈尊の予言、そして遂に、この日本国に、御本仏宗祖日蓮大聖人様が御出現遊ばされた所まで、ざっと見て来た。
 これに対して、私共、日蓮正宗の者共にとって、如何に、この仏法の流れが、私共に通い流れているか、までには触れず仕舞いである。
 しかし、私は、人様、日本の大多数、世界から見れば、それこそ、芥子粒(けしつぶ)のような、ちっちゃな宗団が我ら、日蓮正宗の教団である。
 けれども、この教団が、この日本国に存する事が、正に奇跡としか言いようがないのである。
 宗教になると熱くなる、と言われそうだが、何と言われようとも、私は人目など気にせずに、熱く語る。この御教えの他には、どこにも、何にも、いずれにも、本物の教え、宗教など存しないのだと。
 それだけは、この世、特に今の日本の人々、刹那的に生きている人々には、口を酸っぱくしてでも、この世の中心にいる積りで、声を大にして言いたい。

 「力あらば一文一句なりともかたらせ給ふべし」(御書668)

 第六十八世日如御法主上人猊下様は、
 「『一文一句』と仰せのように難しいことは言わなくていいのです。『あなたも、この信心をしてみませんか』でいいのです。(中略)
 大聖人様の教えが正しいことをそのままお伝えしていくのです。もし相手が邪宗教を信じていたならば、それが間違いであることを指摘すればいいのです。『大聖人様の教えが正しいのですよ』と言うこと、このひとことが大事なのです。そのひとことから折伏が始まり、すべてが解決していくのです。」(大日蓮 第931号 R5.9)
 と明快に具体的に御指南されている。

 もう、何もいい募ることもない。この猊下様の御言葉だけでも十分である。むつかしい事は要らない。要は、イージーで、要領を得ていて、得・徳を実感させ得る事。

 私も、仏様の御使いがしたいと望む、一仏子、仏様の子供の領分の一分で御座います。これ以上の御言葉は、非常にない、有り得ないので御座います。猊下様、末寺の御住職様の膝下の下に、従うのみであります。充分、承知致しました。痛い位に、良ーくと、判りました。

 要するに、多言は無用、でした。

以上。よしなに。長文失礼。wainai

日蓮正宗から見た、創価学会、池田大作氏への見方、実際上の実情

2024年11月20日 15時40分28秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
これを読めば、言わずもがなであり、誰のどの団体の事かは薄々、この当時を知る者、その関係者、宗教にある程度、聞きかじり、精通していれば、勿論、かしこい皆様方は、判り得る話かと存じます。
この文章は、宮城県の広安寺という、日蓮正宗の御僧侶、御住職様がお書き遊ばされた 文章です。いつも、私が、動画で「信仰のさんぽ道」をお読みしている、その当の著者の方です。
以下に、そのフェイスブック上の文をご披露し、コピーアンドペースト(コピペ)させて頂きとう御座います。以上。よしなに。wainai


