詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(39)

2018-03-23 10:48:12 | 谷川俊太郎『聴くと聞こえる』
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(39)(創元社、2018年02月10日発行)

 「音楽ふたたび」は「音楽」という詩を引き継いでいるのだろうか。

いつかどこかで
誰かがピアノを弾いた
時空を超えてその音がいまも
大気を震わせぼくの耳を愛撫する

 この詩でも「音楽」が具体的に何を指しているかはわからない。ピアノだけの曲なのか、ピアノを含んだ曲なのかもはっきりしない。
 詩の主題は「時空を超えて」だから、「音楽」はわきに置かれたのかもしれない。具体的な「音楽」そのものではなく、抽象的な「音楽というもの」と人間(ぼく)との関係が書かれていることになる。
 このとき、ここにとてもおもしろいことが起きている。
 「音楽」にはいろいろな要素がある。メロディーがある。テンポ(リズム)がある。楽器があり、声がある。「音色」がある。
 谷川は、この詩では、

その音が

 と書いている。「音」だけにしぼっている。もちろん、この「音」は「メロディー」と読み替えることも、「テンポ」と読み替えることもできる。「音色」と読み替えることもできる。
 でも、そうは言わずに「音」と言う。
 これは、「音楽」をさらに抽象的に言いなおしたものか。
 それとも「音楽」になる前の、一つの具体的な「音」へと帰っていくためのことばなのか。
 どちらとも読めるが、私は「単独の音」と読みたい。
 「音楽」はメロディー、テンポによって構成されているが、「構成された世界」になる前の「音」。「未生の音楽」の出発点としての「音」。孤独に震える音といってもいい。それが「ぼく」と「共鳴」する。メロディーでもテンポでもなく、「共鳴」が「音楽」を生み出していくのだと感じる。

時空を超えて

 が、それを強調する。もちろん「楽曲」が時空を超えてやってきてもいいのだけれど、完成された大きなものではなく、単独の小さなものが「時空を超えて」やってくる。「ぼく」に会いに来る。一個の星の光のように。
 きっと、そうなのだと思う。
 三連目に、こう書いてある。

初めての音はいつ生まれたのか
真空の宇宙のただ中に
なにものかからの暗号のように
ひそかに謎めいて

 一連目の「その音」は「初めての音」と言いなおされている。「初めて」なのだから、それは「一個」である。
 巨大な沈黙と拮抗する「一個の音」。
 それを思うと、宇宙の真ん中にほうりだされたような不安とよろこびを感じる。
 「ある」ことの不思議さに、不安とよろこびを感じる。

初めての音はいつ生まれたのか

 この「生まれる」もいいなあ。
 「生まれる」、そして「ある」。それが、何かに「なる」。何に「なる」のか、だれもわからない。




*


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目次

小川三郎「沼に水草」2  岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13  タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21  最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28  鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37  若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47  佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64  及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
     *
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83

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