今年の大河ドラマ「平清盛」にどっぷりはまった1年。
最初のイメージとしては正直いまいち。清盛ってあまりいい人なイメージがないなぁ。
「平家にあらずんば人にあらず」って言い過ぎじゃない~?
平安時代~鎌倉時代ってよく分からないし、面白くなさそう
なんて思っていて、勉強のつもりで見てみようと見始めたのでした。
ところが、貴族の世から武士の世に変わる転換期がものすごく面白い
さらには、平清盛ってなんて魅力的な人物!!
型や慣例にはまらず、新しいことをどんどんと開拓していくその男気。
今の政治家にはないタイプだわ。なんてどんどんはまり・・・・・。
おかげで録画してあるドラマを見る楽しみを味わえた1年でした。
ドラマの最後にちょっとだけ、ゆかりの地紹介が出るんですが、
そこにもう行ってみたくて行ってみたくて
広島の厳島も今まで何回か行きましたが、
歴史を知ってから行くのではまた違うだろうなぁ~と思うのでした。
でもさすがにちょっと遠い。
今回京都に行くので、京都で清盛ゆかりのお寺や神社に参拝できたらいいなぁと
妄想はもくもく膨らみました。
ただ、子連れ。
紅葉真っ盛りのハイシーズン。
はぁ~、どうしようか
と考えた結果、レンタルチャリを使うことにしました。
もちろん電動。
道はだいたい分かるし、渋滞やラッシュに巻き込まれることもないし、
Yuも毎日乗りなれているし、こりゃいいかも!!
計画していた日は、ラッキーなことに暖かくいいお天気。
絶好のサイクリング日よりでした。
駅周辺を出発して、まずは三十三間堂へ。
実は初めて。なぜ今まで行かなかったんだろ・・・・・。
ここは後白河上皇の命令で平清盛が建立したお寺と言われており、
ドラマでも確か出てきましたよね。
静かに心落ち着けて参拝すれば、自分に似た千手観音がみつかりそうな気がしましたが
なんせそこは3歳児連れ。
「もー、まだいる」(仏に向かって)
「かえろー。いこー。」
の繰り返しで、拝観料600円がぁと思いつつ駆け足で見ました。
「あんでここきたの?」(と終始不満顔)
こんなに紅葉もキレイなのに・・・・
夜泣きに効果があるとか。
もっと早くに訪れたかった・・・・・。
というわけで、ちょっと消化不良のまま三十三間堂をあとにし、
すぐ隣にある法住寺へ。
ここは、後白河法皇のお墓があるお寺。
また、徳子(清盛の娘)が高倉天皇に入内したのもここからだったそう。
マニアックですね~。
ということで、かなり広いかと思いきや、とてもこじんまりしていました。
昔は広大なお寺(三十三間堂も法住寺の一部だったそうです!)だったのが
変遷があって今の規模に。
人の気配がなく、お堂の中をのぞいたものの・・・・。
誰もいなかったので、そのまま失礼しました。
昔はどんなお寺だったんでしょうね。
そしてYuは石集め・・・・・・。
思いがけなく、このお寺のすぐ隣にある養源院にいくことになるのですが、
それはまた別に書きます。
そこからまた自転車に乗り、六波羅密寺へ。
ここも実は初めて。
六波羅のあたりに平家一門が屋敷を構えていた・・・というのは有名ですよね。
今では、昔ながらの住宅街でその名残はありませんが、平安時代はどのような場所だったのか想像してみました。
この六波羅密寺には、よく教科書で見る有名な清盛座像が宝物殿に安置されていました。
本物の像にジーンとしてしまったけれど・・・・。
やはり横には3歳児。「おちっこ!」宣言でました
六波羅密寺の近くにあった幽霊子育て飴のお店。
残念ながらお休みでした・・・・・。