固定された投稿


アクティブ

三浦接道

2016年10月25日  · 

 以前、あるところに伝統ある施設があった。この施設では、生活に苦しむ人、悩みを抱える人などを養子として受け入れ、育てていた。
 その間、およそ60年、その施設の館長は四代五代と変わったが、彼らを受け入れはじめた当時の館長と何ら変わらず慈愛に満ちて人々を育てていた。
 こうして施設の世話になる人は徐々に増え、感謝に訪れる人は盆正月だけでは足りず、連日のように人々が訪れるようになっていった。
なかでもお世話になった施設に維持費の協力をする人、庭木を植える人、蔵を建て替えたり施設の出張所を作るための寄付をした人など、それぞれが純粋な心でその気持ちを表していた。
 ただ、この施設のなかで大きなグループを作った人物がいた。彼は施設の者から人気を得ていき、次第に強大な金力、権力をもつようになり、自ら政党を設立したり、学校を建設したり、時には諸外国の大統領、はては麻薬王と呼ばれるような人と会談して、自らの威厳を誇示した。
 逆に、施設の職員は自分のことをどう考えているかと不安になった彼は、使者をだして自分を褒めた者、褒めなかった者などの調査をしてABCDのランクをつけさせるなどした。また館長に対しても、
「あの古ぼけた施設は誰のおかげで大きくなったと思ってるんだ、もっと俺に感謝しろ」
と自分のグループに寄付をさせるまでになってきた。
 自分に反抗的な態度をとった者には容赦なく悪評を流して、
「自殺するまで追い込め」
「嘘も100回いえば本当になる」
とグループの者たちに檄を飛ばしていったのである。
 このような彼に対して、世間の人は施設の館長に向かって、
「このままだと邪悪な彼に、軒先(のきさき)を貸して母屋(おもや)を取られる結果になりますよ」
と忠告する人まで現れはじめ、館長の苦悩は続いた。
 だが時を同じくして彼の横暴な振る舞いが、世間の知るところになり、
「このままではまずい」
と感じた彼は、施設の館長に対して恭順な態度で、
「施設の伝統や信条を壊すような言動があったことは申し訳ない」
と謝罪して、自らグループの責任者を辞任した。
 だがその後も彼は、自ら外国の権力者や知識人に会い、その様子をビデオ撮影し、自分の偉大さをグループの者たちに見せつけていた。その努力の甲斐あって、彼は様々な国や機関から勲章やメダル、博士号を得た。その数は膨大で、ギネスブックに申請すれば間違いなく掲載されるほどだという。
 このように着々と自らの名聞名利を高めたのち、「目の上のたんこぶ」だった施設に牙をむいたのだった。この姿を見た施設の館長は、
「やはり彼を伝統ある施設のグループ長にしておけない」
と考え、代表者を集めて施設の規則を変更し、その身分を一旦は剥奪(はくだつ)して反省を求めたのだった。
 しかしそれ以後は、上や下への大騒ぎ。
「俺たちのグループ長の身分を剥奪(はくだつ)するとはどういうことだ、撤回(てっかい)しろ」
と騒ぎだし、各地にある施設では脅迫や暴力事件が起こり、テレビなどでも報道されるようになった。
     堪忍袋の緒が切れた施設の関係者たちは、ついに館長に対して、
「あのグループは我々の関連施設とは無関係にしてほしい」
と嘆願(たんがん)するまでにはなったものの、その心中は悲しみであふれていたことは言うまでもない。
 それよりも、彼らのグループを慈悲深く彼を見守ってきた館長が「無関係の団体」とせざるを得なくなったとき、館長の心の慟哭(どうこく)を察するにあまりある。
 それ以後、施設の館長が「温泉に入った」「外国で遊んだ」などとつまらないスキャンダル的なことを報道し、それは他の職員にも同様に向けられた。
 そんな出来事から四半世紀が過ぎ、当時のことを知る人も少なくなってきたが、真実を知らないままそのグループで育った人もおおくいる。
    そしていまだに、
「施設の中は野良犬がおおく草ボウボウ」
「庭木を切った」
「蔵を壊した」
など、相(あい)も変わらず、つまらない中傷を続けている。
 しかし館長の心は、いまだに、
「グループの長に煽動教唆(せんどうきょうさ)されている人たちが可哀想だ」
という深い慈愛をもち、彼らが毒を飲まされたことを哀れみ、早く解毒剤を飲ませて本心をとりもどすよう日々祈っている。



すべてのリアクション:68あなた、Ayumi Hirai、他66人
5
12
超いいね!


コメントする

コピー

シェア

他のコメントを見る


私の学歴、超就職氷河期にぶち当たった一生涯。しかし、山上容疑者に同情出来ない理由。最後は仏様の軍勢が必ず勝つ!!長文失礼 !

2024年09月15日 14時06分23秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 私は、郡山市立大槻中学校を優秀な成績で卒業後、地元最難関進学校、福島県立安積高校に入学し、二年次留年を繰り返し、その後、栃木県の黒磯市に引っ越し、同県西那須野町に居を移し、栃木県立宇都宮高校に転校、無事、卒業した。

