ちくま新書のほうは年金に特化していて,より基本的なところから書いてある一方で,日経新聞の単行本のほうは,福祉・年金・医療・介護の社会保障全般を取り扱っていて,数か所グラフも出てきて最後は財政危機まで論じているという違いがあります.ま,単行本のほうの年金の説明は新書のほうとかなり重なっているのですけど.内容としては,経済学方面から社会保障制度を考えているひとにとっては基礎的なことが半分から2/3くらい,経済学方面のひとでもぼくみたいにうっかり新聞も読まないひとにとって目新しい情報・切り口が1/3くらいという印象でした.ええと,1/3に根拠はないです.ふだんから経済学方面から社会保障を考えてはいないような一般の方々にとっては,「不都合な真実」がけっこう多いのではないかと思います.厚生労働省の計算を「粉飾決算」と言ったりするあたり,お上が嫌いな方面に迎合し過ぎなんじゃないかと危惧されるところでもありますが,間違いではないのでそれも表現の範囲内かと.
目新しい切り口というと,後期高齢者医療制度の解説のあたりでしょうか.制度改正に直接の利害関係者しか入っていないから,現状維持が(「看板の掛け替え」が)交渉解になるのは当然のことで,したがって決め方を変えない限り政権が代わっても駄目ですよね,という話.sunaharayくんが直近の動きを書いてますが,ええとまあその通りというところでしょうか.ここに限らず,鈴木先生のこれまでの精力的な統計的実証・シミュレーション・フィールドの知見に支えられた堅実な論調ですごいなあと思います.ときどき単語が過激なような気もしますけど.なんていうか,D先生に通じるところがあるのかしらん(他意はないです).
あいかわらずいまひとつ賛成しにくいのは積立方式化のはなし.もちろん積立方式への移行は,年金に限らず医療であっても,ひとつの有力な選択肢だし,それはそれで見識ではあろうと思うのですが.賛成しにくいというか,ひっかかっているのは2点.ひとつは,とくに年金についての,積立方式化にともなう二重の負担です.いまの現役世代から積立方式に移ったとすると,いまの現役世代の支払った保険料は,その現役世代が引退してから受け取るために積み立てられることになるので,いまの引退世代は,そのままでは年金を受け取ることができません.だっていまは積立金が(もし積立方式で運用されていたとしたらあるべき水準に比べて)かなり少ないから.この本での議論は,だからいまの引退世代のための支払いは公債発行を行ってまかなっておいて,将来の世代で公債を償還すればいいじゃん,となります.筋が通ってていいのですけど,公的年金がちゃんと受け取れても,公債償還で税金取られるんだったら,手取りは変わらないわけで,じゃあべつに積立方式とか言わなくていいじゃん,と思います.もちろん,税金と社会保険料では世代内の負担の在り方が異なりますし,特に消費税は,社会保険料と違って引退世代からも徴収できるというメリットがあるわけですが,それって年金給付に課税したほうが金持ちから取りやすいいいんじゃないかしら,と思ったり.賦課方式のまま年金給付を削減しても同じことが実現できるのじゃないかなーと思います.このへんはさんざんに理論的に検討されているはなしで,賦課方式のデメリットをどこに見出すか,の問題なので,どっちが正しいってことでもないです.でもなー,年金給付だけ将来の債務を明示化するのはなんでなんだろう,と思ったり.将来の教育給付は明示化しないですよね.こっちもある意味では給付を約束しているのに(←いちゃもんに近いです).
もうひとつは,積立方式にして資金運用に失敗したらどうすんじゃろか,という点と,資金運用にともなう手数料をどうするかという点です.積立方式にする以上,資金運用の方法は加入者の選択に任せられるべきであって,失敗したら残念でした,というだけのはなしなんですけど,じゃあそれって「公的」年金なのか?と思ったり.資金運用には手数料がつきものですが(だから金融機関の方々の給料が高いんじゃないかと疑ってみたり),高い手数料を払うのが効率的か,というのは実証的な話じゃないかと思います.だいたい,政府部門に金を持たせるとロクなことがないですし.自動車の自賠責みたいに,加入だけ義務付ければ,政府部門が直接に金を扱うことにならないですが,運用手数料は残ります.もちろん,賦課方式にも手数料のようなものはあるので,相対的な問題ではあるのですけど.
とか,いちゃもんをつけてみましたが,頭も整理されてよくできた本だなあと思います.はい.