幽霊がお墓の中で生んだ赤ちゃんを育てるために毎日飴を買いに来た、という話は
どこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。
このあたりは六道の辻といって、あの世とこの世の境目になっていた場所。
そしてこのお店があるあたりの住所は髑髏町。
ミステリアスな場所です。
もっともっと散策したかったけれど「おなかすいたー」という息子を抱えていたので
また今度。
ここからが遠かったですが、ほぼ京都の地図を右から左へひた走り・・・・。
西八条第(邸宅)跡に行きたかったのですが、看板の場所が分からず、
若一神社に行き当たりました。
この神社も西八条第の中にあったそうで、平家の鎮守社と伝えられています。
↑の大楠は清盛が太政大臣になったときに感謝をして手植えをしたそうです。
御神水。
ここまできたらちょっと感動して、この日の残りの時間はYuの行きたいところに
行きました。
(それもまた後日アップします)
また、他の日にもレンタルチャリを借りていたのですが、あいにくの雨。
仕方がないので、2箇所だけ・・・・・。
高松神明神社。
烏丸御池にあるということで探し歩きました。
ここは気づかず通り過ぎてしまう!っていうくらい小さい神社。
保元の乱の際の後白河天皇の本拠地で、ここに清盛や源義朝が集結したそうです。
その当時はもっと規模が大きかったらしい。
今は、雨ということもあったかもしれないけれど、とても寂しいたたずまいでした。
そして、京都にある厳島神社(京都御所内)にどうしても訪ねたかったのですが・・・・。ここは祇園女御が祀られているとのこと。
なんせ雨。
Yuは「もうおてらとじんじゃはやだ!!!!」と言い切っていたので
泣く泣く参拝しないままあとにしました。
まぁ、さささっと雰囲気を感じることができただけでもよしとします。
京都は何かテーマや場所を決めないと、お寺や神社、観光スポットが多すぎて
あたふたしたまま終わってしまうので、今回こうして的を絞ったことで
普段行かない場所にもいけてよかったです。
そして何よりも!
京都の観光は自転車に限る
14年ぶりに自転車で京都を走って、その気持ちよさったら
これは今後も癖になりそうです。
最初のイメージとしては正直いまいち。清盛ってあまりいい人なイメージがないなぁ。
「平家にあらずんば人にあらず」って言い過ぎじゃない~?
平安時代~鎌倉時代ってよく分からないし、面白くなさそう
なんて思っていて、勉強のつもりで見てみようと見始めたのでした。
ところが、貴族の世から武士の世に変わる転換期がものすごく面白い
さらには、平清盛ってなんて魅力的な人物!!
型や慣例にはまらず、新しいことをどんどんと開拓していくその男気。
今の政治家にはないタイプだわ。なんてどんどんはまり・・・・・。
おかげで録画してあるドラマを見る楽しみを味わえた1年でした。
ドラマの最後にちょっとだけ、ゆかりの地紹介が出るんですが、
そこにもう行ってみたくて行ってみたくて
広島の厳島も今まで何回か行きましたが、
歴史を知ってから行くのではまた違うだろうなぁ~と思うのでした。
でもさすがにちょっと遠い。
今回京都に行くので、京都で清盛ゆかりのお寺や神社に参拝できたらいいなぁと
妄想はもくもく膨らみました。
ただ、子連れ。
紅葉真っ盛りのハイシーズン。
はぁ~、どうしようか
と考えた結果、レンタルチャリを使うことにしました。
もちろん電動。
道はだいたい分かるし、渋滞やラッシュに巻き込まれることもないし、
Yuも毎日乗りなれているし、こりゃいいかも!!