 その頃から、不景気となり、バブル景気は卒業後にはとっくに弾けていた。

 その後、一年浪人、幾多、数多くの仮の仕事を何か所も勤め、やがて、法政大学法学部法律学科へと入学を果たす。

 しかし、我が家の資金も続かず、本人の努力も及ばず、一年次で中退する。

 その後、又もや、仕事探しを、ハローワーク(旧職安)で探しつつ、この時ですら、今よりも過酷な超氷河期世代時代に突入していた。

 しかし、私は、果敢に挑んでいた。自身が就職できない理由を、世の中のせいにはしたくは全くなかったからだ。

 或る、工業系の中小企業を受けた時の話だ。試験官と私と一対一で話し合っていた。

 その時、あなたのような学歴と人財が、あのバブル景気の時にうちに面接に来てくれたら、即、採用して、今頃は、立派に幹部となっていただろうにと。

 それは、本当に惜しい、との言説で悲しむようにその試験官は語った。

 しかし、とその試験官は又、口を開き、あくまで、バブルの時代ならば、の話であって、今の時代は、こんな人は採用の対象でもない。

 下手に進学校出た人よりも、実地に工業高校を出た人の方が採用を考える。という、私はあんまりだ、との言説を聞き、一気にこちらも白けた。

 私は、普通科の進学校を幾ら優秀な成績で卒業したって、採用の場の寄りけりで、こうした、福島県の郡山市の様な、中小企業の多い街などには、元々向いてはいないのかも知れないと、一人で実感せざるを得なかった。

 かといって、大企業など、大学卒の草刈り場であり、私の様な中退者など、絶対に相手にはされなかった。

 遅れた一般高卒として、どこでも、募集している所は応募した。却って、大企業を除く、中小・弱小(ブラック)企業ばかりを洗いざらいに。

 皆、前歴が要る。例えば、以前にその職業をどこかで習得済み、要経験者募集、などの募集要項、職業募集、求人が多かった。

 皆、どこも、決して、企業で育成してやろう、などという気は全く無かったようだった。経験、即戦力がどこの会社でも求められた。教える気も全くない。

 経験者優遇、新規学校卒者優遇。私は社会から一歩も二歩も出遅れてしまった。

 だから、私の学歴・職歴コンプレックスは、人一倍酷く濃厚に強かった。特に、私よりも低レベルの偏差値の者が大出世したり、私より高学歴者が大出世でもこれは、私の心の中の問題だが、極めて許せなかった。

 しかし、今は、日蓮正宗の御教えで、学歴は信心とは全く関係ない。差別の中の平等、平等の中の差別、他、正宗独特特有の教義を御住職様、日蓮正宗の御本、同じ信心をしている先輩後輩に見習っている内に、そんな問題、自分はもうどうでもよくなって来た。悟りが開けた感覚。

 話を戻すが、今までの暗い鬱屈した自分は、これなら、昭和の頃の、中学卒業後、就職列車で、一からその職場の指導者から教えてもらえれば尚、良かったと思った。

 本当に、職業高校を出て、手に職を付けた方が百倍ましであった。

 だから私は今まで、一度たりとも、大学中退、有名進学校入学卒業で、何一つ得などした事は一切ない。ただ、頭良かったんだね。この一言のみだ。

 「愚人に褒められたるは第一の恥なり」(御書、大聖人様の御金言)

 こうなると、完全に私など未経験者はお手上げであった。どこも、一応は職歴にもならないだろうが、一週間、一か月、半年間、長くて三年、といった、職歴が余りに少なすぎた。

 だから、最終的に行き着いた場所が、私の場合は、障碍者作業所、いまはA型だB型だ、と言い方、区分がやかましいが、私が行ったのは、結局、今でいえば両方であり、一番長続きしたのが、B型の方だろう。

 主にその頃以降は、三障碍が区分が全くない代わりに、それ以前は明確に障碍によって職場が区分されてた。

 当然勿論、私の居場所は、精神に特化した事業所だった。今のように、三つの障碍で合わさってガチャガチャうるさくは決してなかった。

 中には、精神に混じって、知的が紛れ込む場合があり、何か精神の人より狂暴だったり、泥棒もいたりした(これは全て事実)。

 21世紀過ぎた頃から、今のような区分けになった。

 A型作業所とは、労働の最低賃金を保証してくれて、しかし、労働面では厳しく、普通の一般労働者として扱われる。

 一切、御目こぼしなどない。私はこれは、ホテル勤務で経験した。期間も一定数、年数が限られ、定員も決まっていた。大体、二年縛りが多い。

 B型作業所とは、もらう給料に当たるお金は工賃と称され、本当に、作業所に通って、色々の場合、一時間、十円なり、百円行けば、良心的、良い方ではなかろうか。

 勿論、何時に帰っても自由であり、一週間に数日、下手すれば一日だけ勤務、とか、自由な裁量だが、それに応じて、皆勤賞にはこの手当、技術手当、努力賞を設けている所もあったりする。

