プロジェクト自体にはぜんぜん関係してないのですが,行ってきました.
ナスのカレーと短角牛とビールがうまかったです.代官山の雰囲気と微妙に合ってるような合ってないようなところがまたすてきで.で,懸案だったクルマの引き渡しもしてきました.古着を積んで盛岡まで帰るそうです.たいへん.東北大陸は意外と遠いのでがんばってほしいです.しかし,こういう伝手をがんばって探さないと,中古車の寄付もなかなかできないですね.
まあしかし飯田さんにはお元気なことで.ゼミ生も大活躍ですな.
プロジェクト自体にはぜんぜん関係してないのですが,行ってきました.
ナスのカレーと短角牛とビールがうまかったです.代官山の雰囲気と微妙に合ってるような合ってないようなところがまたすてきで.で,懸案だったクルマの引き渡しもしてきました.古着を積んで盛岡まで帰るそうです.たいへん.東北大陸は意外と遠いのでがんばってほしいです.しかし,こういう伝手をがんばって探さないと,中古車の寄付もなかなかできないですね.
まあしかし飯田さんにはお元気なことで.ゼミ生も大活躍ですな.
データがないよなあとか思っている間に,HRSの仲間たちの調査は学際的に拡大を続けているようで,一般の健康に関する質問のほか,血液調査が入ったり,公的年金や介護,課税についての行政データとの統合が図られている国も多いようです.その点,JSTARでは国民健康保険や介護保険のレセプト(かな?診療報酬の請求文書)との統合は本人の承諾があれば可能なようですが,課税データとの統合はまず不可能なようです.主税局が国税マイクロデータを使えない国で,国会の事務局が統計の二次利用の範囲外になる(理由は,研究教育機関でも行政機関でもないから,だそうです.事務局は立法機関の一部です)ような国で,個人情報保護に熱心なあまりに年金の納付記録まで照合してこなかった国ですから,国税庁から個人データを(もちろん匿名化して)引き出すのはしばらくは無理としても,市町村なら意外と出すんじゃないかと思ったのですけど,そうでもないようです.というか,個人情報というなら健康保険や介護保険のほうが「知られたくない」情報が多いような気がするんですけど,そうでもないんでしょうか.利用価値からいえば課税データのほうが,たしかに,漏洩したときのダメージはでかいです.しかし,市町村のもつ課税データがあれば,所得(住民税)だけではなくて資産(固定資産税やクルマ関係税)の情報も得られるので,家計行動を分析するためには貴重なデータになります.Evidence-based policyとか言われるご時世らしいので,匿名化の技術の進展と,データの学術利用がもっと進めばいいのに,と思ったり.データが利用されて「学術的に興味深い結果が得られた」というだけなら利用される側の納得は得られないでしょうし,提供されたデータを分析できる能力を持ったひとがいないと話は進まないわけですけど.ま,分析する人には事欠かなくなってきてるようですね,K大学のU先生とか,あとKさんとかTさんとかNさんとか(なぜか全部伏せ字.他意はありません).ぼくはいいや.
ちょっと前になりますが,RIETIのサイトで私淑するあの川口大司先生が「一律15%削減でも構わない」という文章を 載せておられて,やっぱりそうだよなあ,と思いました.やっぱりと思うくらいなら最初から言えばいいのにと反省はしております.はい.さて,川口さんのポイントはわりかし簡単で,「電力料金を上げるのもいいけどいくら上げていいかよくわかっていない.失敗したときのコストは大規模停電という形で大きく発生するから,直接に量を規制してもよい」というものです.総量を規制するなら排出権取引みたいに電力取引を事業者間(電力会社との間で,ではなく)で行えばいいじゃんと議論は続きます.
たしかに,外部性の例としてよく持ち出される公害規制や環境のはなしをするときにも,もし限界費用か限界便益の情報が不確かで,量を制限することに重点が置かれるのであれば,不確実なピグー税を用いるより直接的な量的規制のほうが事前の(期待値ベースでみた)社会的な費用は小さくなる,という議論をすることがあります.ぼくも学部のゼミでこんな話を聞いた気がしますし,Leachの公共経済学の教科書にも載っていたような.
