Kaettekita 私が思う あのこと このことReturn(Get Back Part2)

進取究明。日々の雑感を気ままに綴る私なりに思い考え行い実践する不定期の記録。写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ。

日顕上人猊下「近現代における戒壇問題の経緯と真義」を読了

2019年03月27日 19時15分21秒 | 読書・本を読む事への楽しみ誘い。日蓮正宗御本。その他一般著作物電子書籍・辞書類
 総本山第六十七世日顕上人猊下御講義「近現代における戒壇問題の経緯と真義」を本日、読み切った。今日、私の菩提寺、無量山寿海寺の御本のコーナーで買い求め、すぐさま読み終わった。
 顕正会・創価学会等との軋轢を経て、今は日蓮正宗宗門は広宣流布の道を開き、世界広布へ邁進中だが、昭和・平成と、異流義を生むきっかけ、経緯がつぶさに分かる、日顕上人猊下が当事者として本当に悩み苦しまれた御心境がそこここに述べられている。それは日顕上人の時代の創価に限らず、先師、日達上人の顕正会との苦渋の決断にまで遡る。
 あの時代、正本堂なる建物の建造に熱狂した創価と、それに次第に背を向け始めた顕正会、という潮流があり、一つの建築物によってこうまでも集団・団体を狂わすものなのかと驚きを禁じ得ない。この建物は願主が池田大作であり、彼は本門寺の戒壇にこだわり、大石寺から広宣流布の達成された時の改名の名称、大石寺改め「本門寺」となり、正本堂は事の戒壇、大聖人御遺命の戒壇となるのだ、その為の正本堂なり、との野望・野心に燃えた。自分がその本堂の願主となったのだ、との池田の目論見はもろくも崩れ、正本堂は解体された。
 この本では触れられていないが、元々耐震上も問題があり、末期の頃はコンクリートが安く済ませたのか塩水が入っていたらしく、錆び果てていた。あちこち劣化して、非常に危険であり、年間何億円何十億も修理に金が掛かり、金食い虫の伽藍の遺物だった。正に解体して大正解だった。
 日顕猊下は、顕正会の「国立戒壇」に対して、「国主立戒壇」という、国民主権の世の中で、国主たる国民が立てるならありだ、とかなり譲歩して仰る。しかし、自身も、言葉を選ばれ、「私は『国主立ということを言いなさい』と言っているわけではありません」と猊下は仰り、強制的に言っているわけではないことを示される。敢えて、顕正会の言い分にも歩み寄り、自身の見解を述べている。
 総本山富士大石寺にまします、戒壇の大御本尊様。未来の事は誰にも判らないが、日顕上人猊下のお言葉は耳朶に染み渡り、正に日蓮正宗の時代の証言者であり、貴重な提言、資料、格言として未来を指し示している。

新編 法華講員の基礎知識、を読了

2019年03月25日 18時14分55秒 | 読書・本を読む事への楽しみ誘い。日蓮正宗御本。その他一般著作物電子書籍・辞書類
 「法華講員育成叢書 一、新編 法華講員の基礎知識」小川只道御尊師監修、を本日、読了した。
 毎日の御本尊様への御給仕、作法、ご祈念等々が隈なく書かれた御著作。勤行の仕来り、御宝前の本来のあり方、数珠・経本について、勤行の正しいやり方、邪宗への対し方、邪宗への寄付や法事、葬式等への接し方、謗法の害毒の怖さ、総本山へ参る際の注意点、功徳の凄さ、御供養の大事、他、色んな事が書かれている。
 日蓮正宗とは何ぞや、との疑問に答えてくれる事、請け合い。発行所、暁鐘編集室。頒価三五〇円。

美味しいお菓子、寒天根こんぶ

2019年03月20日 17時00分03秒 | グルメ

日高産根こんぶ・黒糖使用「寒天根こんぶ」。富士大石寺でこれの類似商品を買い、ファンになり、似たようなのがないものかと探していたら見つかった。近所のスーパーに売っていた。
若干、昆布の味が濃い気がするが、オブラートに包まれ、上品なお味。金城製菓という愛知県豊橋市のメーカーのゼリー。三百円と消費税。大石寺では消費税が掛からず三百円で買えたので大石寺の売店の方が得だ。こういう素朴な味が私は大好きだ。