 しかし、どこも低賃金に悩み、その事業所自体も、税金で賄い運営しているケースが多く、その多くが資金難、人材難から、やりがいのなさから、廃業に追い込まれている。

 三障害、これは知的、身体、精神、三つが寄り合い所帯の如くに、これら作業所で日々働いているのだが、大抵、精神の人は、このB型の低賃金さに参って打ちのめされてしまい、辞めて行ってしまう人(私含めて)が多い(らしい)。

 私の場合は、今まで最終的に、五年間くらいいた所は、一時間、十何円だが知らないが、結局、一か月に貰える賃金が、時間割は年齢的な事も考慮して、月火と二日通おうが、月火水、と三日、いずれも午前中のみだったが、いずれにしても、百三十何円(一か月間でこの金額。一般社員の時給にも満たない。これが福祉の世界、実態なのである。)。

 多くて、一か月に、三百何円、五百円行けば、大喜びの世界だった。

 無論、そんな大金など、もらえようはずもなかった。

 これを、腐りもしないで、五年間続けた私自身を褒めてあげたい。

 言い換えれば、言い訳でも何でもなく、私の場合、その頃、作業所勤務時代に、週三回も料理調理掃除でヘルパーを頼んでいたのが大きい。

 それだと、ヘルパーさんが来る午前中、午後中は全部時間待機、サービス受給中となり、働けなかった。

 これが災いして、作業所には時間を掛けて働きたくとも打ち込めないジレンマがあった。

 母のいた時代から、母直属のヘルパーが毎日我が家に来ていて、それが当たり前と思っていた私もバカだった。

 私は、何度も、相談室の相談員には、料理が習いたいから教えて欲しいと頼み込んでも、どのヘルパーも無視を決め込んだ。

 私に料理のやり方作法を覚えられると、私が営業妨害となり、自分等の仕事が無くなるのをそれは賢く誰もが知悉していたのであろう。

 誰一人、私の意向、希望に沿わなかった事一つとって見ても全てを物語る。

 要するに、私は邪魔者。余計な口出しをするな、という、ヘルパー側からの無言の圧力。

 ここでも私は愚かだった。

 何よりも、私が後ろの方から、どうしても料理の仕方を学びたくて、真面目にじっと観察し研究していたら、何と後で福祉相談室等に、私がずっと背後から見詰めていたとセクハラまがいで密告したヘルパーさえいた。
  
 要するに、役得なんですよ。ヘルパーという身分は。

 何でも守られていて、それでいて無責任。うちでは夏は涼しく、冬は暖かい所で一緒に過ごせて、自分勝手な話題、世間の噂話等々を私に投げ掛け、質問口調で私から答を只で持ち帰られる。

 いつだったかのヘルパーのサービス受給中には、ヘルパーは、wainai(私)さんのうちに来ると、何でもwainaiさんは詳しく知ってて教えて答えてくれるから、このうちに来るのが楽しみだわ、とな。

 バカ言っちゃいけない。

 この我が家は、私と、何よりも母と父が築いた城のような存在の家であり、あんたらの出る幕じゃあないんだよ。

 だから私は、あのように、人のうちの噂を平気で余所でしゃべり、秘密もろくに守れないヘルパー共を、「スズメのようにあちこちでチュンチュン噂話を喧伝し騒ぐ輩」と一刀両断に呼び捨てにするのみ。

 いずれにしろ、金はかなり掛かる、料理も習わしてはくれない、仕事の時間は奪われる、と悪の権化の三点セットの悪辣さが、私の今までのヘルパー事業者を雇っていた誤りであった。

 閑話休題。それはさておき。

 十年間続いた施設、一~二年続いた昔の施設の方が、今から考えると、あの、二十年前三十年前なのに、今まで最近までいた施設よりも取り分が多かった、という矛盾点にぶつかる。

