ときどき、ドキドキ。ときどき、ふとどき。

曽田修司の備忘録&日々の発見報告集

ガソリン代をけちる

2006-01-24 06:04:02 | アーツマネジメント
去る21日(土)、早稲田大学演劇博物館演劇研究センターの芸術文化環境研究コースの主催による国際研究集会『地域と劇場』に参加してきた。
これは、文部科学省の21世紀COEプログラムに選定され「演劇の総合的研究と演劇学の確立」というタイトルで5年間継続して行われている研究の一環として開催されたものである。

最初に、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ教授・演劇学科長、芸術経営・文学政策プログラムディレクターのGerald Lidstone氏から「What cannot be measured is not valued, asking the right questions」(これを日本語に訳すのがなかなか難しい)という基調講演があり、それに続いて、2つ目の基調講演として、公共劇場の建築及び運営の日本における専門家中の専門家である清水裕之氏(名古屋大学大学院教授)から、日本の公立文化施設の歴史的変遷と現状についての講演があった。これらの中身については、別項に譲る(多分、近日中に)。

第二部は、「日本の公立文化ホールの課題とパブリックシアターの可能性」というタイトルで、公立小劇場の役割と課題についての討論が行われた。清水氏を司会に、武蔵野市立吉祥寺シアター支配人の箕島裕二さんと私がパネリストで参加。私は、NPO法人STスポット横浜理事長という立場で、STスポットという施設とその運営のあり方について報告した。

続いての第三部は、「市民の支持と劇場運営」というタイトルで、山口情報芸術センター制作課長の岸正人氏、まつもと市民芸術館プロデューサー・支配人の渡辺弘氏が登壇。司会は、宮崎刀史紀氏(早稲田大学演劇研究センター客員講師)。

山口市、松本市は、いずれも市立の大型文化施設の建設をめぐって反対運動が起き、どちらも、市長選挙(山口は2002年、松本は2004年)で施設建設を推進してきた側の市長候補が落選するという(地方政治における)事件が起こったところだ 。

岸氏と渡辺氏は旧知の間柄なので、これまでにも、お互いに「そっちはどういう状況なの」という感じで個人的な情報のやりとりはあったらしいが、この2つの事例を公開の場で一緒に話すのは初めてとのことであった。
どちらも、単独でも興味深い事例であり、両方の事情が聞けたこの日の聴衆はラッキーだったと言えるだろう。

山口情報芸術センター(YCAM)は、磯崎新氏の設計による図書館とメディアアートの専門施設が合体した建物である。そこにパフォーマンスが出来るホールもあり、フランスの世界的振付家フィリップ・ドゥクフレの作品の滞在制作(アーティストが稽古段階から山口に滞在して作品を制作)を行うなど、地方都市の公立文化施設の中では特筆すべき意欲的な事業を展開している。
2002年の市長選で建設見直し派の市長が当選した後、市民100人が参加しての見直し委員会が開かれ、そこでの議論を経て、事業予算を削減することとメディアアートを重点にしないことを条件に開館にこぎつけたという。(関連して、つい先日の1月14日に行われた山口市長選挙で、2002年に当選した合志候補は落選し、元助役だった渡辺候補が当選したとのこと)
YCAMの事業予算は、開館初年度が1億4000万円だったのが、次年度は1億になり、さらにその次(来年度)は8000万円になるという。

松本市は、小澤征爾氏が音楽監督を務める「サイトウキネン・フェスティバル」が有名だが、オペラの上演が出来る県立文化会館が既にあるのにも関わらず、新たに市立の文化ホール(現・まつもと市民芸術館)の建設は不要、との意見が噴出し、結果として反対派の市長が誕生した。新施設の開館後は、市民が参加して運営のあり方を議論する委員会が開かれているが、専門的な知識がないところでの議論なので、同じことの繰り返しになりがちで、具体的な運営指針をつくるに至っていないという。
支配人の渡辺氏によると、まつもと市民芸術館はホール建築としてすばらしいもので(建築は伊東豊雄氏)、それをどうやって活かしていくかを考えたいという。
映像による活動紹介では、小澤氏の指揮によるコンサートに市内の小中学生が大勢参加している写真が映し出され、市内から松本城まで楽器を演奏しながら行進する吹奏楽の街頭パレードの模様なども紹介された。このように、小澤氏の指揮するコンサートや音楽イベントにふれる機会が多いので、地元では音楽(楽器)を始める子どもたちが多いという。

