なんだか朝から研究会で早稲田.今日はM先輩が「生命の価値と医療費支出の増大」という論文を発表してくださいました.これは,健康資本が寿命を延ばして割引率を上げることで効用が増加するという設定をおいてみると,医療費支出が上級財になりますという理論と,それをカリブレートしてシミュレートしましたという実証からなる論文でした.QJEに出るほどの論文ですし,「いやいやそりゃまた」というところではあるのですが,「寿命が医療費支出によって伸びる」という仮定(論文9式),ヘンじゃないかという話でひと盛り上がり.健康状態のよくない(よって寿命の短い)人の医療費が高いということならわかりますが,医療費を使ったからといってそうそう寿命が伸びるものかしら.日本の平均寿命が戦後伸びてきたのは知られていますが,その原因は医療というよりは栄養状態や上下水道といった公衆衛生の環境整備によって乳幼児死亡率が減少したことが大きいのであって,医療費の伸びという現象とは直接には関係ないんじゃないでしょうか.沖縄の平均余命も下がりつつあるみたいですし(食生活の変化による?).
マクロのレベルで見ると,GDPが増えるにしたがって医療費支出が伸びるというのは観察される事実で,Gerdtham and Lothgren (2000) は共和分関係を検出しています.このような「医療は奢侈財か?」という先行研究としては,Hansen and King(1996, JHE),Blomqvist and Carter(1997, JHE),Roberts(1998, Applied EL),McCoskey and Selden(1998, JHE)があるらしいのですが,それとはべつに,マイクロデータを使った「医療需要の弾力性」というのもよく測られるところです.容易に想像されるように,マイクロデータで測った医療消費の所得弾力性はゼロに近いです.金持ちのほうが医療費を使うというわけじゃないですね.このようなミクロとマクロのギャップについてはあんまり説明されることがないみたいです.価格弾力性・所得弾力性が低く,「必需財」に近い食料については,こういう関係は見てとれないわけですから,ここになんらかのメカニズムがあるはずで,えーっと,医師会の政治力ですか,と思わないでもないですが,それを言うならJAだってただならぬ政治力を持ってそうですし.となるとやっぱり情報の非対称性ですかねー.でもそれならマイクロデータでも所得が高いほうが医療費を消費してそうだし.ということで,ここらへんのミクロとマクロのギャップを埋める理論論文が待たれるところなのでありますよ.横断面マイクロデータでは所得と医療消費にはあんまり関係がないのに,時系列マクロデータでは所得と医療消費には共和分関係(医療費のGDPシェアは増加傾向にあったりする)というのを説明してくれるはなし,ないですかねえ?
たとえば,ここにあるように,医療費高騰の原因としては医療技術の高度化(高額化?)が大きそうなので,マクロの「奢侈財」現象をそこから説明できそうな気がしないではないですが,医療技術の高額化ではマクロデータで奢侈財となるとは限らないので,各国で頑健に観測される現象の説明にはならないんじゃないかなあ,と思ったりします.これを書いた人はたぶん近くにいるんだろうなあとは思うけど.
Hall, Robert E. and Charles I. Jones. 2006. The value of life and the rise in health spending. Forthcoming in Quarterly Journal of Economics [NBER WP] [pdf]
Gerdtham, Ulf-G. and Mickael Löthgren. 2000. On stationarity and cointegration of international health expenditure and GDP. Journal of Health Economics 19(4), 461-475. [ScienceDirect]