 たしかに、責任は、失敗しても何も問われない。その場で御付きの職員さんが見ていて、実地に教えてくれる。仕事は単純作業。誰でも出来る類。意外とコツの要る仕事があったりして、それと数時間格闘して、出来上がった時の達成感といったらない。しかし、前述の、障碍者を見下すかのような、極安過ぎた工賃。

 職員さんも、その工賃を一か月最後に貰う時、これで、帰りにコンビニで、〇〇さんが大好きな、シュークリームが買えますよ、などと煽って見せる。

 しかし、実際の所、そのお金を使うのがバカらしくて、コンビニの募金箱が見当たれば、即、工賃、丸ごと、投入したりしていた。私より余計に苦しんでいる人々の為にと。

 私の人生って、一体何だったんだろうと、この時、工賃支払日ほど、悔やみ苛まれる日は人生上無かった。古今東西の人生論を色々読んでも、答は一切どこにも無かった。

 私にとって、割を食った人生だった。親、特に母御にはこちらから自然と申し訳なかったと、身を小さくして、頭を下げてしまう程の、身勝手な、親不孝を重ねた自分自身が、非常に不甲斐が無く、申し訳がない、としか、今の私には言えない。

 もう私も五十二歳。もう、人生の競争の時期でもあるまい。皆、壮年老年に入り差し掛かり、六十、六十五、七十、と、人生の折り返しの五十を超えた私達には、最後の人生の総仕上げをしている身分の人が多いであろう。

 そんな、成功者共と、自分をなぞらえた所で、何の埒も明かない。そんな、隣の芝生は青く見える。横を見るよりも、いっその事、高見から、高所から、仏界、仏様の目から、この世を俯瞰して見渡してみる。他の人と見比べるから、いっそ自分が惨めとなるのだ。

 自分だけの人生。自分だけの生き方。他人と比べる、そんな惨めったらしい、自己中心主義、利己主義に囚われた人生を送るよりも、もっと豪快に、豪放磊落に、小さな事など一切気負わずに、大局観を持って、この世の中を非常に楽しんで生きて行こうと思う。

 私だけの人生を、私がこの世を選んで生まれて来た、証にしようと思う。

 他人の目ばかり気にした人生だけは避けたい。そんな詰まらぬ人生ならば私は欲しない。

 自分なりの、「王道」をゆく、人生でありたいと望む。

 それが、法華経、妙法蓮華経に説く、「衆生所遊楽」詰まり、一切衆生は、この世に遊びに来たのだ、との釈尊のお経典の御言葉に身を任せるのも、一つのお手本となろう。

 楽観的に。ポジティブに。しなやかな柔軟性をも身に付けて。

 私には、御本仏宗祖日蓮大聖人様の御建立遊ばされた、一大仏教仏法哲学をいただいた、真の仏法を護持し守り抜いてから、もう、その大法の拠り所とする、日蓮正宗の信心を始めてから、もう、今年で七年間、来年で八年となる。

 その信心があって、そんなメソメソとした、泣き言を言っていたのでは、この身心が廃る。腐る。大事な心をそんなに雑に扱ってはダメである。

 我々は、仏様の子供なのであるから。仏様の使いであるのだから。

 それは、世の中には、成功者という者が、それこそゾロゾロと沢山、いるであろう。私が知る世界知らない世界のどこででも。

 それにいちいち、目くじらを立てたり、うらやましがっていたり、嫉妬に狂っていたのでは、この身が卑しいし、この心が痛ましく、情けなく、何より時間が勿体ない。精神衛生上も、非常に良くない。

 その悪の結実結果が、日蓮正宗に対する、憎っくき邪教創価学会の、第六十七世御隠尊日顕上人猊下様に対する、言われなき、嫉妬に狂った、呪い、怨嫉、瞋(いか)り、腐った感情の類の表出である。

 学会は、狂った団体だから、あの団体に、個人個人以外は、団体としての創価には、もう、付ける薬が全くないのですよ。

 その個人も、集団化したら、何をしでかすか判らない、世界、恐怖。この団体とは、余り関わりにはならない方が誠に宜しい。

 話が大きく脱線してしまった。私は、学歴、職歴、経歴、資格等が、非常に足りないと感ずる。

 しかし、だからと言って、あの、安倍元首相狙撃殺害犯の山上容疑者が、自分自身と同じような境遇、進学校出身、超就職氷河期などを経験した体験からも、彼には、非常に同情的になろうとする危険性を感ずるのだが、しかし、私は、彼には同情は決して一切しない。する積りも、一切全くないのである。

