しゃちくんは野良猫ブログ

30年以上前になりますが自分探しのためにバイクで日本一周。
そして今、会社を畳んで田舎暮らしの準備中です。

楢葉町が警戒解除

2012-08-12 06:11:30 | 主張
事故を起こした福島第一原発の南側に位置する楢葉町が

8月10日から警戒解除されました。

居住が認められてはいないけど自由に入る事が出来るようになった。


私が南相馬市にある「にゃんこはうす」に行く気になれたのは

4月16日に南相馬市の南端にある小高区が警戒解除されたからです。

原発周辺も少しずつ放射能レベルが下がりつつあり

復興に向けたボランティアを必要としている。

津波で壊された家は震災当時そのままですし

国道沿いのコンビニはガラスが割られて泥棒が侵入した痕跡も

走行中の車を運転しながら確認出来ます。(現在はべニア板で覆われてます)

一年以上人が住まなかった町はゴーストタウンになってしまったけど

全国から支援を受ければ修復が可能だと信じてます。


10日のニュースでは自宅に帰宅したご夫婦が帰宅を喜ぶ姿が映像にあった。

その一方で警戒解除に反対する住民グループも紹介された。

私にはまったく理解が出来ない人達です。

安全が確認出来ていないだとか治安が悪化するだとか

東電の保障を打ち切る為の口実だ!とか

これらの住民からは復興を望む気持ちが感じとれない。

やたらと権利を主張する住民の側には市民団体が居てさらにその後方には

社民党か日本共産党が支援をしてる。



昨年、何度か通った南三陸町では津波で町が壊滅した姿を目の当たりにし、

潮の満ち引きで町が水没してしまう。

自分の所有していた土地に住宅を再建する許可は出無いし

福島のような東電による生活への保障も無い、自力再建を強いられる。

山間にある仮設住宅は仕事をする人にとって不便なため

老人ばかりが住んでいる。

私なりにいつもこうして福島の復興を考える時に比較する

南三陸町の苦しい事情。



今日は原発の是非は語りません。

反原発による希望が持てない考えを批判したい!

広島と長崎に原爆を投下された原爆の日に多くのスピーチがあり

原爆と原発を同列に置く間違ったスピーチも実際あった。

クソ暑い時期に灼熱地獄をもたらした原爆を投下された広島と長崎。

今ではそれが信じられないほどに人々が普通に暮らす町に復興している。

いずれ福島だってそうなるはずだ!と昨年からブログでも書いてました。

震災からまだ1年5カ月、そんな急激に放射能レベルは下がらないけど

警戒解除された地域には私でも入る事が出来る為

要望があれば楢葉町の災害ボランティアだって出来るし

置き去り猫への給餌活動も出来るようになる。

私が望んでいた常磐道で通える原発南側なのです!

首都圏からアクセスが良い分、ボランティアも集まるかも知れません。

それに楢葉町での給餌活動をすれば現在頑張るレスキューさん達の

活動範囲が狭くなりますから負担を減らすことが出来ると思う。



福島は必ず復興します!

いや、復興させましょう!

常に前向きでポジティブな考えで取り組みましょうぞ!

これを邪魔するのは反原発です。

都内で週末、反原発デモに注ぐエネルギーを福島に注げ!

目に見える形として町の復興を見届けてみよう!

目の前のガレキを撤去して、津波被害に遭われた住宅を片付け

ガリガリに痩せた猫に餌を与えて、町中を往来する人や車が増えてきて

少しずつ復興は進むはず。

時間は掛かる。

広島や長崎がそうであったように。。。









コメント
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