排出権取引のような仕組み(共同制限使用スキーム)はすでに導入されていて,METIはさすがになかなかやるな,と思います.ついでにいえば「違反すると1時間100万円」というのも(2段階の)従量税みたいなものなんだから,価格メカニズムと言えないこともないですね(禁止的に高いだけで).もし共同制限使用スキームが利用されているとすれば(オムロンはビジネスとして参入するみたいです.これ),参加した事業者間で金銭のやり取りが行われていれば(直接的にではないかも),その情報から価格弾力性も求めることができて,来年以降の制度設計に資するかもしれません.
RIETIのサイトでMETIを褒めているのもなあ,というのも思ったり思わなかったり.ええ,川口さんはそういう方ではないですけど.
予想通りに大混雑で,最寄りの勾当台公園駅の入り口はいくつか封鎖されていました.パレードは定禅寺通を晩翠通までだったので,裏道を通って晩翠通りのほうへ移動したのですが,この裏道もえらく混雑していていました.土曜日に比べると,定禅寺通の使い方を変えたようで,パレードも遠目に見られないこともないのですが,いかんせん人が多すぎてもう何が何だか,でした.主催者発表で36万人の人出だったそうで(河北新報),見込みが甘かったといえばそうなんでしょうが,初めてのイベントですししょうがないかしらん,と思います.祭りを小出しにすることでみんなが「本番」を観に行くことになるといいですねえ.
「穴場」だったのは,パレードの復路でした.パレードは勾当台公園から定禅寺通りを進むのですが,進んでいった行列は帰って来なければならず,帰ってくる方はパレードに含まれていなかったので,公式なパレードが終わってから同じルートをぞろぞろと帰ってくるのをしげしげと眺めることができました.もちろん,踊っているわけではないのですが,ねぶたも身近で見ることができて,ちょっとオトクだったかも.また,パレードのときには人ごみで分からなかったのですが,パレードには各地のミスなんとかさんが参加していたらしく,帰り道に彼女らをついじろじろ見てしまいました.ミスさんさとかミスピーチとか.
暑さでぐったりしてしまったので賣茶翁で雪茶(かき氷)を食べて帰りました.かき氷おいしかったです.
具体的な方法はさておくにしても,お二人に共通していたのは初期条件への対処です.ここでいう初期条件というのは,授業が始まる時点,つまり学期初めの時点で,学生がなにを知っていてなにに興味があるかという点です.大学教育なんだから(しかもけっこういいとこなんだから),学生は教えられるであろうトピックに強い関心を持ち,それを受け入れるに十分な基礎知識・学力を持っているはずで,そのために入試をしているんじゃないか,と言われればそのとおりではあるんですが,その条件が満たされていれば「文系の学生は遊んでばっかり」とかいう評判は立たないはずでして.
たとえば,高校社会(地歴・公民)と比較的連続性の強い経済史のばあい,たいがいの大学では世界史・日本史・地理のどれか1つだけを受験科目にしている(選択制にしている)関係上,世界史・地理を選択して入学した学生には日本経済史の基礎知識があんまりない,ということになります.ミクロ・マクロといった基礎科目のばあい,大学入試で政経や公民を選ぶ学生は少数派ですから,どういう現象を対象とするのか,から説明する必要があります.ぼくの場合は大学入試で日本史・世界史の2科目を選択したので(そういう大学もあります),政経や公民は高校1年か2年以来みとらん,という状況でした.また,経済学部を選ぶ学生が「経済学をやりたい!」と思っている比率はかなり低いです.たぶん,医学部や薬学部に比べるとかなり低いでしょうし,工学部や理学部よりも低いと思います.法学部よりも低そうなので(法には資格試験がある)ひょっとして一番低いのかしらん(統計はないですが).あんまり興味がないことの知識が身に入らないのは道理で,しかも経済学で扱うような経済現象は,高校でたての若者,とくに(入試向けの)勉強や部活をがんばってきた若者にはピンと来ない,さらに大学デビューもある,となると,教える側にとっての初期条件はかなりキツイということになります.1年生や2年生に,日本の失業率やGDPや公債残高を聞いてもほとんど答は返ってきません(初任給を聞くと意外とちゃんと答えます).
となると,意外と教えやすいのはミクロのゲーム理論ということになってて,「ミク戦」はそういう発想で書かれたんじゃなかったでしたっけ.興味がないことの知識が身に入らないのの裏側には,興味があることは勝手に勉強するという現象があるわけなので,ほっといても教科書や参考書を読んだり質問に来たりする少数の変人以外のマジョリティの学生を動員するためには,DVD見せたり一般向けの本を読ませたりしつつうまいこと好奇心を刺激せねばならず,ついでに言葉と式とグラフで説明ができるように説明しないといけないとなると,こりゃまた準備が大変ですね,とまあそういう話.大学の教員には学部時代から興味を持って勉強しているひとが多い(ぼくは違います)ので,ここらへんの事情がどうなのかしらねー,と思ったり思わなかったり.