 (余談、小話だが、あの、彼、山上容疑者には、学歴は奈良県一、二位の進学校卒。資格も、ヘルパーだか、フォークリフト、大型車免許だか、宅地建物取引主任者の資格など、数多持っていたようである。そんな人でも就職困難者、非正規雇用、フリーターで、あの惨劇に打って出たというから驚きだ。)。

 それは、言論には言論で対抗する、という、言論の自由の論理を、押し破って、政治の世界に「暴力」を彼が持ち込んでしまった、「ルール違反」の彼の気持ち暴力性には、全く賛同が出来ない、行かないからである。

 間違ったものは、間違っていると、この国では、いつから言えなくなってしまったのか。私には判らない。

 それだから、報道の自由度の国別ランキングで、毎度のように、日本は国力を堕とし続けて、今では70位前後というが。

 「言いたい事も言えないこんな世の中じゃポイズン」と反町隆史が歌っていた頃よりも、見事にこの国は劣化悪化が進んでいるのに。

 誰も見て見ぬ振り。政治家だろうが、役人だろうが。学校も。医療も、福祉も。学生達も。先生も。働くサラリーマンも。家事を守る主婦さえも。誰一人、この異常な社会、世の中に異議・異論を唱えて、立派な国にしようとする人さえ全くいないのか。悲しい事だ。人として国民として恥ずべき事だ。

 彼の母親の献金額の問題も論議されるが、ここでは、お金も問題にはしない。お金が幾らあったって、地獄の様な生活を送る者は、この世には沢山いるのだから。

 しかし、この国は、暴力で訴えないと、事の本質が解決には決して向かわないのが、この日本という国の、本質、根幹となってしまったのであろうか。

 それでは余りに悲し過ぎる。考えてみれば、明治大正昭和と、否、江戸時代以前から、まだその頃は言論自由化など一切されてはおらずに、言論の自由など、昭和戦後以降の話になるが、それ以前は酷く制限統制された今とは全く通用しない歴史があるのだ。

 とにかく、現憲法、日本国憲法下に於いて、やっと、言論の自由が認められたのに、何かテロリズムに毒されたテロリストのテロ行為というのが、何か哀しみにしかならない。

 それに、その弾丸の対象となったのが、自民党の最右翼、最右派の、ドンのような、貴公子ともいえた、祖父親子三代にわたる、政治家稼業の、手慣れたサラブレッド、その祖父の淵源から、宗教に関連した糸口があり、代々、それら宗教との密接な関連。ここまでは皆、腐る程、聞いているのでこれ以上、言わない。

 このブログでは、私は音声映像では、散々パラ流して話して来たいきさつがあるので耳にタコだが、この安倍首相は、何と、あの、去年、十一月十五日に亡くなった創価学会池田名誉会長と、自身の首相就任の日だかの当日に、真っ先に学会本部の池田の所に駆け付けて、ツーショット・二人で何時間も語り合ったという。(一国の首相ともあろう人が。情けない。安倍さんは人が良すぎる。幾ら日本最大の宗教団体とは言え。その集票マシーンが欲しかったとは言え。まんまとその新興宗教・邪教・創価学会に騙され利用され骨の髄までシャブり尽くされたって寸法だ)。

 そして、池田は、安倍氏の事を、非常に将来が頼もしい人だ、とまで語っていたようだ。昵懇(じっこん)の仲、ともいえる。

 そんな二人も、時が違うが、もうこの世にはいない。どこを探してもいない。まるで、悪夢が去ったが如くの、腫れ物魔物達がこの世から一掃された如くに、そして完全に誰もいなくなった。

 これを見ていたって判ろうものだ。絶対に悪は滅びるのだ。この世に完全な善も有り得ないが、完全な悪というものも有り得ず、それは滅びる。必ずに。完全に。悪などは、後をも痕跡を何一つ残せずに。綺麗サッパリと。絶対に消え去る運命なのだ、悪とは。

