詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(45)

2018-03-29 09:04:01 | 谷川俊太郎『聴くと聞こえる』
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(45)(創元社、2018年02月10日発行)

 「音楽の時間」の「時間」とは何だろうか。

鍵盤の上の手を休めて
シューベルトは未来の子どもの眼で
暮れかかる野に目をこらす
子どもよ 君は聞くだろうかこれを
この生まれたばかりの旋律を
太古から存在していたかのように

 ここには三つの「時間」が書かれている。「未来」と「太古」と、ことばになっていないが「いま」。「生まれたばかり」が「いま」を「強調」している。
 未来-いま(現在)-過去(太古)は、一本の線上に書き表わすことが多いが、実際の「時間」のすぎ方(意識の仕方)は、一本の線上をまっすぐに進むというわけにはいかない。
 シューベルトは「いま」から「未来」の子どもを想像し、その「未来」から「いま」を見つめなおしている。そこに単なる「過去」ではなく「太古」という「時間」が書かれている。未来から見たいま(過去)よりも、さらに過去だから「太古」なのか。未来を「いま」と呼ぶとき、「いま」は「過去」になり、「過去」は「太古」になるということか。
 でも、そうではない。未来-いま-過去-太古というような「線上」で時間を割り振ってしまうと、「時間」のあいだを行き来する動きがなくなってしまう。
 シューベルトは「時間」を自在に行き来している。
 ピアノをつかって「旋律」を生み出す、いま。
 未来の子どもになって野を見る、いま。
 未来の子どもになって旋律を聴く、いま。
 旋律を聴きながら、この旋律がいつ生まれたのか、考える、いま。
 「ここ」にあるのは「いま」だけであり、未来も太古も「考え」のなかにあらわれてくる「時間」であり、それは「呼び方」に過ぎない。「ある」のは「いま」という時間だけ。
 そして「いま」しかないのだとしたら「未来」も「過去」も故障に過ぎないのだとしたら、最後の一行は、

未来に存在しているかのように(未来からやってきたかのように)

 と読み直すこともできるのではないだろうか。
 少なくとも、シューベルトにとって旋律は「太古から存在していた」というよりも「未来から」やってきたの方が近いと思う。まだ存在していないもの(存在したことのないもの)が、どこからともなくやってきた。「未知(未来)」からやってきたからこそ、「未来の子ども」はどう聞くかということが気になる。シューベルトにとって、旋律が「太古」から存在していたものとして認識されるなら、「太古の子ども」がどう聞くかが気になるはずだ。「太古の子ども」は旋律が「未来からやってきたかのように」聞くのではないか、と想像するはずだ。
 で。
 こんなふうに感じたことを全部ことばにしようとすると、「未来」と「太古」が交錯する。どちらも「いま」とつながっていて、「未来」と呼ぶか、「過去」と呼ぶかは、何を考えるかによって決まるだけになる。
 「音楽の時間」は「音楽という時間」であり、「音楽」を「時間」で言うならば、どう言い表わせるかを考えた詩(考えさせる詩)と言えるかもしれない。




*


「詩はどこにあるか」2月の詩の批評を一冊にまとめました。

詩はどこにあるか1月号注文
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ここをクリックして1750円の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。

目次

小川三郎「沼に水草」2  岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13  タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21  最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28  鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37  若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47  佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64  及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
     *
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83

オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977



問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com

谷川俊太郎の『こころ』を読む
クリエーター情報なし
思潮社

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 証人喚問報道(だれが満足し... | トップ | 証人喚問報道(基本的な疑問) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

谷川俊太郎『聴くと聞こえる』」カテゴリの最新記事