市街・野 それぞれ草

 802編よりタイトルを「収蔵庫編」から「それぞれ草」に変更。この社会とぼくという仮想の人物の料理した朝食です。

冷える街

2006-10-13 | Weblog
 宮崎市の潮見小学校正門前に3階建ての貸しアパートがあり、1階部分が4店舗の商店になっていた。朝もパンやさんの賑わいがあり、夜は、ラーメン屋さんの赤いちょうちんや、パンやさんの電飾看板、食堂の明るい窓で、そこだけが暗い夜道ではなやいでいた。ここ一年ほどで、ラーメン屋さんだけになってしまった。

 早くに「わたなべ」という懐石風なランチを楽しめた食堂が閉店し、つづけて花屋さんが数ヶ月前から開店休業状態となっていた。ただ、「ムーラン」というパン屋さんだけは朝も夕方も小さな店は客であふれて、活気があった。知人の芥川の奥さんも買いに来ているのに会ったことがある。末広町からここまで3キロあるのに
おいしいからと来ると、うれしいことを言ってもらえた。

 十日ほど前、休みの張り紙がシャッタードアに張られた。数日後、店主、病没により閉店とお知らせが張り出された。これほど流行った店でも店主の他界で、即座に閉店なのかと、胸を撃たれた。

 歩くと、もはや「キャプテンらーめん」の店だけである。わたなべの後もまだ借り手はない。花屋さんもだ。パン屋さんでも跡継ぎの職人は居なかったようだ。個人が小さな商店をやって生活していくことが、どれほどむつかしいか、冷えこむ街の悲劇を感じさせられる。

 ぼくはできるだけ、近所の小さな店で、日用品をまかなうようにしている。近所に小さな、いろんな商店があれば、それだけ楽しくなるからだ。まだ、この町内は日用品の買い物にはコンビに、スーパーで不自由はしないが、小さな商店街が崩壊してしまい、淋しくなった。
コメント
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