 それは、魔は仏様には完全に絶対に勝てない。魔は仏様と闘うと負ける運命にある。とのお言葉を仰られた、日蓮正宗第六十八世日如御法主上人猊下様の言とも通じ合う。

 私はこの至上最上の言葉を信ずる。必ずや、仏敵であろうと、魔物であろうと、仏様の軍勢には敵う者など一切ないのである。仏様の方が最後は勝つ事、仕組みに世の中は、そうなっているのである。

 紙数が尽きて来たようである。多言は無用。駄弁多弁に過ぎたようであるので、ここら辺であと腐れなく退散と致したい。

 以上。よしなに。wainai、長文、非常に、誠に失礼しました。

再度、登場、J保さんの人柄の良さ、記憶力の良さ

2024年09月11日 16時52分20秒 | 日蓮正宗総本山大石寺・御宗門・その御教え・教学・信行学
 今から三十年位前の、作業所時代の歴代の同じ仲間・人脈に、これはすごい人、J保さんという、学歴は中学校卒だが、中学卒業後、就職列車で東京まで働きに行った程の働き者であり、人格的にも非常に尊敬出来得る人がいた。

 彼の話は、数年前に当ブログ記事で、歌を一度聞いただけで誰よりも早くしかも正確に簡単に覚えてしまう特技を持っている。それを皆の前で暗唱して歌って見せる。ムードメーカー的な感じもあった、と書いた。

 私は彼と一緒に同じ作業所で働ける喜びを感じていた。御兄さんと慕っていた。この時、私、二十代前半。J保さん、四十代頃か。

 T橋とかいう、インテリぽくて、実際には真の両親じゃなくて、それら両親が遺した遺産で別の親代わりの人に育てられて、大学まで卒業してエンジニアになった男に、J保さんは中卒で就職列車に乗って東京へ行った、一体それはいつの時代の人なのかねえ、といってせせら笑われていたのが、私には非常に許せなかった。

 そして、そのJ保さんは、私の家の宗教にも非常なる理解を示した。

 私は、私の家の宗教が、当時は創価学会であったが、その時にはもう既に、学会は要らぬ騒動を惹き起こし御宗門からは破門となっていた。

 私達学会員も、その当時数年間は、一応、創価学会にも属し、日蓮正宗にも属する、という、複雑なる機構の歯車の軋(きし)みの中で、私の希望志望は、その頃の願望では、「日蓮正宗」が一番の伝統宗教でもあり、法灯連綿、唯我与我、血脈相承、法水写瓶、それらの教えが、当時の学会では教われなかったが、母からは見事に御宗門の御事をそれとはなしに聞いていた。

 母は常に、自分らは「日蓮正宗信徒」だと言った。御僧侶は大切にしなければならぬと。東京立川市にいたおばあちゃんも、母からもらっていたお小遣いで、定期的に総本山へ行っていた。おばあちゃんも人生後半は、大石寺御登山に打ち込む程の信仰厚き者の一人であり、それを後ろ楯で資金面で母が大事にサポート守護保護、親孝行を立派に努めたのだった。

 そんな環境の我が家だったから、創価学会という新興宗教なんかよりも、日蓮正宗という伝統宗教が私はその頃から大好きだった。

 大体、新興宗教の創価学会は「価値創造」の学ぶ会、なんて言って、当時から教えていた事は、打倒 ! 日顕(上人)宗、などと口汚く罵るチンピラ団体か、国家権力と結び付いて、横暴を振るう公明党を自分の手駒にしていた当時の池田名誉会長率いる悪党下等下衆集団の、極悪の邪教の創価と邪政治団体公明に日本の中枢部に段々と国民皆が静かに知らない内に忍び込ませて送り込み、最期最終段階は日本を乗っ取る。それを彼らは自身で「総体革命」と呼ぶ。実際事実、計画的にそうなってるのだから恐ろしい。

 これらを聞いてるだけでも何か胡散臭い。不穏な匂いがする。

 それに比べて、「日蓮正宗」という御名前の何と美しい事か。正に、日蓮の正しい宗なのである。

 あと、正宗の「正」の字は、一を止どめん、とも読めて、これは初心に帰れと言うことなのだろうか。

 しかし、私はその頃、今から三十年位前のころは、正宗式の祈りをまだ一度も祈ったことがなかったのだが。

 それは創価式の祈りも全く知らない。その頃の私ほど宗教に無頓着な人物はいない。

 ただ、福島県立安積高校でもらった、勝手に配られたギデオン協会の英語と日本語が両ページ載っている新約聖書は後生大事に抱え持っていて、時々読んでみては、重要な箇所に線を引きまるで本がボロボロ状態に。(のちに日蓮正宗無量山寿海寺に全ての邪教の本、勿論、旧・新人間革命他、聖書等何十冊、創価の書籍が一番多かった。それに神社等のお守り、あとはニセ本尊の類いは全て返納廃却した)。