てなことを考えると,ミクロ4単位・マクロ4単位(4単位は,週2コマ半期もしくは通年週1コマ)で,応用分野の授業を取らせるのはけっこうきついんじゃないでしょか.「2年のミクロでやったでしょ? わかんない? 復習しといて!」は,じつはけっこう要求水準が高いのでは.日本経済論とか世界経済論とか経済学入門とか(与太話ではないやつ)そういったたぐいの授業を1年生でもっと取らせて,ミクロ・マクロはそれぞれ6~8単位(最近の流れから言うと,マクロは少なくてもいいかも),これらを取ってなければ応用的な授業はとらせない(並行履修は認めない),できないやつにはシビアに容赦なくFを出す,とかしないと,なにがなんだか分からないままご卒業,ということになりゃせんか,と思いました.ミクロ・マクロの授業時間数が増えれば,具体例としてちょっとずつ応用の話(労働や産業組織や環境や貿易や財政やそういうはなし)を入れる余地も増えていいんじゃないかしら.あー,経済史や地理や制度のほうはよくわかりません.人的な手当ての仕方も知りません(授業負担が少ないほうがいい授業が増えそうですし)ので実現可能性はわかんないです.いまのうちの大学はそれでもけっこううまく組んであるように思います.はい.
まあでもこういう議論でさえ,上位校の話なんだよねー,と言われちゃうかもしれません.教育の経済学とならんで経済学の教育は,欧米ではひとつの分野だそうで学術誌もあるそうですけど,日本ではどうなんでしょうか.
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それとはぜんぜん関係ないのですけど,こっそり生活していても大学のアドレスに知らない学生さんからメールが来ることはときどきあって,その多くは学期の初めに来る,聴講してもいいですか,という質問なのですけど,もうひとつ年に数通来るのが,学生団体の活動へのご協力のお願い,というものです.オリエンテーリングクラブのなんとか(たとえばこういうのとか)だったら,いそいそと返事をするところなのですが,海外インターンシップがどうとか,政策提案がどうとか,が来ると,「むむー」と思います.その内容はそのときどきなのでどうでもいいっちゃどうでもいいんですが,メールの書き出しが気になります.たとえばこんな感じ.
[大学名] 教授 [氏名] 様1点目.ワタシ,教授じゃないし……って前にも書いた気がするのでもういいや.2点目.「私,」ってなんだ.なぜ「私は」と書かないんでしょか.日本語の助詞は名詞などの文中での位置づけを明確にする役割を果たすので,書き言葉では助詞は省かないほうがいいと思いますが,この「は」を略すことでなにか得るものがあるんでしょか.この「私,XXXなんです」という書き出しは,聴講してもいいですかメールにも見られる現象なので,ひょっとして学生さんたちとしてはデフォルトなのかもしれません.この主語はなくてもいいのに,わざわざ書いて不思議がらせてくれなくてもいいのになあ,と思う今日この頃です.
おはようございます。
突然のメールで失礼いたします。私、 [団体名] の [大学名] [学部名] の [氏名] と申します。
我々 [団体名] は (以下略)
政府機関が閉鎖なんて!と思ったのですが,ミネソタでは2005年にも9日間の閉鎖があったようで,思ったよりちょくちょくあることなのかもしれません(ミネソタは2回目,と書いてますが).税金を払わないと政府機関が止まるよ,というのは分かりやすい話ではあります.さすがアメリカ.
日本の特例公債法案も,成立しなければ10月中に執行停止もあるかもしれず(産経),交付税を通じて地方自治体へも影響が懸念されるんだそうです(NHK).アタマのよい財務官僚がいることですから,短期証券とかなんとか使えば執行停止は止めることができるのかもしれませんが(夕張の例もあるし.その場合には公債特例法案成立までの場つなぎか,次年度予算の規模縮小にならないといけません),信頼性のある脅しをしようとして実際にいくつか執行停止にしちゃったりしないかと心配です.交付金や補助金を停止して,本体業務はそのまま,というのはありがちな気がしますが,そうすると運営費交付金や,科学研究費補助金がカットされちゃったりするのかしらん.はてさて.