ときどき、ドキドキ。ときどき、ふとどき。

曽田修司の備忘録&日々の発見報告集

暴れん坊本屋さん

2005-10-24 07:11:08 | その他
となりの住人Mさんに薦められて、「暴れん坊本屋さん」を読了。(ほんとは読了したのはずっと前。)

暴れん坊本屋さん (1)
久世番子著
新書館

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作者の名は、久世番子(くぜばんこ)。この漫画本で初めて知った。
個性的な絵を描くマンガ家さんである。
ドキュメンタリー・タッチがそれなりの緊迫感を生み出していて面白い。

読んだ後、特に印象に残ったのは、本屋さんの品出しの大変さである。
こんなにも多量の品物が毎日出入りしているのだ、という感慨があった。
毎日毎日、入荷と返本の繰り返し。それに本はやたらに重くて品出しはほんとうに重労働だ。腰痛が職業病であるのもむべなるかな、である。

本屋さんに限らず、世の中は、ものが流通することでサービスが成立している。そして、そこに利益が生まれる。

読者にとっては、本屋とは自分がほしい品物やそれを手に入れるためのサービスを提供してくれる知的便利ショップであり、本屋の経営者や従業員にとっては、ビジネス(めしのたね)であるということという関係が成り立っている。つまり、本屋さんのサービスが、お金を媒介として、本という知財とそれを読む(消費する)読者の快楽との流通(交換)を生んでいるのである。

気楽に楽しく読める本ではあるが、業界の内幕ものという性格もあるので、「経営学」のイロハとして学ぶ内容が満載である。
例えば、「同じものでも、本屋にあれば市場財で、図書館にあれば公共財?」という問題とか、流通市場に対する規制による権力の介入(再販価格維持制度)の是非とか、経済学や経営学で扱うと面白そうな題材がたくさん描かれている。(もっとも、大学ではこの漫画のように面白く扱うことはなかなかできないだろうけれど。)

また、本屋は単なる流通業かと思ったら、さにあらず。
最前線のマーケッターでもあるし、広告屋さんでもある。

本という個人の趣味(実用本もあるけれど)の世界に属するものが、市場財として流通しているという、(考えてみれば)当たり前なんだけど不思議な世界。

おたく、エロ関係、変態とのつきあい(?)も多いことがわかるし、万引きとの闘いもある。本屋とは、客の奇妙奇天烈な生態を社会学的に観察する(嫌でも目に入る)ことになるスリリングな職場であることがよくわかる。

そう言えば、私がずっと以前に関わっていた劇場関係も変わった人は結構多かったけれど、劇場の場合は来場する前にかなり高額のチケットを購入しなければならないという大きな関門があるので、ドラマティックな「お客さんとのたたかい」の場面にはそんなに多く遭遇しなかったような気がする。





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