 私が本格的に祈り出すのは、1998年夏の八月の、栃木・福島で起こった大雨災害で、白河西郷にしごうで、福島県の障碍者施設・太陽の国が流されて幾人も亡くなられたのを契機に、忸怩たる思いと、これは何か天か仏様といったものが、自分に信仰を振るい起こせとばかりに、自ら思い至り自然と行い出した勤行唱題行であった。その時まで、時系列で、あと数年間は待たねばならぬ。

 それら以前から、我が家は日蓮正宗だ!といつしか私からは皆にカミングアウト、発表を大々的にする事になる。これはその当時でもまだ、学会員の正宗信徒の資格停止にはまだかなりセーフだったので、日蓮正宗創価学会は磐石で不滅と思われたが実際違くて残念至極だが、やはり創価は失敗してしまったが、その頃の我々学会員は、日蓮正宗を名乗る事も出来たし、日蓮正宗に移籍する事も自由だったのである。(これは今でも日蓮正宗に帰伏する事は立派に全て可能です。私自身うちの母含めてその一人一人ですから)。

 皆、驚く人もいれば、しかし、創価学会員の人なんかは多くて、ある人など、正宗の坊主は耳にヘッドフォンをして題目唱えて、その姿はまるでヘッドロックされたオウム真理教とやってる事はおんなじと、明らかにウソ・デマと判る事を大袈裟に語る学会員もいた。

 結局、皆、その場一同の前では、当時の私は教学が一切なく、本当にwainaiさんは日蓮正宗の信徒なの?と聞かれる度に、この先程登場したJ保さんが、私を守ってくれて、wainai君は日蓮正宗だよ、と極めて断定・肯定的に私の応援に回ってくれた。

 J保さんは、個人の宗教的遍歴が彼の人生上あったみたいで、立正佼成会にその頃最近は入っていたみたいで、その他、彼の車のバックミラーには神社の守りがいくつもある程、邪教にまみれてはいたが、創価の当時からの狂暴性には恐れを為していた模様だった。それに長年の勘で、彼は伝統宗教の日蓮正宗へは畏敬の念慮すらあったようだった。

 私があの当時、今位の日蓮正宗教学があるならば、必ずや、彼を折伏している筈だ。そうしてそれが実れば、その育成にも華麗に取り組んでいた所だろう。

 母が、ある精神科病院の老人病棟にいた頃、そこの売店は我々が元々いた作業所の系列の経営だ。

 ある日、これはコロナまがいなどが流行る前の事だが、その売店の店長格に当たる、その作業所の所長に会い、しばらくお話をした。

 すると意外な事が判った。

 先ず、亡くなってしまった人、一家離散した人、入退院を繰り返す者、ずっとあれから入院中の者等…。その成り行きは決して楽観視出来ないショッキングなものであった。

 しかし、なぜか、私は大方聞いて自分で何か胸にストンと落ちるものがあった。

 結局、この時、勿論、大変親しかった、J保さんの事を聞くと、もう同じ作業所には年齢的に通えず、遠方から車で来ていたがそれも廃車にして、今では遠方まで送り迎えしてくれる車で移動する、別の作業所だか、デイサービスに通っているという。

 私の日蓮正宗信徒狂言詐偽はその後、見事にバレたが、最もガッカリしたのが、そのJ保さんだったかもしれない。それ以前、日蓮正宗教学に疎い私に、特に学会員は罵詈雑言、悪口罵詈でいじめるような真似をした創価学会員達。(特に「日顕(上人)宗 !」などと言う)それに対して、wainai君は日蓮正宗の信者なんだかんない!と強い口調で私に応えていたJ保さん。

 彼こそが法華経の諸天善神の一分ではなかったかと、今更ながらに思う今日この頃だ。

以上。よしなに。wainai 、長文失礼。