正しい食事を考える会

食が乱れている中どういう食事が正しいのかをみんなで考え、それを実践する方法を考える会にしたいと思います。

「日本侵攻 アメリカの小麦戦略」日本市場開拓計画の立案―オレゴン小麦栽培者連盟―2

2010-09-17 | 食事教育
「日本侵攻 アメリカの小麦戦略」日本市場開拓計画の立案―オレゴン小麦栽培者連盟―2
 こうしてバウム氏はオレゴン小麦栽培者連盟に加わった。この頃になるとヨーロッパ諸国は戦災から立ち直り、小麦の余剰の兆候がじわじわと農民達の肌に感じられ始めていた。そこで彼らは遂に行動に出た。
 1949年秋、オレゴン農民は初代運営部長のベル氏を、東南アジアの市場調査に4か月にわたって派遣したのである。アイゼンハワーがボールズ氏らを送り出す5年前のことであった。
パッカード氏が見せてくれた当時のベル報告書には、「アジア各国、特に日本では小麦食品の消費が十分に伸びる可能性があり、そのためには積極的なプロモーションを実施し、小麦の栄養価値・簡便性・経済性をPRすることが必要である」と書かれてあった。
 もしも、この翌年朝鮮戦争が起こっていなかったら、彼らの対日工作はもう少し早まっていたかも知れない。ベル報告書の提出は、戦争ブームが終わる1953年まで、しばし棚ざらしとなる。
 朝鮮の戦火がおさまった後の、小麦相場の暴落はすさまじいものであった。遂にオオカミはやってきた。オレゴン農民は、PL480の成立を首長くして待った。この法案が通れば、ベル氏が提言した市場開拓作戦を国家の資金を使って実行に移せるのである。
 1954年7月、PL480が遂に発効すると、彼らは外国政府との交渉妥結を待たずに、早速調査団を派遣することに決めた。オレゴン小麦栽培連盟に入って6年目の経験を積んだリチャード・バウム氏にとって、その腕前を発揮する時がやってきたのである。

1954年9月、リチャード・バウム氏は初めて日本の土を踏んだ。彼の来日目的は、もはや単なる市場視察ではない。如何にしたらアメリカ小麦を売り込めるかーー。その具体的作戦プランを練り上げるために乗り込んできたのである。
 羽田に着いたボーイングのプロペラ機からは、当時31歳の若きバウム氏と並んで、二人のアメリカ人が降りてきた。アール・バロック氏はアメリカ農務省からお目付役として、そしてもう一人は案内役として全米製粉協会から派遣されたゴールドン・ボールズ氏であった。ボールズ氏はこの5月にもアイゼンハワー大統領特命の市場視察員として来日したことはすでに述べた通りである。
 一行三人は、農林・厚生・文部などの関係官庁や商社・製粉業界などと精力的な下打ち合わせに入った。「日米政府間で受入協定が結ばれたならば、新しい市場開拓資金ができる。この金を日米共通の利益のために使おうではないか。日本人に小麦食品を普及させることは、あなた達のメリットにもなるはずだ。パンでも、めん製品でもいい。何か効果的な方法はないものだろうか」――バウム氏は熱心に説いてまわった。
 三人が来日してまもなく、愛知・東畑使節団が余剰農産物交渉に出発した。世間の目はワシントンに集中し、バウム氏達の下工作が、ひざ元の東京で進行していることに気づく人は少なかった。この準備工作は、東南アジア訪問も含めて二ヶ月に及んだ。その中で彼らが得た最大の収穫は、キッチンカーの存在を知ったことであった。
 東京の日比谷公園で開催された日本農機展に、一台の奇妙なバスが陳列されていた。古い廃物の都バスを改造し、中に調理台を積み込んだだけの粗末な試作品出はあったが、バウム氏はこの”動く調理車”の高価を見逃さなかった。「これを作ったのは誰か」とたずねると、厚生省。栄養課張の大磯敏雄なる人物があらわれた。この大磯課長は「わが厚生省では国民の栄養水準を高めることが一番の課題になっている。この調理バスをたくさん作って、食生活の遅れた地域を巡回したいのだが、いかんせん予算がつかないのだ」とバウムしに事情を話した。バウム氏は「これだ」と叫んで、大磯課長の手を握った。

ーー大磯課長は厚生省栄養課の二代目課長です。この課長が日本人は、小麦を食べないから、頭が悪いのだと真面目に考え日本人の主食を小麦粉にする事を考えたのです。今の日本の食に導いた張本人です。このことは逆に言えば、大磯課長はアメリカから感謝され、パンやメンやを職業にする人からは感謝されてるのです。しかし現状の日本の食事、食料自給率が低いという農業の在り方、破壊された米生産農家、消えて行く田んぼ・・・このことは実は日本沈没へと導くのです。

 自国の農業を大切にしない国は滅びます。そう言う国にしたのが大磯課長と言えるのです。
先進国は食料自給率を高める大切さをよく知っているので、食料自給率を上げることを優先しているのです。そこの所は日本も見習わなければならないのです。

 ここまで「アメリカの小麦戦略」を勉強してきて何が分かったのでしょうか。日本の政治家がアメリカの小麦を買うとその販売代金の一部を日本で使ってよろしいという毒饅頭がついていたのですが日本は愛知用水建設のお金が欲しかったのでそのエサに食いついたのです。さてこれからどうなるのでしょうか。アメリカに騙される日本が出てきます。日本人を騙すには極意があるのです。それはどう言うことでしょう。アメリカはそこの所をよく知っていました。それが戦術・戦力と言われる所以のものです。アメリカはその戦術・戦略にたけた国です。日本はボーットした誠実なだけの国です。草食景子区民です。ですから世界で良いように騙されています。その代表が自虐史観です。大東亜戦争は何故起きたのか、日本が真珠湾を奇襲したからというのはアメリカ側の教えです。それは「操られたルーズベルト」と言う本を見て下さい。そして戦争の責任はルーズベルトにあると言えるようになったら一人前なのです。どうして原爆が2発も投下されたかそこの所も調べてみて下さい。

食事で言えば「アメリカどうして日本人に畜産業を勧めたのか」これについては、このブログの
学校給食の裏面史 「アメリカ小麦戦略 No.22」(前編) 肉の推進
学校給食の裏面史 「アメリカ小麦戦略 No.22」(後編) 肉の推進ー2
を読むと分かるかも知れません。


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