計画していた日は、ラッキーなことに暖かくいいお天気。
絶好のサイクリング日よりでした。
駅周辺を出発して、まずは三十三間堂へ。
実は初めて。なぜ今まで行かなかったんだろ・・・・・。
ここは後白河上皇の命令で平清盛が建立したお寺と言われており、
ドラマでも確か出てきましたよね。
静かに心落ち着けて参拝すれば、自分に似た千手観音がみつかりそうな気がしましたが
なんせそこは3歳児連れ。
「もー、まだいる」(仏に向かって)
「かえろー。いこー。」
の繰り返しで、拝観料600円がぁと思いつつ駆け足で見ました。
「あんでここきたの?」(と終始不満顔)
こんなに紅葉もキレイなのに・・・・
夜泣きに効果があるとか。
もっと早くに訪れたかった・・・・・。
というわけで、ちょっと消化不良のまま三十三間堂をあとにし、
すぐ隣にある法住寺へ。
ここは、後白河法皇のお墓があるお寺。
また、徳子(清盛の娘)が高倉天皇に入内したのもここからだったそう。
マニアックですね~。
ということで、かなり広いかと思いきや、とてもこじんまりしていました。
昔は広大なお寺(三十三間堂も法住寺の一部だったそうです!)だったのが
変遷があって今の規模に。
人の気配がなく、お堂の中をのぞいたものの・・・・。
誰もいなかったので、そのまま失礼しました。
昔はどんなお寺だったんでしょうね。
そしてYuは石集め・・・・・・。
思いがけなく、このお寺のすぐ隣にある養源院にいくことになるのですが、
それはまた別に書きます。
そこからまた自転車に乗り、六波羅密寺へ。
ここも実は初めて。
六波羅のあたりに平家一門が屋敷を構えていた・・・というのは有名ですよね。
今では、昔ながらの住宅街でその名残はありませんが、平安時代はどのような場所だったのか想像してみました。
この六波羅密寺には、よく教科書で見る有名な清盛座像が宝物殿に安置されていました。
本物の像にジーンとしてしまったけれど・・・・。
やはり横には3歳児。「おちっこ!」宣言でました
六波羅密寺の近くにあった幽霊子育て飴のお店。
残念ながらお休みでした・・・・・。
幽霊がお墓の中で生んだ赤ちゃんを育てるために毎日飴を買いに来た、という話は
どこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。
このあたりは六道の辻といって、あの世とこの世の境目になっていた場所。
そしてこのお店があるあたりの住所は髑髏町。
ミステリアスな場所です。
もっともっと散策したかったけれど「おなかすいたー」という息子を抱えていたので
また今度。
ここからが遠かったですが、ほぼ京都の地図を右から左へひた走り・・・・。
西八条第(邸宅)跡に行きたかったのですが、看板の場所が分からず、
若一神社に行き当たりました。
この神社も西八条第の中にあったそうで、平家の鎮守社と伝えられています。
↑の大楠は清盛が太政大臣になったときに感謝をして手植えをしたそうです。
御神水。
ここまできたらちょっと感動して、この日の残りの時間はYuの行きたいところに
行きました。
(それもまた後日アップします)
また、他の日にもレンタルチャリを借りていたのですが、あいにくの雨。
仕方がないので、2箇所だけ・・・・・。
高松神明神社。
烏丸御池にあるということで探し歩きました。
ここは気づかず通り過ぎてしまう!っていうくらい小さい神社。
保元の乱の際の後白河天皇の本拠地で、ここに清盛や源義朝が集結したそうです。
その当時はもっと規模が大きかったらしい。
今は、雨ということもあったかもしれないけれど、とても寂しいたたずまいでした。
そして、京都にある厳島神社(京都御所内)にどうしても訪ねたかったのですが・・・・。ここは祇園女御が祀られているとのこと。
なんせ雨。
Yuは「もうおてらとじんじゃはやだ!!!!」と言い切っていたので
泣く泣く参拝しないままあとにしました。
まぁ、さささっと雰囲気を感じることができただけでもよしとします。
京都は何かテーマや場所を決めないと、お寺や神社、観光スポットが多すぎて
あたふたしたまま終わってしまうので、今回こうして的を絞ったことで
普段行かない場所にもいけてよかったです。
そして何よりも!
京都の観光は自転車に限る
14年ぶりに自転車で京都を走って、その気持ちよさったら
これは今後も癖になりそうです。
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