日蓮正宗異流義教団の源流、根源

2019年03月18日 10時36分26秒 | 邪教創価学会・邪政治団体公明党・邪顕正会・邪正信会、の邪義を構える異流義共
うちに来ているヘルパーさんと、時々宗教の話をする。創価学会や顕正会の話になると、その方は、またもう一度一緒になれないの、と聞かれる。
 一度日蓮正宗から離れ、破門となると、なかなか難しい、と私はいつも答える。その方は、別の宗派の人なので、こんな暢気な会話となるが、江戸時代にも、異流義というものが存在した。
 「三鳥派(さんちょうは)」と「堅樹派(けんじゅは)」と言われる異流義だ。
 三鳥派は、江戸時代初期の寛永年間に、三鳥日秀が始めた。その日秀が没後、一潮日浮(いっちょうにっぷ)は、自己を日蓮大聖人に匹敵、それを超える存在として、自身を無辺行菩薩の再誕と名乗った。本尊まがいのものを書いて授与し、多額の金銭を貪った。
 邪義として、「妙法」の二字を唱え、特殊な呼吸法やら神秘的な利益を売り物にして、江戸後期に一時的に隆盛になったが、江戸幕府に目を付けられ、中心者は死罪などの禁制に遭い、江戸末期に壊滅した。
 堅樹派は、江戸時代後期、堅樹日好が起こした。日好は、「大石寺は大聖人の正統だが、折伏しないから法水が濁っている」として「我こそは大聖人、日興上人の流れをつぐ正統だ」とのたまい、さらに「御本尊は折伏を行ずる者の胸中にある」などと邪義を立て、強引に布教した。
 しかし、これまた幕府に取り締まられ、日好は投獄、三宅島、利島へ流され、在島三十八年後、罪人のまま死去した。
 その後、日報が受け継ぎ大石寺批判を続けたため、時の御法主から数々の書を著されて破折を受けた。しかし反抗し続け、最期は悪相を現じて非業の最期を遂げた。
 この悪相の臨終最期を見た弟子たちが疑問を抱き、正宗に帰依し、その信奉者たちも強力な折伏を受けて、次第に大石寺に帰依し、百数十年後の明治中頃にその流れは止まった。
 創価学会、正信会、顕正会などが昭和平成の現代の異流義だが、それ以前にもその原型の様な反逆者たちが現れては消えて行った。歴史は繰り返す。いずれも邪悪な己義を構え、慢心し、魔に魅入られ打ち負かされた情けない一部の人が内部に現れ、起こしていった。
 江戸時代の異流義、三鳥派の我は大聖人に匹敵、超克した存在だ、と言うのは、現在の創価学会の池田を崇める会員たちにも当てはまる。現創価お得意の「胸中の肉団におわす御本尊」は、堅樹派のそれと似ている。
 創価学会第二代会長戸田城聖先生は、死ぬ最期の言葉は「みんな仲良く」だった。戸田先生らしい。しかし後の三代池田は、それを守らず、その遺言も「追撃の手を緩めるな」と改ざんした。自分のその時の都合で大事な師匠の遺言まで変えてしまう池田。師敵対だ。
 私はニセ本尊をもらった時、座談会の幹部は、千里を走る馬の尻についたハエの譬えを話し、この教団、創価に付いて行けば、教団が大きいから、その恩恵を馬についたハエのように受けられる、と聞かされた。けれども皆で盲目的に集団で間違えて赤信号を渡っているような感じだった。
 魔とは、人の心のスキに付け入り易く、何と怖ろしい事だろう。日蓮系教団ほど分裂分派を重ねた宗派はない。遠くは日蓮大聖人以後の唯授一人の後継者、日興上人に嫉妬した日蓮宗身延派ほかの五老僧の時代にまでさかのぼる。人間の業の深さを感ずる次第だ。

キリスト番組、その感想

2019年03月04日 14時45分37秒 | 邪宗教キリスト教一神教・邪教占い・統一教会・神社神道・新興宗教・神様系・等々邪教
日曜朝のラジオ福島でのキリスト教番組を聞いた。
 そこで話者は、原因と結果と、時間・空間・物質との三点を以って、神を論じていた。
 まずもって、話のつじつまの合わないと思ったのは、キリスト教の神のみは、何物にも作られない、原因が無い、と論ぜられた点。
 そこでそのキリスト放送伝道者は、天地を作ったのが神ならば、その神は何によって生じ、作られたのか、という当然の疑問を話し、その神のみは原因もなく、元々存在した、と平然と答えた。
 時空、物質を創造した神のみがそれを可能にするような事を仰る。キリスト教の聖書から言えば、そういう手前味噌の話なんだろうが、仏教の因果論、仏法の道理から見ていくと、それはおかしい、となる。
 道理から言っても、原因があるから結果がある。それに神のみが従えぬという論理は破綻している。神のみは例外、など因果の理法、道理から言ってもあり得ない。
 仏法の基本すら弁えぬ外道のキリスト教。宇宙の成り立ちを因果論で説明できるのは、科学と仏法だけだ。元々仏法とは、科学的な考え方であり、科学も仏教も、因果、原因と結果を重視する点で矛盾せず、それだけ仏教が科学に基づいた教えなのだ。
 キリスト教の様な、人の前に神を立て、七日間で天地万物を作った、しかも今から六千年前に、などと説くイカサマ宗教に誑かされ、騙される人が増えないことを祈るのみだ。