ときどき、ドキドキ。ときどき、ふとどき。

曽田修司の備忘録&日々の発見報告集

まつもと市民芸術館開館記念シンポジウムへの寄稿原稿(転載)

2004-09-14 11:02:49 | アーツマネジメント
以前(8月10日)、このブログで長野県松本市に誕生した「まつもと市民芸術館」のことを紹介した。同芸術館は、8月に「2004サイトウ・キネン・フェスティバル松本」(大ホール)、串田和美演出「スカパン」(小ホール)等で幕を開けた。開館を記念して、9月3日に「これからの劇場がめざすもの―まつもと市民芸術館をめぐって―」というシンポジウムが実施されたが、そのときに配布される資料冊子に掲載する原稿の執筆を依頼されたことも以前に述べておいた。以下に、私の寄稿原稿の全文を転載しておく。タイトルは、「地域密着で文化への愛情を育てる取り組みを」である。

(以下本文)この夏は、プロ野球の一リーグ制への移行問題が突如浮上してきて、この原稿を書いている時点でもそれをめぐる議論が喧しい。多くのメディアでこの問題が特集として取り上げられている。先日たまたま聞いたTBSラジオのある番組では大の野球ファンであるパーソナリティの伊集院光氏が「(このままゴタゴタが続いて、ストにでも突入しなければならなくなると)一番問題なのは、多くの人が『野球なんていらないや』と思ってしまいかねないこと」だという意味のことを話していた。
この問題提起は、実は多くの舞台関係者や文化行政の担当者には馴染みが深いものである。「野球」を「文化」に置き換えてみると、「文化はなくても生活は出来る」(注:この場合の「文化」とはおおむね文化事業または文化施設という意味である)という意見はどこの地域でも間違いなく出て来るものだし、野球の場合と違って(と思う)、「文化」の場合はそれがそれなりの説得力を持ってしまうところがある。それは、その意見を聞いている人たちの多くが同じような考え方を持っているので、その意見を聞く前に「あらかじめ説得されている」からである。
一旦プロ野球について話を戻せば、一リーグ制移行案(球団数削減案)に反対する論者の代表的な意見は次のようなものである。「球団を経営する企業の論理が優先されて、公共の財産であるはずの球団、ひいてはプロ野球という制度を守ろうという意識が経営者の側にないのは、日本社会全体の『文化的成熟度が足りない』からであり、何よりも経営者たちに『野球に対する愛情が足りない』からである」。
この「経営者に愛情が足りない」という批判は、野球ファンの憤懣のはけ口として共感を集めやすいだろう。しかし、もっと重要なのは、現にある(あるいは潜在していてもっと増やすことができる)「多くのファンの野球への愛情」を顕在化させるための「知恵が足りない」ということではないか。本来はこの点について経営者たちが専門家として知恵を絞る必要がある。理念と経営手法が問題なのである。
実際、強引な一リーグ制構想からプロ野球を守ろうとする論者からは、メジャーリーグやサッカーの事例を引き合いに出してさまざまなプロ野球活性化策が提言されている。その際にキーワードとして必ず語られる言葉のひとつが、「地域密着」という言葉である。サッカーでは、Jリーグという頂点の振興とともに、地元のスポーツクラブによる地域密着型のスポーツ振興を目指している。「ファンの愛情」を育み、それを顕在化させる優れたしくみがあれば、そこには多くの人が集まるのである。(この他に「コンテンツの魅力を高める」という課題があるが、ここではそれにふれる余裕がない。)
ここで、地域の「文化施設」に話題を移そう。
現代人は忙しい。なるほど、多くの場合、これは真実だ。多くの人は、「文化」などに関わっている暇はないと思っているかもしれない。宮崎駿監督が「千と千尋の神隠し」で描いたように、現代人の多くは目の前の現実的な(多くは物質的な)欲望にしか関心を示さない。「カオナシ」は私たち現代人ひとりひとりの姿なのである。しかし、それと同時に、みんながみんな四六時中忙しくしていなければならない理由など実はないに違いないのである。対象が野球であれサッカーであれ文化事業であれ、損得勘定抜きの愛情が人々に感動を与え、人々の人生を支えていることもまた事実である。ただし、みんながそのことに気がつかないでいるうちは、その地域で「文化」は必要とされないだろう。
「ファンの愛情」を目に見えるものにするためには愛情を注ぐ対象を発掘し、育て、それを多くの人々の目に触れさせ、自分たち自身がそこに参加したくなるような優れたしくみをつくることができる専門家がいなくてはならない。公立文化施設とは、本来、市民と文化をつなぐコーディネータ役としての専門家が、地域の人たちと一緒に知恵を絞り、文化への愛情を刺激し、顕在化させるための拠点なのである。まつもと市民芸術館は、串田さんをはじめ専門家スタッフが運営に加わっている日本でも数少ない公立文化施設のひとつである。ここで市民と文化の新しい関わりをぜひ創造していただきたいと願っている。

曽田修司(そたしゅうじ)
跡見学園女子大学マネジメント学部教授。専門領域は、アーツマネジメント、舞台芸術の国際交流。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« キーワード:「スモールトー... | トップ | スキナーの強化理論 »

コメントを投稿

アーツマネジメント」カテゴリの最新記事