さて、この日は、山口と松本のどちらも、文化施設で行われる事業の事業費について市民から厳しい意見が出るし予算も削られがちだ、という状況が報告された。
このことについて岸氏がおもしろいことを言っていた。
山口に限らないのだろうが、現在よく見られる公立文化会館の運営の仕方は、(クルマに例えると)「ガソリン代をけちっているようなもの」だと言うのである。つまり、高いお金を出してクルマを買っておきながら、なるべくそれを走らせないでおくことでお金が節約できたと喜んでいるようなものだ、というのである。たしかに、言い得て妙、である。
見た目だけ豪華で、飾っておくだけのもの、というのが、現在の公立文化会館のあり方なのであろうか。そうだとしたら、あまりに寂しいし、悲しい。








コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「Always 三丁目の夕日」 | トップ | 舞踏からアートNPOへ、民間か... »

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ガス欠になる前に… (箕口一美)
2006-01-28 14:31:16
余りに言い得て妙なので、既にあちこちで引用させていただいています。

カザルスホールが転けて以来、係わるプロジェクトのほとんどが「緊縮予算型」。これでどこまで走れるのかを、車の燃費と特徴、癖を注意深く観察し運転することがドライバーに要求されている状況下でディレクトしています。F1だったら、フェラーリじゃなくてミナルディ(昔はロータスかな)。

公共ホールが一番必要としているのは、このドライバーでしょう。優秀なF1パイロットなしに、いかなフェラーリでも良い走りはしません。

昔萩元晴彦というひとが、口癖のように言っていたのは、「パリからロンドンに行くのに、カレーまでの旅費しか出さないのが一番お金の無駄。目的地に着けない上にお金も出ていく」。

今は「パリからロンドンへ行くのに、カレーまでの旅費しかない。この旅費でロンドンにつくにはどうしたらいいか、あるいは、カレーから先の旅費をどう稼ぐか」ということがドライバーに求められている、ってことでしょうか?

本来のミッション遂行のための「適正な」予算規模を想定し、現状可能なことはその何割かであるかを見定め、足りていること、足りないことを吟味し、今するべきことと、将来に向けて努力することを、知恵を出し合いつつ遂行していく…まだ間に合うところは、ガス欠になる前に、いっしょに頭を捻ってくれるドライバーを捜した方がいいと思います。

AMの役割は、こういうドライバー養成だったりするのでは?
返信する
自分のところの施設が高級車であることを自覚してほしいものです (sota)
2006-01-29 16:45:47
コメントありがとうございます。



日本には幸か不幸かハードウェアとしてはF1級の施設が多いので、ドライバー養成は非常に重要な課題ですね。



それにしても、そもそもそのような施設をつくってしまったにも関わらず、そこに専門技術を持ったドライバーが必要であることを施設の設置主体である行政機関(特に、そのトップにある館長クラス、またはさらに上部にいる自治体の首長)が認識していないことが多いのは問題です。



返信する
1-24への若干訂正と補足 (岸正人)
2006-02-08 01:08:21
早稲田のプログラムへのコメント、ありがとうございます。

若干訂正があるので、ここで投稿させていただきます。



「YCAMの事業予算は、開館初年度が1億4000万円だったのが、次年度は1億になり、さらにその次(来年度)は8000万円になるという。」



正確には、事業費は、開館初年度が1億4000万円だったのが、次年度は1億になり、今年度(2005年度)が8000万です。なので、段階的に減ってきています。来年度がどうなりそうなのかは、まだ言えませんが・・・、おそらくお察しの通りです。

ちなみに「見直し」前の計画段階の事業費は2億5000万でした。



ガソリンの例えですが、

高い車を購入(建築)して、避けられない維持費である税金や駐車所代(光熱費や管理費)はしょうがないけれど、じゃあどこを削るかと言うと、本来の目的(創造型施設の場合)であるそれを活用するためのガソリン代(事業費)をケチると言う例えです。

「あー、駐車場に止めたままでお金がかからなくてよかった」でよいのかと言うことです。
返信する
施設の持つポテンシャルについての認識が広がってほしいですね (そた)
2006-02-15 14:31:49
岸さん



訂正&コメントありがとうございます。



正確に聞き取れていませんでしたね。初年度から比べると年ごとに3割減、2割減と来ているわけですね。



YCAMは、施設の本来の持ち主は山口市民(市民納税者)だと言ってよいでしょう。

(車の例えで言うと)現に購入してしまった高い車がどのくらいのポテンシャル(潜在能力)を持っているのかを持ち主が正しく認識し、その上で使い方をどうするかについて考えることが出来るような状況になってほしいと思います。

返信する

コメントを投稿

アーツマネジメント」カテゴリの最新記事